第4話 世界恐慌を乗り切る

~前書き~

時間が一気に飛びますが一部飛ばしたことは後で出てきますのでご了承ください。


~本編~


1932年


 世界は史上最悪の経済不況の襲われていた。アメリカのニューヨーク証券取引所の株価暴落に端を発した国際的な恐慌はジワジワと世界を覆い尽くす。しかし、どこよりも早く大日本帝国は手を打った。生糸の輸出が激減したり農村の作物価格が低下したりなどで失業率が急上昇するが、直ちに政府は歳出拡大政策を展開するため制定されて新しい緊急事態条項を発動している。これを根拠にあくまでも緊急的処置として時限的な法律を続々と制定した。代表的な法を挙げると農作物の買い取り法や大規模公共事業法であり、前者は農村から作物を政府が買い取って食糧難に充填して後者は既に存在した各地の工業化に伴う道路やダムなどの大規模な公共事業に失業者を優先的に職を与える内容とされる。議会の承認を得ずに行われたが緊急時のため「やむを得ない」と議会は事後に全て承認した。


 全ては国内の増強目的なのはご理解いただけるだろう。農業を保持しつつ重工業の発展を見込み国土を改造していった。道路を整備して自動車等の基盤を作った上で各地に大中小様々な工場を建設することで生産の集中を防ぎ且つ分散・分業を意識している。


 一先ず国内の失業対策を整えると少なからず打撃を受けた重工業を救うために軍拡政策を採用したが形だけのダミーだった。実際は既に存在した条約破りの艦艇を更に拡大させただけである。海軍軍縮条約の締結によって重工業は落ち込むかと思われたものの総合戦略研究所が推し進める軍拡を受けてじわじわ回復した。一時的に損害を被ったが受注の追加で持ち直す。したがって、国内は最小限のダメージで抑えたが国外と取引を行う貿易を捨て置くわけにもいかなかった。


 いや、とっくに対抗策は講じた。全国の港へイギリス国旗やフランス国旗を掲げた貨物船や旅客船が多く訪れる。


「イギリスとフランスの船が大量ですなぁ。正確にはアジアに持つ構成国や領土からですが国際貿易は意外と落ち込まないものでしてね」


「日本で作れる物は国の間で調整をした上で積極的に輸出し、日本で得られない物は積極的に輸入する。貿易を止めては我が国の経済は瀕死に陥るが政府は上手くやったさ」


 港で日々貨物船を捌く担当者たちは談笑の一部で一時期はどうなるかと思った貿易が息を吹き返したことに触れた。世界的な同時不況によって全体的に貿易が落ち込み日本は窮地に立たされる。しかし、即座に政府は外交ルートを使って友好国と調整を図り維持させたかと思えば逆に活発化する矛盾を生じさせた。ただし、国は限定されていて見慣れた中国籍・イギリス籍・フランス籍が港を占める。これは一体どういうことなのだろうかと理由は彼らも分からなかった。とりあえず政府が上手く外交で調整したと何となく予想する。


 その答えは秘密裏に締結された協定が示した。ヒントはイギリスが各地と結んだウェストミンスター憲章である。


 政治部門の二木は世界恐慌のダメージを最小限に抑えて復興から発展に転じられたことに安堵した。


「フランスのフラン・ブロックとイギリスのスターリング・ブロックがあるが、これに我々の円・ブロックを組み入れた3ブロックによる連合ブロックの形成は成功した。ふう~流石にくたびれたが」


 タバコを吸いながら独り言に興じるが本当に疲れている。あくまでも影なる政府のため表には出ずに正式な政府に指示するだけだが尽力は甚だしかった。彼は国際貿易の落ち込みを防ぐための手を打って成功に導いている。それは各国が築いたブロック経済を繋げる連合体だ。ブロック経済は自分たちの勢力圏のみで完結して外様を締め出す防御策であり史実でも行われる。確かに防御策としては優れているかもしれないが第二次世界大戦への火種となった。今世では日本がアジアの大国として位置していることを活かし、同盟国イギリスと友邦国フランスが形成したブロックと輪になって貿易を展開する。円・ブロックは日本と台湾・中国・南洋諸島を結んでおり、これをイギリス領とフランス領に接続させて三カ国で品物をグルグル回した。日本は産出されない各種資源や工業化に伴い必要な生産機械を積極的に輸入して英仏が欲しがる製品を積極的に輸出していく。中には両国と競合する製品があったため個別に調整を行って摩擦が生じないよう配慮していた。


 工作機械の大量輸入は技術者及び指導者をもっと招致して国内産業の増強に努める。職人的でハンドメイドな日本工業は一度戦争となると不利を否めなかった。よって、徹底的な合理化を工業化に付随させて体質を改善する。高性能な工作機械を最大限発揮する統一規格を全体で採用し部品単位で質を高め、軍需では陸海軍の武器を共通化して兵站への負担を軽減した。後に英仏と共同戦線を張ることになるが融通を受けられて大いに貢献するのだが先のことである。現場では大混乱を発生させたが明治維新を経た日本に不可能は無かった。


 国内の不況対策と合わさり連合ブロック経済は世界で最も早い日本の復活を支えた。もちろん、英仏を置いて行かないように精一杯の交易を続けている。特にフランスは人が多くやって来て日仏の関係は一層に深まった。世界恐慌の勃発からは2年以上経過しているが日本は大規模な公共事業と連合ブロック経済により一時的に停滞こそしたが発展を維持させることに成功する。


 また、金本位制度も世界で大転換が為されたが日本は早くから管理通貨制度に移行した。第一次大戦で金本位制を止めた際に転換したが各国は金本位制に戻る流れでは異端である。アメリカは日本も金本位制に戻るよう促したがタイミング悪く関東大震災が発生した。この国家の非常事態に対応する時に金本位制について考える暇は無いと至極尤もな返答をして緊急の特例で認められる。しかし、金本位制は世界恐慌で崩壊して管理通貨制度に繋がったことを鑑みれば日本は不幸中の幸いだった。


「ただ、これでドイツとイタリアは致命傷に等しいダメージを受けた。間違いなく例の勢力が盛り上がってヨーロッパの情勢は混迷を極める。次の戦いも勝たねばなるまい」


 そう、世界恐慌の発生と締め出しは例の勢力が飛躍することを呼ぶのである。歴史とは分からないものだった。想定外の出来事が幾つも発生するのだから先が読み切れずに敢無くミスを犯してしまう。いくらメタ知識があるとはいえ未来を確実に言い当てる者は誰もいなかった。


 紫煙を吐き出しながら脳内では更なる脅威に対して対抗策を考える。幸いヨーロッパの大国イギリス及びフランスと良好な関係を存続させて将来的な連合国入りが見込めたため別の敵との戦いは有利に進められた。1925年に勃発した中国内戦は中国国民党の汪兆銘氏が統制する軍によって着々と進められる。恭順を拒んだ軍閥は近代化された国民党軍により殲滅されて降伏し、北部の社会主義勢力も追い込んだがソ連の援助のため難航した。モンゴルに接しているため簡単に断つことは出来なかったが兵力では圧倒し南は全部抑えているため実質的に包囲の兵糧攻めにする。ソ連の南下を防ぎたい点で英仏日は一致しているため秘密裏に援助を行って対抗した。結果的に共産党はソ連に亡命するという形で中国内戦は終了している。この戦いで日本軍は義勇軍を派遣したが補給路の維持に努めただけで特に戦闘は行わないが、中国や旧満州に置かれた航空機メーカー各社がこぞって試作機を実戦に差し出して試験を実行した。英仏の技術者と共に研究した各メーカーは近代的であり世界レベルの機体を生み出す糧を得ている。


(ソ連の満州侵攻は十分にあり得る話だぞ。MR協定が下手に上手く結ばれると東西に攻め込まれる恐れは否めなかった。海軍力では圧倒している我々だが陸軍はイギリスの手を借りている状況。ロンドン海軍軍縮条約で足を引っ張られることもなく、アメリカは海軍の条約型巡洋艦/駆逐艦に注意を奪われ破りに気づいていないのが幸いだな。あの会議で最も得をしたのは海軍さね)


 まずは世界恐慌を乗り切った日英仏の三カ国は海軍軍縮条約でも連携した。互いに丁度いい落としどころを見つけて策略を仕掛けた米国の裏をかく。もっとも、海軍から一部だが反対意見を呈された。まぁ、これも盛大な茶番である。反対が出ない方がおかしい話だろうから各国に訝しまれないための騙しだ。つまりは政治問題に発展させることなく穏便に終わらせている。


「二木さん、煙草はちょっと」


「あ、いや、大変失礼した」


 若い海軍兵が入ってくる。ワシントン海軍軍縮条約においては彼が発案した策略を基にして事は進んでいき、直近のロンドン海軍軍縮条約でも補助艦制限を掻い潜った。総合戦略研究所で海軍と繋いで反発の抑え込みにも尽力してくれる。今日は補助艦の建造が続々と開始されている状況を報告しに来たようであり、手元には分厚い資料が見受けられて思わず「うっ」としかけるが丁寧な説明を行う補佐を率いていた。


「どうも二木です」


「恐れ入ります。帝国挙国一致作戦部の飯箸と申します」


 知らぬ名前が聞こえて困惑しただろう。挙国一致作戦部はいわば陸軍と海軍を統合した組織なのだ。挙国一致とある通り日本の総力を挙げる意味合いが込められ、どこでも見られた陸軍と海軍の不仲を解消するべく結成されている。敵地に上陸するには海軍の援護が必須だし実際に占領するには陸軍の兵隊が必要だしと両軍は互いに協力しなければ勝てないことは自明の理と表現した。したがって、早期に纏めてお互いに手をつないで協調することが徹底される。相互理解を深めるため海軍は陸軍式の陸戦隊を組織して対する陸軍は海軍式の艦艇を建造した。互いに互いを知らなければ協調は不可能であろうに。


「ロンドン海軍軍縮条約の締結はお見事でした。我々海軍課は満足であります」


「いえいえ、海軍の皆さんには負担をかけて申し訳なかった」


「さて、ここまでにして本題に入りましょう。海軍は航空戦力と水雷戦力による決戦思想を具体化した大規模な建造計画を進めておりますが一部修正が入りましたのでご報告をさせていただこうと」


 たとえ政治系でも軍のことを把握しなければならない。もしかしたら、素人から素晴らしいアイディアが出るかもしれない。だから各員は情報共有を一切の漏れなく欠かさなかった。情報は共有されるからと言って怠慢は許されずに二木は陸軍と海軍の組織から末端の装備まで勉強する。本人の意欲は舌戦に負けないためから生まれているが良い傾向だ。


「空母ですが実験的な軽空母の鳳翔と龍驤を踏まえて本格的な大型空母の改装を始めました」


「改装?」


「あれですよ、ワシントンで廃棄となった」


「あぁ…そういうこと」


 空母建造は大正時点で計画されたが技術の蓄積を待って実験的な意味が濃い軽空母の建造から始まった。実験のため一隻止まりを複数建造したが最終的には鳳翔と龍驤で終わる。しかし、これで一応の経験を積んだため本格的な大型空母の建造に移るが新造ではなく改造だった。


 広げられた図面はそれぞれ『赤城』『加賀』『土佐』『天城』と書かれている。史実を知る者なら「おや」と思われたに違いなかった。前の半分は存在したため特段の疑問は生じないが後ろの半分が気になる。説明には前提が存在するため遠回りさせていただきたかった。


 まず、ワシントン海軍軍縮条約によって日本海軍は戦艦を長門級2隻に絞って他は解体や標的艦などで処分することを決めた。しかし、悪知恵が働く総戦研は極秘で大改造計画を発動させて天城級巡洋戦艦の天城・赤城と加賀級戦艦の加賀・土佐の4隻は大型正規空母に転用されている。前代未聞の試みのため鳳翔と龍驤の技術及び経験蓄積を待ってゆっくり進めた。幸い時間は10年以上もあり確実に石橋を叩いている。そして得られたノウハウを活かし空母改造を始動したが野心的な三段空母ではなく一段全通だ。


 そして、問題の天城と土佐である。前者は関東大震災で損傷するはずだが海軍は過剰且つ異常な防災を与えて被災を免れさせた。僅かに損傷したが一週間あれば修復できる程度のため継続して空母化が進む。土佐は条約で空母化も認められないで標的艦で処分されることが決まった。しかし、旧型艦ならともかく新造艦を使うのは勿体ないため標的艦改造の名目で空母改造を与える。これは加賀と一緒に極秘で進められており軍内でも知る者は極僅かだった。


 では、問題の標的艦はどうすると思う。史実の土佐は標的艦として多大な貢献をしたが空母化で失われ貴重なデータが得られなくなった。もちろん、これも織り込み済みであり詳細はロンドン海軍軍縮条約についての際に説明するが、これは条約締結に伴う日英海軍の密約が関係しているからだ。


「とまぁ、こんなものです。完全に一から建造する大型/中型空母は2~3年を要するので政治の時間稼ぎをお願いしたく」


「任せて欲しい。それが私の仕事だから獲られては堪らん」


 これ以上はロンドン海軍軍縮条約で触れる内容が減るため勘弁願う。

 

 また今度に種明かしすることを楽しみにしてもらいたかった。


続く

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