第2話 同居は苦労の始まり?

 霧崎の荷物は既に届けられているという事で、義父さんの「先に帰っていてくれるか」という言葉に促されて、帰路に着く事になった。

 彼女の部屋はどうするのかと尋ねたところ、既に用意してあるとの答えが返ってきた。……早すぎだろ、おい。いつ決定したのか知らないが、前々から決まっていたなら事前に相談くらいしてほしい。


 帰る道すがら、案内も兼ねてスーパーに寄り、夕食になりそうな物を買い求める。惣菜コーナーですれ違う人達がこっちを見て目を見張る。いや、うん。そりゃ妙な取り合わせだろうよ。制服姿の男子とロリータ服っぽいのを着てる幼女の二人組は。そういやつい入学前の制服姿で入っちまったが、大丈夫かな。大丈夫だと信じたいな。

 カゴを手にとって店内を回る間も、霧崎はこの子供によくあるお菓子が欲しいといった表情や様子は見られなかった。相変わらず無表情のままだったのもあって、なおさら十歳の子供とは思えない。促してみても「……要らない」の一言だった。その様子に無理をしている感じは見られなかったから、本当に要らないんだろうとは思うが。それにしたって、マジで十歳かよ、こいつ……。

 普通は好きなものとかあるだろうに、いくらなんでも無欲すぎるだろ。六年ほど海外に住んでたって事は、四歳ぐらいまでは日本に住んでたわけだろ? 懐かしい味とか普通あると思うんだが、当時四歳だったなら無理もないことかもしれねぇか。仕方ないから、俺が昔好きだった煎餅とかもカゴに入れてみた。あと、ポテチとかキャンディーも入れとくか。

 色々カゴに入れていったせいか、カゴの中は惣菜よりもお菓子の方が多くなってしまった。

 少しお菓子の量を減らしてレジに向かい、会計をすませる。店員の視線が俺達を見て一瞬訝しげなものになったが、気にしない事にする。


 スーパーを出て徒歩で家まで向かう。十分で着く距離にスーパーがあって、マジで助かる。

 霧崎はこれからの生活などについて何も聞いてこない。先程の返事以降はずっと無口で、車の音以外に聞こえるものは何も無く、必然的に沈黙が落ちる。…………なんだろう、なんか耐えれねぇ。けど、話題が思い浮かばねぇ!

 結局、何も話題が浮かばないまま、我が家に辿り着く事になった。小さめに建つ一軒家は、多少壁に黒みが見えつつも、古くはない。俺が義父さん達に引き取られ、一緒に住み始めた頃は新築だったと聞いている。3LDKの間取りの家は、霧崎が一緒に住むのにも十分そうだ。

 これから此処で一緒に生活するのかと思うと、不安になってくる。なにせ、仮にも女の子と暮らすなんぞ、俺の人生に今まで体験しえなかった事だ。……母親、というか、義母さんは、除く。


「家の中の説明しとくな。風呂はあっちで、トイレはこっち……」


 家に入り、まず俺がしなきゃならないのは各部屋の説明だった。スーパーの袋を置く為に居間へと進む道すがら、間取りを説明する。これから住むにあたって、この辺りはちゃんと説明しなきゃだろう。こいつの部屋については、義父さんが既に空き部屋だった所を当てたと言うし、俺が義父さんの所へ赴いている間に義母さんが家具一式を運び込んだらしい。何も知らされていなかった俺は内心で溜息をつくばかりだ。手際が相変わらず良すぎるだろ……。荷物を運ぶのに使ったらしいダンボールだけが居間に多く残っていた。

 二階にある部屋は三つある。奥から義両親の寝室、俺、最後の部屋が霧崎の分だ。こいつの部屋になる前は、客を泊める用の空き部屋になっていた。そこは定期的に掃除されていたから、掃除もそう時間はかからず、すぐに家具一式を運び込めたのだろう。

 霧崎の部屋を案内する為、居間に荷物を置いて二階に上がる。直線の階段を上がって左奥の突き当たりに進むと「YUI」とローマ字で書かれたプレートがかけられたドアを見つけた。このプレートも手が込んでいるなぁ。

 「ここがお前の部屋だってさ」と一応声をかけた。が、何も返ってこない。返事ぐらい欲しいぞ、こんにゃろう! ……落ち着け、俺。気を落ち着けるため、深呼吸を一つ。……よし、大丈夫だ。

 ドアノブを回して、開ける。軋む音もなくスムーズに開いて、部屋の様子が視界に入る。あと一、二時間すれば夕暮れが迫ってくるとはいえ、まだ明るい日の光が部屋の中がどんなものかをはっきりと教えてくれた。

 部屋の中にあるものは簡素なものだった。窓には淡い緑色と白のチェックが入ったカーテンが掛けられ、勉強机とベッドがそれぞれ左右の壁際に置かれており、机の横には空の本棚、ベッドの横には備え付けである両開きタイプのクローゼット。ベッドとクローゼットの間には姿見が一つ、布で覆われた状態で置かれている。家具だけ見ればそれだけで、その中に入れるらしき物は数箱のダンボールとなって床に置かれていた。

 不意に、俺の横を霧崎が通り抜けた。窓に歩み寄って、そこに取り付けられているカーテンを確かめるように上下に手を動かし、揉むように触りだす。その後ろ姿は、年相応のようにも思えた。

 ……しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないな。着替えなきゃだし、あと夕食の準備しとかねぇと。さっき居間に行った時夕食を作った様子がなかったのはいつもなら香ばしい匂いが漂ってない事でわかったから、今日は俺が作るんだろう。ああ、でもその前に片付けを手伝う必要があるよな。


「荷物の片付け、手伝うか? 本とかなら手助けしてやれるし」

「……いらない」

「いや、でも……」

「……一人で……できます」


 振り返らないままハッキリと断られ、それ以上どう声をかければいいのか分からなかった。確かに、今日会ったばかりの奴をすぐに側に近づけさせれるほど信用できるはずないか。こいつにはこいつなりのやり方があるんだろう。


「わーかったよ。じゃあ、俺ちょっと着替えてくるから。

 あ、そうだ。今日は俺が夕食作るけど、何か食べたいものとか好物とかあるか? 材料が足りれば作ってやるけど」

「…………特に、ないです……」


 希望なしかよ。しゃーねぇ、適当に何か作るか。こいつがどれだけ食べられるかはわかんねぇし、そう多くは作れねぇな。

 スマホを取り出して家族用のグループチャットを開けると、手短に連絡を入力する。

「夕飯、二人は要る?」

 義父母に向けた連絡はすぐに一名の既読がついた。

 そして間を置かずに連絡がつく。

「私は今夜別件で泊まりになったから要らないけど、蒼樹さんは今夜遅くなるけど帰宅するって今返答があったわ。ご飯は可能なら欲しいそうよ」

 あぁ、今一緒に居るのか。

 義母さんの返事に「了解」とだけ返答する。すぐに既読がついたのを確認して、グループチャットを閉じる。

 義父さんが遅くなるけど欲しいって事は、カレー辺りがいいか?

 段ボールを開けて片付けを始めた霧崎に、「着替えたら夕飯作ってるから、終わったら居間に来いよ」と声をかける。無言で頷くのを見てから、俺は自分の部屋に向かった。

 霧崎の隣にある俺の部屋のドアを開ける。中は霧崎のとは違ってごちゃごちゃしている。ベッドや机、クローゼットがあるのは隣の部屋と変わらないが、唯一違うのはごちゃごちゃになってる事だ。

 漫画で埋め尽くされた本棚はともかく、パッケージが好きで購入したCDの何枚かは、100均で買った箱の中と外に出ている。床には脱ぎ散らかしたままのパジャマや衣服があるし、ついこの間まで使ってた中学用教科書とかも散らばってる。処分するのに積んでそのままにしてたんだった。うわー……さっき霧崎の部屋を見たせいで自分の部屋がいかに汚いか分かっちまう……。あの人に見られたら即刻掃除されるな。良かった、今日は掃除ついでに見られなくて。だって、ベッドの下に昨日貰ったばかりのエロ本があるんだよ。一応カモフラージュはしてあるが、バレた日にゃ机の上に置かれているだろう。

 一応机の横の棚に入っている、パソコンを入れた手提げ鞄のようなケースにも視線を移す。チャックの位置が移動されていないのを目で確認して息を吐いた。

 着替えを始める。ブレザーの制服をハンガーにかけてクローゼットにしまい、シャツだけをベッドの上に投げ出す。それから薄手の黒シャツとジーンズを取り出して着る。ついでにもう一つ薄手のジャンパーを羽織って……いけね、制服のポケットに魔力札とスマホを入れたままだ。出かける時はいつも持ち歩かなければいけないのが魔力札を扱う者の難点で、今回も義父さんのところに行く際、制服にねじ込んでいた。

 魔力札というのは、よく漫画やドラマ、アニメで見るような縦に長い紙じゃない。正方形で、大きさは大体十センチ程度のものだ。魔力札には様々な魔法が込められる。つっても、魔法を込めるのは俺の場合、知り合いに頼んで込めてもらった物が大半だ。小さな雷撃や風の刃を魔力札に込めてもらっている。色々あって結界魔法ぐらいしか扱わせてもらえない俺にとっては重畳の代物だ。小さい上に折り畳みも可能なその束を制服のポケットからスマホと一緒に取り出すと、ジャンパーのポケットに入れた。


 そこからしばらくは何も無く、二人で夕食を終えるまでは会話らしい会話も無かった。

 今、霧崎はテレビの前に置かれたソファに座っている。つけている番組がバラエティとかじゃなく、国営のニュース番組な辺り、十歳にはとても思えねぇ。本当に。

 そして俺は台所で夕食の後片付けを行なっていた。本日の夕食は予定通りカレーだ。霧崎の年齢に合わせて甘口にしたが、挨拶以外で特に感想は無く。一応辛さの好みを聞いたところ「中辛が好き」という返答をもらえたので、今度からそれで作ろうと思った。あ、夜遅くに帰ってくる義父さんにもこの甘口を出す事になるよな。……今夜ばかりは堪忍してもらおう。

 さて、今日から同居を開始するにあたって手伝いをさせた方がいい、とは思うんだが、今日は初日だし、なにより向こうも疲れだってあるだろう。だったら今日はさせず、明日から色々教える事にした方がいいかもな。少しずつ覚えてもらっていった方が同居している実感もお互いに湧くと思うし。

 最近導入した食洗機に食器を入れて、入りきらなかった分だけを手洗いする。下段のドアにつけていた、紐付き洗濯ばさみが挟んでいるタオルで手を拭いて、俺は霧崎の居るソファに向かった。ちょうど俺の見たい番組がもうすぐ始まる頃で、チャンネルを変えてもいいか聞こうと思ったその時、ポケットに入れていたスマホがクラシカルな音を鳴らした。この音はBrideからの連絡通知――電話の方だ。

 スマホのロックボタンを押して解除し、応答する。


「誠か?」


 義父さんの声だ。


「ああ」

「出動要請だ。場所はそこから二キロメートル離れたところになる。座標は今送る。頼めるか」

「了解。霧崎と今から向かう」

「……彼女を、頼んだぞ」

「わかった」


 何故、「彼女のサポートを」じゃなく「彼女を」なのかが気になったが、今は詮索している時間は無い。通話をすぐに切ってスマホをポケットにしまうと、霧崎に声をかけようと顔を向けた。

 しかし、俺が電話を受け取った時点で何が起こったのかは気づいていたらしい。霧崎はソファから立ち上がると胸元に下げていたネックレスを首から外して掲げた。え、なにそれ。

 初めて見る光景に目を奪われ、声をかけられない俺の前で、霧崎はただ一言呟いた。


「……変身」


 直後、クリスタルの形をした青い石が霧崎の手から離れ、淡い桃色の光がカーテンのような形となって現れた。そしてその光は霧崎の身体を頭部を除いて包みこむ。髪型に変化は何も無く、身体の方……というより、衣服のみが変化を始めた。着ていたロリータらしい衣服が光に溶け、その光が僅かに浮き上がった後、再び霧崎の身体を包んで新しい衣服を現す。

 今まで着ていたのが白地を基調としていたやつならば、それの基調は黒地だった。フリルといったものがブラウスのボタンの左右につけられているだけでなく、胸元には今までなかった赤い大きなフリルリボンが下がっている。袖は二の腕の真ん中までの長さだが、その縁には白いレースがついている。ロリータっぽい衣服の時はロングだったスカートが裾が広がるタイプの膝までの長さを持つスカートとなって、その裾を白い小さなレースが縁取っていた。

 今まで無かったものといえば、腕や足の方にもそれは見られる。肘近くまでの長い黒手袋が両腕に、黒のハイソックスが足にあった。やはり、その縁の方にも白いレースがついていた。足の方に付け加える事があるなら、ロリータっぽい時はブーツだった靴が小さな子供がパーティーなどで履くような形の靴になっていた事だった。家入った時は素足だったのに、土足で立つな!

 いや、そうじゃない。突っ込む所は他にもあるだろ、俺。ちょっと待て。これって……これって……アニメか何かで見た事あるぞ。確かあれだ。言葉にするなら…………


「……完了」

「この現代でリアルに『魔法少女』かよ!」


 俺のツッコミは間違っていないはずだ。そうだろう?

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