第3話

「クソ! 誰か、誰か人はいないのか……!」


 ユウの歩幅は次第に膨れ上がり、いつしか走っていた。だが、どれだけ走っても「人」の気配はなかった。ユウがその事実に気付いたのは世界から音が消えて一時間後の事だった。


「……なんでアンドロイドは普通に動いているんだ?」


 音が消えたと完全に思い込んでいたが、よくよく振り返ってみると、アンドロイドは変わらず動いていた。彼らはゴミを拾っているし、店先に立って案内をしている。


 ようやく理解した。音が消えたのではなく「人」が消えたのだ。人が音を出さなくなったから音が消えたと勘違いしていたのだ。だが、だからといってそれがわかったからといってどうしたという話である。ユウが置かれた状況は依然として変わっていない。


「お困りですか」


 立ち止まっていると、女性型道案内アンドロイドが近づいてきた。彼女は顔に当たる部分が全て黒いバイザーのような物で覆われていて、表情というものがなかった。


「困ってるよ。人がいなくなったんだ」


 アンドロイド相手に馬鹿らしいとは思いつつも、


「それは大変ですね。私に何かお手伝い出来る事はありますか?」

「……人のいるところへ案内してくれ」


 ユウの言葉にアンドロイドは答える事はなかった。代わりに、ある方向を指差してその動作を停止させた。


「おい、どうしたんだ。なんとか言えよ」


 どれだけ話しかけても、小突いてみてもアンドロイドはピクリともしなかった。

 不気味に思いながらも、他に手もないので彼女の指差す方向に向かって歩いていくと、同型の道案内アンドロイドが待機していた。


「お困りですか」

「人のいるところへ案内してくれ」


 このアンドロイドも先程のアンドロイドと同じだった。ユウがそう言うと、ある方向を指差してその動作を停止させた。


 そうした事を繰り返していたら、気が付くとユウは月華ニュータウンを離れ、小規模企業が合同で開発した地区である「サテライトタウン」に立っていた。


 月華ニュータウンのような小綺麗な様子は欠片も無く、薄汚れた雑居ビルが所狭しと建ち並ぶその様はむしろ、過日の九龍城砦を思い起こさせた。


 当然、そんな地区で生活するアンドロイド達の身が美しいはずもなく、元は真っ白だったであろうボディは黄ばんでいた。


 そして、サテライトタウンに着いたところで女性型道案内アンドロイドによる道案内は終わったようで、ここから先はタクシーで目的地に向かうらしかった。


 最後の一体の女性型道案内アンドロイドが指差す先には、ウィンカーを点滅させたボロいタクシーがあった。


 中に乗り込むと、妙に人間っぽい風貌をしたアンドロイドが運転手をしていた。外皮スキンも上等な物を使用しているらしく、ヒゲまで生やしている。


「どちらまで?」

「人のいるところまで」

「あいよ。ドア閉めます、ご注意ください」


 タクシーは見た目の割に中身は高性能らしく、音も無く発進した。サスペンションが良いのか揺れも気にならなかった。


「お客さんもツイてないねえ、こんな事になっちゃって」

「何か知ってるんですか!」

「あれー? お客さんもしかしてお上りさんかい? たまにいるんだよねえ、ここがこういうところだって知らないで来ちゃう人」


「どういう事ですか?」

「お客さんドメインって知ってる?」

「いや、初めて聞きました」

「あちゃー、そうなんだ」

「なんですか、そのドメインって……」

「早い話が仮想世界だよ、仮想世界」

「仮想世界?」


「そうそう。オンラインゲームをよりリアルにしたみたいなもんだよ」

「そんな……よくわかんないですけど、元の世界? には戻れないんですか?」

「戻れるよ」

「どうやってですか?」


「それはキューブの使用者に言わないと。おじさんに聞かれてもわからないなあ」

「キューブ?」

「ありゃー、お客さん本当に何も知らないんだね。こりゃ大変だ。それじゃあイドについても知らない感じだよね?」


 ユウはまた知らない単語が出てきたと思い、内心うんざりしながらも運転手の続きを待った。


「この辺はイドがうじゃうじゃいるからねえ。用心しないとぽっくり逝っちゃうよ」

「イドっていうのはなんなんですか?」

「なんて言うかな……そうだ、敵だよ敵。武器持った殺人犯みたいなもんさ」

「そんな奴がうじゃうじゃいるんですか!?」

「そうだよ。ま、でも運が良ければハンターに助けてもらえるかもね」


 ユウは運転手の言葉の続きを待ったが、彼は「お、この辺でいいかな」と言って車を止めた。ガラス越しに外を覗くと、ここが埠頭だという事がわかった。暗くてよく見えないが、奥に倉庫のようなものも見えた。


「料金は2600円ね」


 タクシーを利用したのだから料金を取られるのは当然の事だが、なぜだか納得がいかなかった。そんな思いが顔に出ていたのだろう、運転手は次にこう言った。


「だけど、初回という事で今回はタダでいいよ。頑張ってね」


 その言葉を最後に運転手からそれまでの人間臭さのようなものが消えてしまった。どれだけ話しかけても定型文のような返しが返ってくるだけのアンドロイドになってしまった。


 やっと出会えた人間味のある相手がいなくなってしまった事で気落ちしてしまったが、目的地である「人のいるところ」には辿り着く事が出来たはずだ。


「とは言ったものの……」


 周囲を見渡しても作業用のクレーンや貨物船が並ぶだけで、とても人がいるように見えなかった。となれば、残るは倉庫らしき場所だけである。


 トボトボと倉庫まで近づいていくも、穴だらけのシャッターが下りていた。他に入り口らしき場所は見当たらない。


「やるしかないよな……」


 気は乗らなかったが、シャッターを上げるには端にある太い鎖を引っ張るしかないようだった。


 ギリギリと潮風で錆びた鉄同士が擦れる音を聞きながら、慣れない力作業をしてようやくシャッターを上げる事が出来た。


 中に足を踏み入れると、瓦礫の山の上に少女が佇んでいた。

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