12●大団円、マギーの青春の物語。

12●大団円、マギーの青春の物語。



 映画『ヴイナス戦記』は、SFでなく、青春グラフィティでした。

 この場合の「グラフィティ」は、「思い出」とか「断章」、あるいは「群像」といったニュアンスでご理解くださればと思います。


 作品の根本的なテーマは、それぞれの青春。


 ガリー親父のもとに集まった若者たち。

 心の中に怒りや挫折や劣等感を抱えた、不完全な少年少女です。

 かれらはバイクチームを結成し、危険なゲームに打ち込みます。

 まともな大人から「ガキがバカやってる」とばかりに蔑視され、実際に試合もよく負けるのですが、それでもガリー以下全員が情熱を燃やし、一喜一憂し、仲間同士の友情も生まれ、そこに幸せも感じています。

 青春ですね。

 しかし戦争が、全てを徹底的に壊してしまいます。

 命を落とす者、悲嘆して去る者、戦場に残る者……

 最初は一緒だったみんなが、バラバラに引き裂かれてゆく。

 そして、元に戻ることは、もうできない。

 そんな、切なくも残酷な青春の群像劇でした。

 青春の大団円を迎えて、生き残った若者は、それぞれの道を歩んでゆく……


 ただしこれ、決して作中のヴイナスの若者だけの物語ではありませんね。

 明らかに、私たちの青春の物語です。

 青春のあの時、クラスで、部活で、夏休みに、あるいは旅行や留学で、サークルやコミュニティで、人生を共にした人々、その熱い時間。

 明るい思い出か、それとも暗い思い出か、それぞれ印象は異なるものの、誰しもが一片のグラフィティを胸に秘めていることでしょう。

 そして、卒業や転校とか、あるいは事故や天災で、分かたれてしまった友人たち。

 一度過ぎ去ってしまった時間は二度と戻らないことを、私たちはオトナになってから知ることになります。


 『ヴイナス戦記』は、本質的にはSFでも戦記アクションでもありません。

 そのかわり私たちに、過ぎ去りし青春の残滓ざんしを、記憶の水底みなそこから、もう一度拾いあげ、キラリと輝かせてくれる稀有の名作。

 青春の物語、まぎれもなく“青春グラフィティ”。

 そういう作品だと思います。


 登場人物の誰もが“等身大”なので、ヒロだけでなく、物語の中にいる誰にでも感情移入ができることも、無数のアニメ作品の中で、『ヴイナス戦記』ならではの素晴らしい特質だと思います。

 敵役のドナーですら、人工的なアニメ人格でなく、人間の弱さや欲望を内蔵していることが感じられます。スゥと二人きりになるために衛兵を下がらせるときの、助平心をチラ見せする、思わせぶりな仕草、そして、撃たれる! と直感した刹那、恐怖にうろたえて歪む無様な顔面。

 暗殺におびえる独裁者の哀れな一面が浮かび上がるこの演出の凄いこと。

 観客が、ドナーの立場に、いくらかの哀れみとともに感情移入できる瞬間です。

 恐怖心の裏返しとして周囲にことさらに誇示するプライドの高さが、ヒロに対する憎しみに自己を狂わせ、破滅への陥穽かんせいを開きました。


 登場人物のひとりひとりが、丁寧に丁寧に描かれている。

 セリフに、仕草に一切の無駄がない。


 だから、いくら年齢を重ねても、何度繰り返し観ても、登場人物のだれかに心情を移入できる。それが脇役でも悪役でも。

 そして心に訴える珠玉の煌きが画面の裏側から浮かび上がってくるのです。

 だから、間違いなく、『ヴイナス戦記』は傑作だと思います。


       *


 戦争に引き裂かれたのち、およそ二か月の青春の彷徨ほうこうを経て、ヒロはマギーを探します。

 ヒロはハウンド部隊の制服を着ています。軍服です。本心はキラーコマンドゥズのライダースーツにしたかったでしょうが、寝起きしていたキャリアー車「HANAKO♡」号が無くなったので、着の身着のままで、難民キャンプを訪れたわけです。

 難民キャンプは、「O2」と表記した「トータルプラント」の水源地のほとりにつくられています。

 プラントで生産する真水を得られることもありますが、最大の理由は、このプラントばかりは金星の生命線であり、敵も味方も攻撃しないからでしょう。


 ヒロの前に飛び出してきたシャム猫らしきアンドリュー、物語の前半ではリッチなキャットフードしか食べず、見向きもしなかったお魚をくわえています。

 アンドリュー君、粗食に耐えてすっかり逞しくサバイバルキャットを標榜しているようですが……にしてもここで昭和も昭和、あの『サザ〇さん』のオマージュに出会うとは……


 クスリと笑ったところで、マギーの絶品スマイル、最高の演出でした。


 これから二人の未来は、二人で切り開いていくことでしょう。


 マギーはちょっと特殊なキャラクターです。

 バイクチームの面々はみな、この二か月で、生死も含めて大きく変わりました。

 ヒロもそうでした。未熟ゆえの怒りを胸の引き出しにしまって、落ち着いた人格、しかも“自分の本当の戦い方”を知った人間に成長しました。

 もうマギーに八つ当たりすることはないでしょう。

 しかし、マギーは?

 じつは彼女は、最初から最後まで、変わっていないのです。

 すぐにメソメソして可愛い子ブリッコなところは80年代アイドル、お花畑で能天気な面もあるのですが、難民キャンプで苦労しても、たぶん彼女は青春真っ盛りのそのまま、まったく変化なし、なのでしょう。

 物語の冒頭から、大好きなヒロが出場するレースに遅刻しても、看護の勉強だけは欠かさなかったマギー。自分に対して決めた大事なことは、サボらない。

 色々あっても、結局はブレない、芯のしっかりした女の子なんですね。


 “自分を変えなかった”こと、それがマギーの青春の物語でした。


 作中では特殊なキャラではありますが、しかし、現実にはそういった女性、青春の思い出の中に一人か二人、おられるのではないでしょうか。

「いつまでたっても、あのは変わらないなァ……」

 そんな知り合いがいると、どこかホッとするのかも、良い意味でね。




   【次章へ続きます】




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