11●『ヴイナス戦記』の本質…ヒロの青春の物語。

11●『ヴイナス戦記』の本質…ヒロの青春の物語。



 『ヴイナス戦記』の主人公は、ヒロ。

 これはどなたにも異論のないところですね。

 ということは、『ヴイナス戦記』に描かれているのは、少年ヒロの青春物語。


 彼はどのように成長したのでしょうか。


 確かに、彼は大きく成長しました。

 物語の前半と、カーツとの“峡谷の決闘”の後を比べると、ヒロの人間像はガラリと変化しています。

 しかし、アハ体験のクイズみたいに、一部分がゆっくりと変化していくようなものなので、作品を一度観ただけでは、本当にわかりにくい。

 普通のアニメ作品ですと、登場人物の誰かから「ヒロって変わったね」とか、本人の独白で「このような生き方をしようと決めたんだ」といった説明があるので、難なく納得させられるのですが……

 しかし『ヴイナス戦記』では、そんな、赤裸々な説明は完全カットされています。

 それも一種のリアリズムだと思います。

 現実の私たちも、自分の成長をいちいち口に出して説明しようとはしませんね。

 もう、恥ずかしいやら照れ臭いやらで、やってられませんから。

 たぶんそういうことで、『ヴイナス戦記』では、登場人物の成長と変化を、あえて観客に細かく説明するようなことはしていません。

 しかし、登場人物の行動やセリフから、推し量ることはできます。


 ヒロの場合は、“自分自身の怒りの克服”でした。


 その“怒り”とは、どのようなものだったのでしょうか。

 物語の前半のヒロがどういう人間であったのか。

 それはヒロに対するミランダのセリフが明瞭に語っています。

 「ヤケになって変な気を起こしちゃダメよ! あんたの一番悪いところなんだから!」

 この言葉通り、物語前半のヒロは、ヤケになってカッとなって暴走する、危なげな少年だったのです。

 バイクゲームに燃えてムチャをする、いつもどこかイライラしていて、マギーにぞんざいに当たったりもする、要するに……

 “やり場のない怒り”にいつも燃え盛っている、野性的な若者。


 1960年代のニッポンに吹き荒れた、まさに昭和的な“怒れる若者”だったのです。


 しかし、レベルの低い、ワガママな暴力とは違います。

 その“怒り”の原因は、ガリー氏の青春時代と同じ……

 「力と嘘を見ると腹が立った」というものです。

 この点、ヒロとガリーは怒りの源泉を共有し、共感していたのでしょう。

 この“力と嘘”は、ヒロ的には具体的に、“占領者イシュタルに尻尾を振る、アフロディアの警官たち”に代表されます。強き征服者にあっさりと屈従し、侵略者イシュタルのためにアフロディアの市民を徹底的に取り締まり、市民を“いじめる”側に回る警察勢力ですね。


 オトナの理屈では無力感をもって仕方なく是認できても、正義感に燃える若者は大魔神の如く怒り狂う……そんな現象です。

 良し悪しは別として、若者たちが社会の理不尽に怒って行動を起こすことは、決して否定されるべきではないでしょう。

 20世紀末頃から東欧諸国や中東で企てられた民主革命は、そのような若き世代のエネルギーが推進し、実現していったと考えられますから。


 ヒロも、そのような青年の一人ですね。

 最初の最初は、おそらく「力と嘘」を振り回す親に対する反抗だったでしょう。

 そして平和だった街をぶち壊し、殺戮して侵攻したイシュタル軍。

 ヒロは理不尽な征服者に対して、そして強い者を選んで尻尾を振る警察に対して、闇雲やみくもな怒りをぶつけていきます。

 そして警官に撃たれ、ひどいめに遭ったヒロは復讐心を燃やしてスタジアムのタコ退治に参加したわけです。

 かれらティーンエイジャーの怒りは、“非公認の戦争”へエスカレートしました。

 しかし実際にやってみると、そこに人道的なルールなど皆無で、ただ強きが勝ち、弱きが殺されるだけの、非情な弱肉強食の地獄でしかなかったのです。

 結局ショベルクレーンのパンチでその場の危機を脱しますが、残ったのは……

 “死んだ者は還ってこない”という残酷な現実のみでした。


 だから、物語の後半で、ヒロは変わります。


 カーツとの“峡谷の決闘”が決定的なきっかけとなりました。

 ヒロの心中の怒りをわざと挑発して掻き立て、そのエネルギーを「祖国のため」と称して戦争参加へ向けさせようとする、カーツ大尉のテクニック。

 いやほんと、カーツ大尉に洗脳されそうになりますよ、お声がシャア様ですし。


 しかし“峡谷の決闘”を機に、ヒロは一足飛びに成長します。

 自分の心の怒りを抑え、本当に戦うべき敵はなにか、本当の戦いのためには、何をどうすればいいのか……と、合理的に沈思黙考することができるようになった。

 そして、カーツを超越しました。


 そんなヒロの姿は、アフロディア軍の総反抗、そして宇宙港の激戦で、くっきりと際立ちます。

 ハウンド部隊の上官、おそらく小隊長から、「誰だ? 07(ゼロセブン)か!」と誰何すいかされる場面です。

 ヒロは答えます。

「ヒロ……ゲームライダーのヒロだ!」

 この時ヒロは、“自分”と言うものをはっきりと確立しています。

 番号で呼ばれる消耗品の兵士ではなく、ゲームライダーのヒロとして戦う……という自覚であり、人間としてのプライドですね。


 俺はここを戦場でなく、レース場にしてやる……とばかりの、強引な決意。


 しかし敵戦車は容赦なく、ヒロを死地へと追い込みます。

 それでもヒロに戦う決意を新たにさせたのは、ヒロを守ろうとして敵を引き付けてくれた、モノバイに初心者マークをつけた先輩兵士の言葉です。

「モノバイは(もう)いい、捨てて逃げろ!」


 この言葉、クレーンのヒロを助けようと走り寄ったガリーの叫びと重なります。

「もういい、お前はやるだけのことはやったんだ、逃げろ!」


 このとき、“尊敬する、育ての父親”を守れなかった息子の慚愧の念が、ヒロの心に沸き立ったのでしょう。

 この戦車と闘う、もう、誰も死なせたくない!

 ヒロはそう決意して、逃げずに戦場にとどまったのだと思います。

 煙幕弾を使って、ヒロは素早く移動、敵戦車に応戦しますが、シャトルを発射するスキージャンプ・カタパルトの施設へと追い詰められます。

 しかし逃げることなく、カタパルトの上方へ昇ります。

 逃げ場を失うだけの、無益な行動のようにも見えますが、これがヒロに残された唯一の戦い方なんですね。

 “この敵戦車をここに誘い込んでクギ付けにすれば、その間、こいつは他の人たちを殺すことができない”

 そういう判断です。

 ヒロは敵に対する怒りを冷静に抑えています。

 おれは戦争でなくバイクゲームをやるんだ、と。

 だからこいつを、ここに足止めしてやる。

 感情的にならず、これ見よがしに機銃掃射、敵戦車をさらに挑発し、カタパルトの走路へ引き寄せます。

 この時、怒り狂ってすっかり我を忘れているのは、ドナー准将の方。

 いかに高性能のタコ戦車でも、カタパルトのこの急勾配は登攀とうはんできないはず。

 その客観的な事実に気づけない、もしくは、気付いても無視している。

 前方モニターに映るのは、カタパルトの垂直近い走路のみ。

 しかし周囲の景色が見えないので、一本の水平な道路に錯覚しているのです。

 それはヒロにとって、バイクゲームのサーキット。

 狂気にかられたドナーは戦車砲で乱打します、そして……

 

 そういうことでしょう。


 最初、この場面を観たときは「なんだ、ドナーが自分の墓穴を掘ったのか」と思いました。しかしヒロが“ゲームライダーとして戦っている”ことを踏まえますと、これは、“武器なき弱者”の、おそらく唯一の有効な戦術であることが理解できます。


 ……“敵を自分に引き付けている間は、敵は他の人を殺さない。そうやって守るべき人を守る”


 自分の怒りを抑えるすべを学んだヒロの、新たな戦い方です。

 これはたぶん、今後のヒロの人生の戦いを方向づける指針となったことでしょう。


 イオ市の陥落からおよそ二か月。

 ヒロは戦場の経験から、このような戦術を会得したのだと思います。

 “敵を引き付けることで、人を救う”

 命がけでカーツと決闘することで、結果的にミランダたちを救ったように。

 やり場のない怒りにもがき続けた少年は、こうして憤怒の暴発を克服して、自分なりに“真の戦い方”を確立したのではないでしょうか。


 ハウンド部隊を退役したヒロに、カーツは自分のバイクを「貸す」と言いました。「いつでも戻って来い、待っている」ということですね。

 この時、カーツは左足をたぶん骨折して、ギプスを巻いています。

 あの冷徹なカーツがケガをした。

 たぶん、戦場でうっかり熱くなり、何かやらかしてしまったのでしょう。

 自分一人なら、敵に撃たれる男ではない。

 おそらく、誰かを守るために撃たれたのでしょう。

 詳しい事情はわかりませんが、カーツが決して冷酷非情なだけの人間ではなく、“どこか憎めない奴”ってことが表現された場面だと思います。

 この点も、シャア様にクリソツなんですが……


       *


 こののち、ヒロは兵役に戻るのか、それとも別の道を選ぶのか。

 作中では語られていません。

 なぜなら……


 ヒロ一人でなく、マギーと二人で決めることだからです。


 以上が、ヒロの“戦争と平和”であり、彼の青春の物語だったのでしょう。




  【次章へ続きます】




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