第10話 コラテラルダメージというやつです

 西條千早の魔法特質である「雷」の魔力を纏わせた魔法征装「雷切」を一閃、俺はグランデ級四匹を、纏めて叩き斬った。

 そこら辺の雑居ビルに匹敵する巨体が、断末魔を上げる間もなく塵へと化していくのは設定上最強の魔法少女が持つ特権ってやつだろう。

 これをゲームでは威力の低いチェーンガンで撃退しなきゃならなかったんだから本当に開発陣は鬼か畜生だ。

 

 だがここからは、そんな鬼畜生の思惑をひっくり返す時間の始まりだ。

 もしもチュートリアルで西條千早が死んでなかったら、なんて二次創作は、救いを求めて腐るほど読んできたんだからその通りにこいつらを殲滅してやろう。

 立ちはだかるデモン級は、この前のピグサージと大体同じぐらいのデカさだが、魔法と物理が通じるんだったら関係ない。

 

「さて……護衛はそこで塵になったわけだが」

『Bumooooo!!!』

「そうか、寂しいか。ならば貴様もすぐにあの世に送ってやろう」

 

 闘牛レベル999みたいな見た目をしているダイモーン級はその大きく前面に張り出したツノを使って俺を捉えようと突進してくるが、そう簡単に当たってなどやるものか。

 むしろこいつをさっさと斬り捨てないとまた復興予算がどうのこうのと、お上でめんどくさい話が始まるんだ。宣言通りにさっさとあの世に送ってやろう。

 大体ピグサージを寄越して一日だぞ、おまえらも舌の根も乾かない内に攻めてくるんじゃねえよ。

 

 おまけにおかわりもあるってんだからやってられん。

 それでもやらなきゃならないのが魔法少女の使命ってやつなんだろうけどな。

 俺はデモン級の突撃をひらりと躱すと、「雷切」を再び鞘に収めて刀身に魔力をチャージする。

 

 高層ビルぐらいある巨体を一刀両断するのは中々骨が折れる話だが、「雷切」は刀と鞘、その両方が超常の力を持つ魔法征装なのだ。

 増幅、強化。

 居合いの構えを取った時間に応じて雷の魔力を引き上げる性質を持つ鞘へと力を流し込み、俺は吼える巨体の脳天に向けて、刀を抜き放つ。

 

「……ちぇえええええすとおおおおお!!!」

 

 裂帛の気合いと共に振り抜かれた刀は雷鎚となってデモン級の脳天に直撃し、その巨体を豆腐でも切るような手応えで二枚下ろしに斬り裂いていく。

 チェスト臨界獣。人類の怨敵許すまじ、とばかりに気合を込めた一閃で、デモン級もまた断末魔を上げる間も無く塵と消える。

 その分道路にも随分デカい亀裂が入ってしまったけどこれはあれだ、コラテラルダメージってやつだよ、そうに違いない。

 

「あれが先輩の本気かー……」

「流石は当代最強の魔法少女……アタシも負けてらんない……!」

「相変わらず凄いですねぇ……」

「……西條先輩……すごい……わたし、なんか……」

 

 一刀の下にデモン級を斬り捨てたことで、由希奈たち四人は概ね絶句していた。だがまだだ、まだ敵は残っている。

 そうだ、冗談いってる暇じゃなかったな。

 まだ空間に不気味な黒い穴が空いているということは、「界震」は続いてるってことで、おかわりがやってくるってことなんだ。

 

「敵に集中しろ、『界震』が止まらないということは、増援が来るぞ……!」

 

 ぐにゃり、と空間が歪んでいくような感覚と共に、穿たれた漆黒の穴から、雪崩れ込むように無数のショート級とトール級が現れ、それらを率いる、今度はファンタジー世界に出てくるような飛竜ワイバーン型のデモン級が飛び出してくる。

 まずいな。

 ショート級とトール級の群れぐらいなら葉月と由希奈の攻撃、そしてこよみの機銃掃射でなんとかなりそうなもんだけど、空を飛べる巨体が現れたとなれば、街への被害も甚大なものになる。

 

「まゆ、此方が敵を引き付ける。支援を頼めるか!?」

「了解しましたよぉ……! 『シックネス・シリンジ』!」

 

 まゆの支援魔法は、魔法特質はその「毒と薬」という名の通り、味方の強化だけに留まらない。

 その魔力を、敵を弱らせる「毒」としてシリンジから注入することもまた可能なのだ。

 まゆは魔法征装である巨大なシリンジ「ケミカルアルケミー」を現出させると、デモン級へと狙いを定めて飛び立った。

 

『Guooooo!!!』

「……させるものか!」

 

 飛び上がったまゆに向けて咆哮と共に、ダイモーン級が人間一人ぐらいなら、近くを通るだけで蒸発させられそうな火球を吐き出す。

 俺はそれを見越して「雷切」に魔力をチャージすると、今度は火球に向けて斬撃を一閃。

 空に向けて放たれたことで余計な被害を出すこともなく、火球は真っ二つになって消滅した。

 

「首筋……もらいましたよぉ!」

 

 そして、ガラ空きになったダイモーン級の首筋、甲殻と甲殻の隙間へとまゆは「ケミカルアルケミー」の針を突き立てると、敵を弱らせる「毒」の魔力を注入して離脱する。

 

『O、Oooooo……?』

 

 自らに起きた異変を言葉にすることはできなくとも、感じ取ってはいるのだろう。

 高熱のブレスを放ったことでダイモーン級の口元に溢れていた炎は今や消え失せて、羽ばたきからも力がなくなっている。

 刺さりさえすれば大体の臨界獣に効果を発揮するまゆの「毒」は、一部の例外を除いて対ボス格の特効薬みたいなものだ。

 

 それがどのルート通っても最終的には永久離脱するとかお前ら。

 開発陣、本当にお前らというやつらは。

 この救いの欠片もないクソゲーを作ってくれやがった開発陣とそんな世界に転生させてくれた神様だか女神様への恨み辛みとその他を込めて、俺は再び「雷切」を大上段に振りかぶった。

 

「これで……終わりだッ!」

『Guooooo!!! Oooooo!!! Oooooo……』

 

 毒で弱り切って死んだのか脳天から真っ二つにされて死んだのかは定かじゃないにしても、これで街への被害が懸念される存在は打ち止めってわけだ。

 よく見れば「界震」によって空間に開けられていた穴も塞がっているし、残るはショート級とトール級の掃討だけだ。

 そっちにしてもサブマシンガンに得物を持ち替えた由希奈と、チェーンガンを掃射してるこよみがなんとかしてくれてるし、空を飛ぶような個体は率先して葉月が潰してくれている。

 

 なら、俺の仕事は撃ち漏らしを掃除するだけだ。

 魔法征装「雷切」を天に掲げ、俺は自分の、西條千早の魔力特質である「雷」を、由希奈とこよみが撃ち漏らした個体群に狙いを定めて降り注がせる。

 

「『雷帝らいてい招来しょうらい』……!」

 

 物理も魔法も通るんだったら恐れることはなにもない、ってわけじゃないにしたって、こと汎用性という意味で、俺という、西條千早という魔法少女は特級魔法少女の中でも最強だと謳われた通りだ。

 アクションゲーにおいて、物理強化もできて範囲攻撃も撃てるユニットが弱いという方が珍しい。

 終盤に器用貧乏になってしまう恐れこそあっても、できることの幅が広いというのはそのまま強さに直結している。

 

 それを示すかのように、降り注ぐ雷は、由希奈たちが撃ち漏らした臨界獣を全て撃ち抜いて、塵へと還していた。

 ミッションコンプリート、「界震」も収まったなら、これ以上増援が出てくる見込みもない。

 

「相変わらず無茶苦茶やりますねー、先輩」

「確かに、少しばかり街に被害が及んでしまったな……」

 

 由希奈は道路に空いたクレーターを指差して、からかうように微笑んでみせた。

 復興予算がどうのこうのでお小言が飛んでくる可能性はあるにしても、臨界獣の侵攻を許すよりは幾分かマシなはずだ。

 コラテラルダメージだよ、コラテラルダメージ。なんて口に出した日にはお偉方から呼び出されて説教とか処分を喰らいそうだから黙っておくけどな。

 

「……で、でも……西條先輩がいたから……きっと、その……街の、被害は……」

「ありがとう、こよみ。しかし受けるべきお叱りは受けねばならない。此方ももっと上手くやれれば良かったのだがな」

「全く、自分たちの命かかってるってのに四六時中お金の話ばっか。これだから政治家ってのは嫌いなのよ。ですよね、先輩」

「そうだな……しかし彼らも彼らで自らの職務に必死なのだ、そう悪く言うものじゃない、葉月」

 

 口ではそんな綺麗事を言っちゃあいるが、内心じゃ俺も中指突き立ててるから安心してくれ。

 魔法少女がいる限り自分たちは死なないとでも思ってるんだろう。だから死なない前提で話を進める。呑気なもんだよな、全く。

 まあ、お叱りがくるといってもその窓口は店長こと大佐なんだから、現場の俺たちに来るクレームはあの人の口からやんわりと伝えられる程度だ。全くもってありがたい限りだな。

 

「とにかく今は帰ろう。此方は……昼食も食べていなかったのだからな」

「あはは、言われてみればそうですねー」

「うっ、それ聞くとお腹空いてきちゃった……」

「……ぁ、あの……わたし、も……」

「それじゃあ、まゆはもうひと頑張りですねぇ」

 

 冗談めかしたまゆの言葉に、笑顔の花が三つ咲く。俺もまた小さく笑いながら、とりあえずは今日という日もまた生き延びることができた幸運に感謝する。

 誰の腹の虫が鳴いたのかはわからないものの、響き渡った、くう、という音に恥じらうかのようにこよみたちは顔を赤らめた。

 とにもかくにも、腹が減った。だからあとは飯を食って閉店時間までダラダラと過ごして、風呂に入ってさっさと寝よう。

 

 今はただ、それを考えるのが精一杯だった。

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