第9話 ここから先は無双ゲー

『ヴァイブレーション発生、ヴァイブレーション発生! 現在当該地点より出現した臨界獣の数は三十を超えて増大中!』

『敵の内訳を報告するんだ!』

『了解、現在ショート級の数が二十、トール級の数が五、グランデ級が四、デモン級が一!』

 

 耳元の通信機から、「M.A.G.I.A」本部と大佐のやり取りが耳に飛び込んでくる。

 総数三十を超えて増大中ってだけなら一級魔法少女でも間に合いそうなもんだが、群れの中にデモン級……この前のピグサージほどじゃないにしろ、ちょっとしたビルに匹敵する個体が混じってるのが特種非常事態宣言が発令された理由ってところか。

 一級魔法少女でも苦戦する個体が混じっていて、尚も数を増やしてるってんなら、最初から特級魔法少女を呼んだ方が早い。

 

 本部の判断は実に理に適っていた。

 俺が覚えている限りだと、最終的には確か六十、二倍の数になるんだったか。

 この戦闘じゃこよみの全力は使えないから、原作じゃチェーンガンを使っての戦いになってたけど、こっちをチュートリアルに置いてくれって話だよな。

 

 いやまあ、チェーンガンだけでデモン級を削り倒すのも一苦労だったけどさ、ショート級の個体なら削り倒せるわけだし、少なくともピグサージよりよっぽどチュートリアルしてる。

 それに、二倍に戦力が膨れ上がったところで有象無象は有象無象だ。

 いきなり物理も魔法も無効です、なんて敵をお出しされるよりは数を倒す方がわかりやすくていい。

 

「現時点で総数三十……どれぐらいになるのかしら」

「さあ? 少なくとも『界震』がそこまで長続きしたって話は聞かないけどねー」

「アンタは緊張感なさすぎんのよ……!」

 

 葉月が戦いの緊張に武者震いをする中で、由希奈はどこまでも楽天的な答えを返す。

 この世界に穴を開けて侵攻してくる臨界獣が現れた際に発生する「界震」という現象は、少なくとも彼女が言う通りそこまで長続きしたことはない。

 あくまでも現時点までは、の話だが。

 

 ここで総数が最終的には二倍に膨れ上がるぞ、とか余計なことを直接吹き込むのはスマートじゃないにしても、なんらかのフォローをしておく必要はあるだろう。

 

「事態は常に最悪を想定しておくべきだと此方は判断する。そうだな……倍まで膨れ上がることは考えておいた方がいい」

 

 そう考えて俺はこほん、と小さく咳払いをすると、緊張を漂わせる葉月と、どこかのほほんとしている由希奈に向けて、いつも通り考察という体をとってそう言った。

 

「倍かー、そりゃちょっと骨が折れそうですねー」

「ふん、上等よ! この前みたいにぶん殴れない相手じゃないってんなら、やってみせますから!」

「それは頼もしい限りだ……まゆ、こよみ。後方支援は頼んだぞ」

 

 大規模な臨界獣の侵攻に緊張を隠せていない二人に俺は言葉を投げかけて、カタパルトに足を乗せる。

 こよみのチェーンガンは小型の、ショート級の掃討に役立つだろうし、まゆのシリンジは使いづらそうに見えて案外応用が効く。それは実戦で披露してくれることだろう。

 そして、葉月と由希奈の近接援護を受けながら、前線で大型のヘイトを稼ぐタンク兼アタッカーをやるのが俺の仕事だ。

 

 つまるところ俺が、西條千早が欠けてなければ、この戦いはヌルゲーとまでは言わなくたって、勝利条件の達成は易しい方に違いはなかったはずだ。

 だってのに、プロローグ、チュートリアルであんなクソみたいな敵を放り込んでその可能性を潰してくるんだから開発陣の性格の悪さが窺えるってもんだよな。

 そのせいで原作だと戦線の維持がままならず、こよみも遊撃担当に回されてぐだぐだの市街戦が始まるって流れだったんだから、堪ったもんじゃなかった。

 

 前世の思い出話はここまでにしておくとしても、今回の俺の任務は簡単だ。

 とにかく前線を切り開いて大型を、デモン級を沈める。

 おかわりでもう一体出てくるが、それも知ってる。なら実行するだけだ。

 

「了解しました、まゆは支援に回りますよぉ」

「……は、はい……西條、先輩……」

「当てにしているぞ……『ドレス・アップ』! 西條千早、出撃する!」

 

 関係機関の各部署から、特級魔法少女出撃の認可が下りたことでカタパルトのロックが解除、スリーカウントと共に俺は再び大空へと射出される。

 危うく「ドレス・アップ」の解号を唱え忘れてミンチになるとこだった。変身するためのお約束とはいえ、一々決まり文句を言わなきゃいけないってのも中々不便な話だな。

 そんな魔法少女システムに内心で文句を垂れつつも、俺は通信機からホロスクリーンとして投影された「界震」発生地点に向けて身体を加速させる。

 

 長距離展開ブースターがあればもっと早く着くんだろうが、あれは俺が唯一の試作品をジャンクにしてしまった上に、都内で使うには費用対効果が見合ってないと上層部に太鼓判を押された哀れな兵器だ。

 仮にも世界の危機だってのに予算の都合が絡んでくるのはなんとも世知辛いな。

 一級魔法少女やその下にいる二級、三級、そして自衛隊の戦力をほとんど投入しなかったのは、人命を大事にって名目もあるけど、ぶっちゃけてしまえばコストの都合なんだろう。

 

 と、まあそんなことを薄らぼんやりと考えている間にも戦闘空域に到達したようで、通信機が警告を鳴らす。

 見た感じ、宝石を埋め込まれた怪獣といった風情のショート級は陸上型、それよりデカいトール級の中には空を飛ぶ「タイプ・ガーゴイル」の存在も確認されてるけど少数だ。

 そして、問題になるグランデ級とデモン級はずっしりとその巨体をアスファルトの地面に食い込ませて、進路上にあるものを破壊しながら進行していた。

 

「さて……これ以上敵に好き勝手をさせるわけにはいかないな。此方はあのデカブツを叩く。由希奈は『タイプ・ガーゴイル』の処理を、葉月は近接援護、まゆとこよみを守ってくれ」

「了解しましたよー、先輩!」

「アタシはまゆと秘密兵器のお守りってわけね……わかりましたよ、やってみせますから!」

 

 頼もしい返事だ。

 個人的な感情はともかくとして、任務に必要のないそれを切り捨てることができるのは葉月の美点だといってもいい。

 侵攻による被害がデカそうなのは言葉通りに体躯がデカいグランデ級とデモン級。そいつらをさっさと叩き斬ってしまおう。

 

「皆さん、少しだけ待ってくださいねぇ……『ストレングス・シリンジ』!」

 

 小型の注射器を四つ指先に挟んだまゆは、俺たちに向けてそれを正確無比に投擲した。

 針がぷすりと刺さる微かな痛みが走る。

 それと同時に、薬液の代わりに込められていた魔力が流れ込んできて、肉体が硬化していくような、筋肉が増大していくような感覚が、俺たちを満たしていく。

 

 これがまゆの魔法特質、「毒と薬」だ。

 いってしまえばバッファーとデバッファーを兼ねた役割が彼女のそれであって、味方を強化することもできれば敵を弱らせることもできる。

 しかも魔法少女が持つ自己強化魔法とは別枠で重複するもんだから、しばらく戦闘では頼りきりになるのが、そして個別ルートにしても通常ルートにしても永久離脱して悲しみに暮れるのが、「魔法少女マギカドラグーン」の通過儀礼だった。

 やっぱりこの開発陣、人の心がないんじゃねえかな。

 

「感謝するぞ、まゆ! さあ……存分に死合おうじゃないか、怪物共……!」

 

 そんな話はともかくとして、今世でもそんなマルチバッドエンドを辿るのは真っ平ごめんだ。

 とにかく運命を覆す。既にチュートリアルを生き延びたことで、原作ルートからは大分外れてるのだろう。

 だが、この襲撃イベントが変わらなかったってことはまだ世界の強制力とか、そういう類のものでリカバリーできる範囲ってことだから油断はできない。

 

「……斬り裂け、『雷切』!」

 

 解号かいごうを唱えて、俺は手持ちの魔法征装……日本刀の形をしたそれに魔力を注ぎ込む。

 蒼い雷を纏った刀身が煌めくと同時に、進路上に立ち塞がるショート級やらトール級を斬り捨てて、まずはグランデ級へと狙いを定める。

 さて、ここから先は無双ゲーだ。差し当たってはグランデ級諸君へ、一方的にクソゲーされる屈辱的な気分を嫌というほど教え込んでやろう。

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