―07― 駆け引き

「よぉ、どうだった?」


 席に座ると、前の席の澄川が出迎える。


「どうとは?」


 質問の意図がわからず聞き返す。


「そんなのあれだよ、あれ」


 そんな曖昧な表現で伝わるはずがないだろ。……あぁ、そういうことか。さてはこいつオレが風不死に告白したと思っているな。それで、成功したかどうかを「どう?」と聞いているわけだ。

 そして、隣の席に風不死がいる以上、直接的な表現ははばかられると。


「いや、お前が思っているようなことは起きていないからな」


 そう否定するも、伝わっていないようで彼は顔をしかめていた。後でちゃんと説明しないとな。

 それからはいつもと変わらず日常だ。

 周りの視線を集めているような気もするが、だからといってなにかが大きく変わるわけではない。


「ねぇ、忠仲くん」


 休み時間、唐突に話しかけられる。

 話しかけてきたのは一度も喋ったことがないギャルだ。名前も思い出せない。たしか、寧々とよく一緒にいたような……。


「今日なんで、そんなオシャレしてきたの?」

「えっと」


 一瞬なんて答えるべきか悩む。なんか注目を浴びてしまっているようで恥ずかしいな。とはいえ、ここで恥ずかしがったら陰キャに逆戻りだ。こういうとき陽キャなら堂々と答えるに違いない。


「実は好きな人ができてさ。どうしても振り向かせたくてがんばった」


 よしっ、ちゃんと恥ずかしがらずに答えることができたな。

 こんな理由、背伸びしているようでかっこわるいのかもしれない。けれど、質問の答えを聞いたギャルはバカにしたりせず、関心したように目を丸くしていた。


「へー、忠仲くんのことよく知らなかったけど、意外とがんばりやさんなんだね。好きな人と結ばれるように応援している」

「あ、あぁ、ありがとう」


 オレの答えに満足したのかギャルは自分の席に戻ろうとして、一瞬だけなにかを思い出したかのような仕草をしては、オレにこっそと耳打ちしていた。


「もし、フラれたら教えてね。デートで慰めてあげる」


 まさかの言葉に戸惑う。

 どういうことだ? と詳細を聞こうとした頃には、彼女は自分の席へ戻ってしまった。

 彼女なりに応援してくれたんだとでも思おう。


「いいなー、忠仲。女子と仲良く話してよー」


 拗ねた様子で澄川が話しかけてくる。


「少し話しただけだろ。別に大したことじゃない」

「それでも羨ましいぜー」


 別に幼なじみがいるオレにとっては女子と話すことはそう珍しいことではないんだがな。

 まぁ、でも、少しだけ世界が広がった気はするかな。



 放課後。

 いつもならまっすぐ家へ帰るが、今日はそういうわけにはいかない。

 風不死椎名に話しかけて、デートの約束をとりつけなくては。

 昨日、彼女に好きになってもらうにはどうしたらいいか、色々と考えた。結論は、彼女から地道に好感度を稼ぐしかないというものだ。好感度を稼ぐためには、デートするのが一番。


「椎名、すこしいいか?」


 他にも椎名に話しかけたそうな男子共がたくさんいたが、先手必勝、オレがまっさきに話しかけることに成功する。なんせ、オレには席が隣という地の利があるからな。


「なんですか……?」


 彼女は胡乱げな目でオレのことを見つめる。

 流石、美少女なだけあって、どんな表情をしても様になっているな。


「このあと、暇か? よかったらこのオレとデートにでも行かないか?」


 少しでも成功する可能性をあげようと、あえてかっこつけて言う。


「イヤですよ。誰があなたのような変態とでかけるもんですか」


 椎名はなんの躊躇もなくオレを拒絶した。様子を見ていた男子共から「ざまぁ」という声が聞こえてくる。

 だが、ここで簡単にあきらめるほど、オレは甘くないぞ。


「なんだ、オレに照れているのか? かわいいやつめ」


 そう言いながらウィンク。

 め、めちゃくちゃ恥ずかしいな、これ!! けど、この前読んだ少女漫画では男がこのセリフを言った途端、女である主人公の心臓が高鳴ったから、これで間違いないはず!


「ふ、普通に引くんですけど……」


 あれ? なぜか椎名はかわいそうなものを見るような目でオレのことを見つめていた。あれ? あれ? 思っていた反応と全然違う。

 な、なんとかして挽回しなくては。どうしたら!?


「ひゃっ」


 椎名がかわいい悲鳴をあげる。

 というのも、オレが彼女の肩を掴んで手元に引き寄せたからだ。たしか、あのとき読んだ少女漫画では、たしかこんな姿勢で男はこう言っていたはずだ。


「なぁ、椎名。オレお前にすげー本気だからさ。無碍にされると傷つくんだが」


 これでどうだ? と、椎名の表情を観察する。

 あれ? ゴミを見るような目でオレのことを見つめているんだけど!

 しかも、ぽつりとオレにしか聞こえない声量で「金に目が眩んでいるだけのくせに」とか呟いてくる。まぁ、その通り過ぎて、なんの反論もできねぇ。


「はぁ」と、椎名がため息をした。そして、仕方がないなぁとでも言いたげな目で、


「わかりました。デートにつきあいますよ」


 と口にする。

 うぉおおおおおおお、やったああああああ! これで椎名とデートができる。


「こんなことで浮かれないでください。ただ、あなたがあまりにもかわいそうなので、慈悲でデートしてあげるだけですよ」


 とか言っているけど、これが浮かれずにいられようか。


「――――ッ!!」


 四方から殺気が。

 よくよく見ると、男子共がオレに対して「死ね」やら「殺す」やら物騒なことを呟いてやがる。澄川はなんかは床に這いつくばっては「オレはお前を一生ゆるさねぇえええ!!」とかほざいている始末。こいつは救いようがねぇな。

 だが、悪いな。

 もう椎名はオレとデートする約束しちゃったもんね。フハハッ、椎名を堕とすのも時間の問題だな。


「奏生――」


 瞬間、教室中が静寂へと包まれた。


「これは、どういうこと?」


 近づいてきたのはオレの幼なじみ七皆寧々。

 あまりの殺気に、誰もがその場を動けずにいた。

「ついに女王が動いたか」と、誰かが口にする。女王って寧々のことか? なんだ、そのあだ名は。


「えっと……」


 オレはひどく困惑していた。

 なんせ、未だかつて一度もなかったからだ。教室で寧々がオレに話しかけてくることが。

 ここで気安く喋ろうものなら、オレたちの関係が周りにバレてしまう。それは寧々が望んでいないこと。


「七皆さん、オレになにか用かな?」


 できる限り他人行儀を装って対応する。


「……別に。ただ、奏生がなにをしているのか気になったから」


 寧々の様子がいつもと違うことは一目瞭然だった。けど、原因がまったくわからない。一体、なにが彼女の癪にさわったのだ?


「なにって、椎名にデートのお誘いをしていただけだが。それが一体なにか……。あぁ、わかったぞ。確かに、衆人が見ている中で不順異性交遊はあまりよろしくなかったね。今度からは気をつけるよ、七皆さん」


 オレは恭しい態度でそう口にする。寧々、なんとか矛を収めてくれぇええ! と、祈りながら。


「そうね……。確かに、よろしくないわね」


 そして、狙い通り寧々は頷く。彼女がオレにどんな用があるにしても、それをここで吐き出すのは相応しくないってことを理解しているようだ。


「ねぇ、あなた名前なんていうの?」


 唐突だった。ずっと黙っていた椎名が口を開いたと思ったら、そんなことを尋ねてきた。空気読めよぉおおお! って叫びたい。

 なんとか穏便に済みそうだったのに。やぶ蛇を棒でつつくようなことにならなきゃいいが。


「七皆寧々、だけど」


 寧々も名前を聞かれると思っていなかったようで、虚を突かれた様子でとまどいながらも自己紹介をする。


「……そう、あなたが寧々さんなのね」


 含みがあるような言い方だと思ったが、多分気のせいだな。


「奏生、早くデートにいきましょう。せっかくの時間がもったいないですよ」

「お、おい」


 椎名がオレの腕を引く。

 突然の彼女の積極性にオレは少し戸惑っていた。



 風不死椎名と忠仲奏生が後にした教室は騒然としていた。

 冷徹姫。

 それが風不死につけられた異名だった。あらゆる男子の誘いを冷たく断ることからつけられた異名。

 だというのに、その冷徹な様を忠仲があっけなく壊してしまったのだ。誰もがそのことを驚きと共に語るのは仕方のないことだった。


 そして、もう一つ七皆寧々の奇行。

 七皆寧々はいつもクラスの中心にいて皆をとりまとめている。陽キャ集団のリーダー的立ち位置。一見遊んでそうな彼女だが、意外にも身持ちが固いのか彼氏の噂はいっさい聞かない。彼女も風不死に負けず劣らず美形なため、彼女を密かに思っている男子は案外多かったりする。

 そんな彼女を誰かが女王と呼んだ。クラスを支配する女王。

 その女王が脈絡もなく忠仲奏生に話しかけた。

 誰も目にも奇妙なことのように映った。たしかに、今日一日忠仲は目立っていたが、それでも彼が陰キャだという評価が簡単には覆らない。それに、七皆寧々がいまだかつて忠仲奏生と仲良くしている様子を見たこともない。

 なのに、なんで話しかけたのだろうか?

 誰もが気になったが、そのことを教室の彼女に聞こえるかもしれない範囲で口にする愚か者はいなかった。

 いまだ彼女は教室の隅で固まっている。


「ねぇ、寧々どうかしたのー?」

「なんか様子が変だけどー」


 七皆寧々と友好的な関係を築いているギャル二人サキサキコンビが話しかける。

 七皆の様子がおかしいことはギャルの目にも明らかだった。

 なにかに怒っているようだ。

 けど、心当たりがまったくない。

 実は七皆が忠仲に想いを寄せていて二人のデートに我慢ならなかった、なんて考えが頭をよぎるが、そんなまさか、とその考えを一蹴する。

 もう一人のギャルは、あとでカラオケ行ってみんなで歌えば、テンションマックス寧々も機嫌直すっしょーとか考えていた。


「帰る」


 寧々の反応はあまりにも予想外だった。

 彼女は無愛想にそう呟くと、誰にも目もくれず帰り支度をして教室をでていってしまった。


「うそでしょ……」


 残されたギャルはそう呟く。

 まさか本当に、七皆寧々は忠仲奏生のことが好きなんだろうか。


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