―06― ★胸のモヤモヤ

 学校の外れにある理科教室のさらに奥に進んだところにある階段裏。

 ここには滅多に人が来ない。

 ぼっち属性のオレは人のいない場所を好む習性がある。その嗅覚がこの場所を見つけさせたのだ。ここなら内緒話にはもってこい。


「流石に強引すぎます……」


 風不死椎名はそう言ってオレを非難する。彼女は少し息が上がっていた。確かに、ここに走って連れてきたのは強引だったかもしれない。


「悪いな。椎名と二人っきりになりたくて、どうしても我慢できなかった」

「なんかキモいんですけど」


 え? 正直なことを言ったら、彼女は青ざめた顔で半歩後ろに下がっていた。どうやら言葉選びを間違えたらしい。こういうとき陰キャな自分を責めたくなる。


「それで、こんなところに連れ込んでどういうつもりですか……? あっ、まさかエロいことでも考えています。あなた変態と同じ目をしていますもんね」


 なぜか彼女は身を守るように腕を手前で組みながら、オレから後ずさる。


「ちげーよ。ただお前と仲良くなりたかっただけだ」

「……はぁ、そうですか」

「なぁ、椎名」

「その椎名って名前で呼び捨てするの気になるんですが」

「別にいいだろう、このぐらい。婚約しているのに名字で呼び合うのもおかしいだろ」

「確かに、そうですね。特別に許可します。まぁ、私はあなたのこと名前で呼ぶのは遠慮しますが」

「せっかくなら名前で呼んで欲しいが、まぁいい。それで椎名にわざわざ言いたいことがあったんだ」

「なんですか?」


 椎名の問いに一呼吸いれてから、オレは答えた。


「昨日考えたんだが、結婚するからには、ちゃんと椎名と恋人のような関係になりたいとオレは思った。その、今すぐ無理かもしれないが、オレは椎名のこと好きになるから、椎名もオレのこと好きになってほしい」


 昨日から考えていた言葉を伝える。

 自分で言ってなんだが、告白するよりも恥ずかしいな、これ。もしかして、引かれるかもしれないと思い、恐る恐る彼女のことを見る。


「フッ」


 と、彼女は鼻を成した。

 笑われた。どうやら、失敗だったかもしれない。


「おもしろいことを言いますね。けど、確かに、結婚するからにはお互い仲良くならないといけませんね」


 続く言葉を聞いて考えを改める。

 もしかしたら、オレの考えが伝わったのかもしれない。


「あぁ、そうだよな。その、椎名はオレのこと興味がないかもしれないが、オレはそんなことないから」

「いえ、少しだけあなたに興味が湧きました。その、改めてよろしくお願いします」


 彼女はペコリと頭をさげる。

 これは、それなりに悪くない感触ではないだろうか。


「そうだ、もう一つ聞きたいことがあるんだが」

「なんですか?」

「その、今日のオレどう思う?」

「どうとは?」

「わかるだろ。その、昨日と違うことぐらい」

「あぁ、そういうことですか。たしかに、昨日のまさに陰キャの象徴のような見た目よりはさっぱりと清潔感があって悪くないと思いますよ」


 椎名の評価に一安心する。けど、せっかくならもっと踏み込んだ言葉がほしいな。


「なぁ、今日のオレかっこいいと思わないか?」

「……かっこいいと思いますよ」


 よしっ、と全力でガッツポーズ。椎名にかっこいいと言われただけで、今日学校をサボってまでしてやったことは間違ってなかったんだと思える。椎名がめんどくさっといった目を向けながら言っているのが少し気がかりだが。


「用はもうありませんか? ナルシストに構っていられるほど私は暇ではないんですが」

「そうだな」


 ホントはもっと喋りたかったが、そろそろ授業の時間だ。この辺でお開きにするべきだろう。


「椎名も今日は一段とかわいいと思うぜ」


 お返しにとばかりにそう言う。けっこうハズいな、これ。


「言われなくても私がかわいいことは私が一番知っていますよ」


 ナルシストなのはお前のほうじゃねーか。



 ワタシには下僕という名の幼なじみがいる。ワタシのことが大好きで大好きで仕方がない下僕だ。

 今日の朝も奏生はワタシのために朝ご飯を用意してくれた。人に言ったら、かわいそうだなんて思われるかもしれないが、奏生はワタシのことが好きだから喜んでお世話してくれる。


 そんな奏生が今日は朝から学校にいなかった。

 今朝、一緒に学校へ行く準備をしたはずなのに。


『ごめん、用事があるから遅れて学校へ行く』 


 奏生にメッセージを送ったところ、といった返信がすぐかえってくる。

 用事で休むなんて珍しいが、そういうことなら特に気にとめる必要もないか。


「ねぇ、あれ見たー?」

「見た見たびっくりだよねー」

「急に人って変わるんだねー。私、けっこう好みかも」

「えー、確かにかっこいいとは思うけど、中身が地味なの知っちゃっているからなー」

「いやいや、中身って後から追いつくもんだって。まずは外見が一番大事でしょ。私アタックしてみようかなー」

「えー、気が早すぎない? けど、見た感じ風不死さんにぞっこんみたいだし、無理じゃない?」

「風不死さん男子に興味ないみたいだし、そのうち飽きるだろうからチャンスあるでしょ」


 教室へ戻ると、教室でもよく目立つギャル二人がそんなことを口にしていた。

 名前は一方が桜坂さくらざか早紀さきでもう一方が斉藤さいとうさく。二人の組み合わせをサキサキコンビと誰かが言っていた。


「ねぇ、なんの話をしているの?」


 二人の話している内容が気になったので、そう話しかけた。


「あっ、寧々。もしかして、今来た感じ?」

「うん、そうだけど」

「だったら、見てないか」


 どうやらワタシがトイレにいっている間に教室でなにかがあったらしい。


「えっと、ある男子がね。、めちゃくちゃイメチェンして学校に来たの」

「いつも地味だと思っていた男子がけっこうかっこよくて、びっくりだねーって話してた」

「ギャップ萌えだよねー」

「わかるわかるー」


 確かに、そんな生徒がいたなら話題にしたくなる気持ちはわかる。

 自分だって男子がどうイメチェンしたのか早く見てみたい。


「それって、誰の話?」

「ほら、あいつよあいつよ。ぼっちでいつも席に座ってボーッとしている。えーっと」

「もしかして名前覚えていないの? さいてー」

「うそうそ、今思い出したから。忠仲奏生でしょ」

「は?」


 つい、低い声を出してしまった。

 鋭い言葉にサキサキコンビの二人は肩をビクリと震わせた。けれど、あまりにも脈絡のない反応だったせいか、二人とも気のせいだろうと処理をしたようで、会話に再び戻る。


「でも、なんであんな急にイメチェンしたんだろうね」

「それはやっぱり風不死さんに告白するためでしょ」

「あー、確か、風不死さんを口説いては手をひいてどこかへ行ったんだっけ」

「けっこうオラオラ系なんだねー。いがーい」

「これもギャップ萌えってやつー。推せるわー」

「今頃、告白成功していたりして」

「えー、もしそうならショックなんだけどー」


 そう言って、二人はキャッキャッと女子特有の笑い声を発している。

 

 どういうこと……?

 さっきから二人の会話が頭の中へ入ってこない。

 だって、奏生はワタシのものだ。

 その奏生が転校生を口説いていた? そんなのありえるはずがない。


 ガラリ、と扉が開く。

 瞬間、教室中がザワつく。

 教室に入ってきたのは、風不死椎名と忠仲奏生だった。


 本当に奏生はイメチェンをしてきた。昨日まであれだけ冴えない見た目をしていたのに、今日はわざわざオシャレしてきている。しかも、普通にかっこいい。

 そうか、今日の午前中学校をサボっていたのはこのためなんだ。

 そして、真っ先に転校生にその姿を見せているってことはワタシのためにイメチェンしたわけじゃないんだ。


 本当に奏生は転校生に告白したの?

 表情を見ればわかるかなと二人のことを見るが、落ち込んでるとも喜んでいるとも、どっちつかずの表情をしてるせいで、よくわからない。

 けど、本当に告白したとしたら――


 イヤだ。

 それは、とてもイヤなことだ。

 奏生が誰かのものになったことを想像して、胸がもやもやする。


 それにこの状況も気に入らない。

 クラスのみんなが奏生と転校生のことを気にしている。

 きっとギャルたちの会話がクラス中に広まっており、噂通り奏生が転校生への告白が成功したのか気になっているのだ。


 でも、こんなのおかしい。

 昨日まで、誰も奏生のことを気にしていなかった。

 ワタシだけが奏生のことを意識していた。ワタシが奏生を独占していた。

 なのに、こんなのおかしい。


 だって、奏生はワタシだけのものなんだから。

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