噴水と水風船と体操部のお話

春川晴人

オープニング

「ゆりちゃん、どこの学校にするか決めた?」


 この時のあたしは、イヤホンで音楽を聴いていたから、ママが部屋に入ってきたことも、ママに話しかけられていることにも気づかないでいた。


「ゆーりちゃん」


 あっ!! 取られたブルトゥースのイヤホンを本能的に取り返そうと手を伸ばして、そこで初めてママがいることに気がついた。


「ごめん、今、音消すから」


 あたしは、スマホでずっと流していた、90年代のビジュアル系の音楽をとめた。


「ねぇ、ママ。どうすればあたし、90年代に行けるのかなぁ?」


 ママはベッドの横に座って、あたしの髪をなでてくれた。


「そうねぇ。そこまでの情熱があるのなら、ゆりちゃんがタイムマシーンを開発するしかないかもね?」

「おお!! タイムマシーン!! SFですね、ママン」


 ふざけるあたしの膝の上に、いくつかの私立の学園のパンフレットが置かれた。


「でもさ、やっぱあこがれるよね、90年代。制限がある中での自由っていうかさ、そういうのを感じるっていうか」

「実際はそうでもなかったけどね」


 ママは、疎遠になってしまったおばあちゃんのことを思い出しているみたいだった。


「必死になって共働きして、それでも表向きはそれはそれは裕福なフリをつづけなくちゃいけなくて。嘘でかためて、がんじがらめになって。形だけの家族っていうのは、そりゃあもう悲惨なものよ?」

「そっか。白鳥みたいなもんか」

「それに近いわね。で? ゆりちゃんはどの学校にするかそろそろ決めてくれた?」


 膝の上に置かれたパンフレットの、長方形のプールみたいな噴水に目がひかれた。それは、初恋みたいに甘い感情を沸き立たせてくる。


「ここがいい!!」


 珍しくあたしが即決したものだから、ママは慌てる。あたしがあわてんぼうなのは、ママゆずりなのだよ。


「ええっ!? まさか、噴水で決めちゃったとか?」


 信じられないかもしれないけど、あたしは水が好き。泳げるかどうかは二の次にしても、水が大好きなの。


「うんっ!! この噴水とっても可愛いし。あ、でもうちのエンゲル係数じゃ、無理かな?」

「そこはママがなんとでもするわよ。ゆりちゃんは自由に生きてくれれば、それでいいの」


 とっても優しいママに抱きしめられて、あたしは胸の奥がツンと痛くなった。いつまでも、こんな風に甘えていたい。今はまだ十四歳だけど、高校生になっても、こんな風にできるかな? あたし、おませさんになって、ママを困らせたりしちゃわないかな?


 それに、学校が変わるっていうのも、なんだかこわいよね。新しい人間関係を築かなくちゃならないプレッシャーに押しつぶされてしまいそうで。


 そんなあたしに気づいたのか、ママは優しく笑ってくれた。


「明日、この学園に見学に行きましょうか? 理事長はおばあちゃんの知り合いらしいから、簡単にアポが取れそうだし」

「うんっ!!」


 噴水が見れる!! それだけでこんなにテンションが上がる。


 今はまだ春休みだけど、部活動はなにに入ろうかな? この時のあたしは、期待に満ちていて。その後に起こる不思議な体験なんて、想像もできないのだった。


 つづく

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