第14話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン13

「このチョコを、あの人から守ってくれたのも、先輩です」


「……!?


そこから聞いていたんだね……。

まだ意識はなかったのかと思ってたよ……。

……本当にごめん……。

あたしに巻き込まれて、あんな怖い目に合わせちゃったんだよね……」


「警察にも、先輩が襲われたこと、全部話しました……。


でも、私……聞いていたのに……。

先輩が襲われてからも、怖くて何もできなくて……私…………」


今にも泣き出しそうな震える声に、あたしは花束ふらわーちゃんをそっと抱きよせた。

こういう時は、甘やかすのがいいと経験から知っている。


「でも結局は身をていして助けてくれた。

花束ふらわーちゃんがいなかったら、あたしはあいつに何をされてたか……。

だから、花束ふらわーちゃんはあたしにとって、危ない所を救ってくれた恩人だよ。


だから、花束ふらわーちゃんは胸を張って、人を助けたんだから誇っていいんだよ?」


「先輩……。

私……先輩の事をよく見ていませんでした……。

ずっと、先輩のことばかり見ていたつもりでした……。

先輩が挨拶してくれたり、時々話しかけてくれるのが嬉しくて、仕事に行けていたのもそのおかげなんです。


先輩はなんでも完璧で……あんなやつも一瞬で片付けてくれるって、どこかで信じている自分がいました……。


だから、私が助ける間もなく、撃退してくれるって……

でも、先輩は普通に、完璧とかじゃなくって……

不意打ちとかされたら、普通にどうしようもなくて……

大声で助けを呼ぶことしかできないんだって……

私と同じ、普通の女の子なんだって…………


先輩をずっと見ていたつもりでいたのに……

私が見ていたのは、妄想だったというか……

あまりにも都合が良すぎる、物語の中の存在のような……

そんな人、実際にはありえないのに……

私はどこか、先輩ならって……

ごめんなさい…………

私、先輩のこと……

ちゃんと見てませんでした……

誤解してました……」


「……うん…………うん……………………。

そうなんだ………………うん………………」


あたしは昔から誤解されやすい。

ほとんどの誤解があたしに対して、好意的な誤解なんだけど……それに応えるために、自分でも無理をしている自覚はあった……。

ずっと、演じている感覚も……。

だから、他の人に、本当の、等身大の、あたし自身の存在を気付かれるのは、とても珍しく、とても有難く、そして相手にとってとても残酷なことだ。

演じきれなかったという苦い思いも少しある……。

見た目が良いということは、それだけで頭が良さそうに見えたり、性格も良さそうに見えたり、好意的な印象が強くなるものらしい。

人は見た目が9割というビジネス書籍があるくらい見た目の印象はかなり影響力が強い。

そんなの良いこと尽くしじゃないかと、誤解されることもあるが、必ずしもそうではない。


見た目や印象などから思い込まれた期待から、少しでも外れる行動をとってしまうと、その期待が即座に不満や憎しみ、蔑み、妬みに転じるのだ。

もしかしたら田中たなかも、あたしと同じように演じることを半ば強いられていたのかもしれない。

それを少し、演じすぎてしまったり、演じ疲れてしまったり……どこかで1段、ボタンを掛け違えてしまったのかもしれない。


田中たなかは、自分の見た目を過信しすぎてしまったのか、あるいは、周りの目や態度が田中たなかをあんな行動に導いてしまったのか。

どちらもが相関していたのもしれない。

あたしだって、田中たなかの境遇にいたら、同じような間違いを犯さないと、言い切ることができない。

その点で言えば、田中たなかはあたしと同じ人間だ。

田中たなかは決して肯定はできない、許されないことをしようとしたかもしれないが、誰にだってその行為に至るまでに何がしかの経緯がある。

人は何の思い違いもせずに生きることは、不可能なのかもしれない。


花束ふらわーちゃん、ありがとう。

本当のあたしに気づいてくれて……。


花束ふらわーちゃんの期待に応え切ることができなかったのは悔しくて……。

幻滅させてしまったことは申し訳なく思ってる……。


それでも……"○○な三嶋梨律みしま りつ"という誰かが作った何重もの借り物の仮面を被って、その演目を演じ続けるのは、あたしにとってもキツイ時があるの……。

花束ふらわーちゃんのように、本当のあたしを知ってくれる人が居てくれることは、あたしの心に少しゆとりをくれて支えになる。

その分、少しだけ肩の荷が降りて、救われた気がするんだよ。


だから、ありがとうと感謝をさせてほしい」


花束ふらわーちゃんにとっては、"完璧な三嶋梨律みしま りつ"という一種の神話が崩れ去った瞬間だったのだから、やすやすと歓迎できることでは無いだろう。

気持ちの整理に時間がかかる可能性がある。

あたしには、もうどうすることもできないし、それを乗り越えるのは、その神話を作った自分自身なのである。

周りが何かを期待をするのは、それを可能にする能力を秘めていると思ってくれているからだ。

もしその期待に応えられるのら、それだけで大きな信頼を勝ち取れる反面、応えられなければ信頼も大きく目減りしてしまう。

あたしが誰かの作り上げた三嶋梨律みしま りつを演じるのは、あたしにとっても利のあることでもあったり、そうしなければあたしへの信頼や期待はどんどん損なわれていくからだ。


あたしが中学の時、初めて告白された男子と付き合った。

そしてその時、自分でも初めて男ウケするメイクを試した。

すでに女子からは何人も呼び出されて告白されて、断るけど、仲良くしたりケアをして、基本毎日女子に囲まれて生活していた。

その頃、女子にモテるのは、日常生活になんの支障もなかったし、当たり前になりつつあった。

思春期のあたしは、少しだけ異性に興味を持っていることを意識し始めた頃でもあった。

あたしが初めて男子に呼びたされて、そしてそれは取り巻きの女子たちの最大の関心事だってことを、あたしはその時まだ理解してなかった。

単純に、嬉しくて、特に好きだった訳でもないが、その男子の告白を受けて断らなかった。

初めての男子からの告白を断らなかったことは、すぐに取り巻きの女子たちに知れ渡った。

何人もの取り巻きがあたしを見限り去っていき、また何人もの取り巻きの女子たちは、あたしを奪われたとその男子を忌み嫌った。

その結果、付き合った男子は呼びたされて、あたしの取り巻きの女子たちに囲まれた。

彼が囲まれて、何をされて、何を言われたのか、あたしは知らない。

知ることができなかった。

だけど、取り巻きの女子たちは、その男子にあたしを好きになる以上のトラウマを植え付けた。

次の日、あたしが初めて男ウケのするメイクを試してみたその日、彼はあたしを呼び、そしてフった。

あたしはフラれてショックを受けた。

正直それもかなり傷ついたし辛かったのだが、それよりも、その男子がその後学校に来なくなり、転校することになったことの方が、もっと辛かった。

かといって、その男子を囲って何かした取り巻きの女の子たちを責め立てる訳にはいかない。

みんながあたしの事を好きなことを、あたしは知っていたのだし、実際悪い子たちではなかった。

ただ、団結力があって、目的が一致していて、あたしを男の手から守ったり、取り戻そうとした。

それだけなのだ。

あたしはその後も、その子たちと仲良くすることを選んだ。

責めても、悔やんでも、彼があたしの前に戻ってくることは二度とないのだから。

好きだった。

たぶん、あたしは彼に恋をした。

でも、それが終わるのがあまりにも早すぎて、そう思った時には、すでに彼はあたしを好きではなかったかもしれない。

その頃から、あたしは人前で男性に惹かれているような素振りを見せないようになった。

メイクも徹底して、女性が好きそうなものをみて、それに寄せる努力をした。

服は元々身長が高いせいか、男ものを中心にした。

少しだけ持っていたスカートも、全部捨ててしまった。

制服以外でスカートを履く機会はなかったし、学校に申請をして、次の年からはズボンを履くようになった。

好きな男性グループアイドルや芸能人は、メイクの研究だと偽ったし、ポスターとかはたまに1人の時に眺めるだけで、部屋に飾ったりせず、部屋に遊びに来る女子たちに見つからないようにしまい込んでいた。

あたしは女性にモテて、あたしも女性を好きだというあたしをずっと演じてきた。


目の前の女の子フラワーちゃんも、あたしのことは見限ってしまうかもしれない。

神話が崩れた後、その神話が偽りだったことにショックを受けるのは当然だ。


「私の誤解が、先輩のことを追い詰めてしまいかねないだと……気づけて良かった。

……今ならそう思います。

もし、あの人に襲われて、助けを求めている先輩のことを、それでも完璧だと思い続けてしまっていたら、私は取り返しもつかない失敗をしてしまっていたかもしれませんから」


花束ふらわーちゃんの目から涙が溢れた。

抱き寄せた花束ふらわーちゃんから伝わる温かさ、そして、瞳から流れる涙とは裏腹に、あたしへ向けたのはとても穏やかな微笑みだった。


「……」


「……先輩?」


言葉に詰まる。

なんて言えばいいのかわからない。


だけど、温かい。


「すみません、私……。

失礼なことを、言ってしまいましたよね……?」


花束ふらわーちゃんの眉が下がり、不安そうにあたしの顔を下から覗き込む。

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