第10羽

 カラスの案内で到着した家のチャイムを鳴らす。

 まだあたりは暗いので寝ているに違いないのだが、熟れる前の桃をどうしたものか見当もつかないし、手遅れになって全部ダメにしてしまうのが心配だったので、根気強く鳴らしてみた。

 ようやく人の気配を扉の向こうに感じられた。起こしちゃったんだろうなあ。

「今何時だと思ってんだ!」

 怒鳴り声とともに現れたのは初老の男性だった。

 顔を真っ赤にしていたが、私の身なりをみると顔がさあっと青白くなり、目玉が飛び出そうになっていた。

「夜明け前に申し訳ございません。あなたの農園に泥棒が入っていたのをお伝えしたくて参りました」

 深々と頭を下げながら事情を説明すると、男性は水を飲んでくるといって家の中に戻っていってしまった。

「なんかめっちゃ驚いてたな」

 カラスはケタケタ笑っている。

 私はというと、そういえば白装束だったと思い出し、みぞおちあたりがぎゅうっとなる不快感に身をよじった。

「ああ、すまんね。で、泥棒って?」

 今までのことをそのまま話しても信じてもらえないだろう。

 とりあえず一人ずつ一生懸命捕まえて桃もたくさん確保したけれど、このままだとどうしたらいいのかわからないという部分を話すことにした。

 男性は半信半疑で聞いていたが、私の身なりをみて信じることにしてくれたようだった。

「見に行くだけ見に行ってみるよ」

 黒くて平べったい板と車の鍵を持って男性は車庫へ向かった。

「良ければ一緒に乗ってくかい?」

 好意に甘えて頷き、カラスとともに助手席に乗り込む。

 ゆっくり走り出した車は、歩いているだけじゃ感じ取れない畑や山の香りを私のもとに届けてくれた。なんて心地よい風と香りなのだろう。


 歩きだとあんなにかかった時間と距離が、車だとあっという間だった。

 農園が見えてくると、男性は険しい目付きで前を見据えていた。見ている私も少し緊張してくる。

 泥棒は一箇所にまとめられていた。

 桃の籠はすべてトラックからおろされて泥棒の横に固めて置いてある。

「これは全部あんたが捕まえたのかい?」

 男性は何度も口をあんぐりと開けながら、尋ねてきた。

 本当はみんなで捕まえたのだが……。

 話してしまいそうになっていると、物陰からみんなが顔を出して首を横に振っているのが見えた。

 抵抗を覚えながら、首を浅く縦に振ったあと、捕まっている人の中で一人だけ亀甲縛りをされているのが見えて顔が真っ赤になった。

 男性は亀甲縛りになっている泥棒と私を交互に見ている。

 兎が頭に浮かび上がる。

 物陰から顔を覗かせている中に兎がいたので、思わず目を見開きながら見つめると、頭の後ろを前足でかいて照れ臭そうにし始めた。

 やっぱりお前かいー! 兎ー! この野郎ー!

 叫びたくなる衝動を、口を真一文字に結びながら堪える。耐えろおお!

「……これもあんたが?」

 男性よ、そこはスルーしておくれよお……。心が折れそうだ。

「……ちょっとした遊びごーころ♪」

 あまりの恥ずかしさにテンションがおかしくなっていると、一緒にいたカラスも、物陰から見てくれていたみんなも笑い転げてしまった。兎は特にひどく笑っている。あとで覚えてろよ!

「……そ、そうなんですね」

 敬語ー!

 さっきまでの男性の口調はどこへやら。

 ショックだ……。また引きこもろうかな。

 心がバキバキになりそうになっていると、男性は先ほど車の鍵と一緒に持ち出していた黒くて平べったい板を取り出した。

 男性が触れると板が光を放ち始め、プルルルという音を辺りに響かせた。

「うちの農園に泥棒が入りまして……ええ、お願いします」

 板を耳に当てて独り言をいい始めたかと思えば、話し終えた瞬間板から光が消えた。

 話の内容的に電話をしてたっぽかったが、今のご時世板で話せるのか……!?

 その板すっごいな。

 感心していると、男性がこちらに向き直った。

「たくさんの桃を守ってくれて本当にありがとうございます。山からおりてくださった神様かなにかでしょうか? お礼をさせていただきたいのですが、どのようにすれば良いのか……」

 あれ? 亀甲縛りの流れで絶対この流れはないだろうって思ってたんだけど。

 戸惑っていると、男性は深く頭を下げてきた。

「お礼は弾ませてください。ついでに亀甲縛りを是非私にも。もちろんお礼の上乗せはさせていただきます」

 Mだった!

 いやいや、お願いされてもやったの私じゃないからできませんよ!!

 言いたいが言えない! もどかしい!

 どうしたものか悩んでいると、泥棒の一人がこっそり逃げようとしているのに気が付いた。

 脱走しようとしているのは非常にありがたくないことのはずだが、渡りに船だった。

 泥棒に感謝しながら追いかけると、トラックに乗り込み発進させようと一生懸命になっている。

 鍵がもしや盗られたのかと思い、懐に手をいれるとたしかにここにある。

 しかし、トラックからはエンジン音が聞こえている。スペアキーかな?

 慌てて駆け寄ろうとしていると、兎が掘っていた穴を思い出し、駆け寄るのをやめて距離をとった。

 案の定、勢いよく発進したトラックは兎の傑作にはまり、車体の後ろ側が穴の中へと落っこちていき、縦向きになって動けなくなった。

 何を隠そう、あの兎、トラックの真下に大穴をこさえていたのだ。よくあの短時間で掘ったものだと拍手をしたい。

「これも貴方様が!?」

 男性の言葉遣いがだんだん怪しくなってきたので逃げ出したい衝動に駆られる。

 これも亀甲縛りも兎さんのだよ!!

 この男性に兎を紹介したいが、本人はどう思っているのだろうか。

 物陰に目をやると、兎は大笑い大喜びしつつ、視線に気づくと前足と耳で×を作ってみせた。

 兎さん器用すぎ! 耳で×するのすごいな!

 感心しつつも、この男性に何を言ったものか一生懸命考えていく。

「こらしめてやろうと夢中で……」

 適当にあしらうためにそれっぽいことを言ったが尻すぼみになっていく。

「神様……!」

 ああ、だめだ! 危ないやつだ! 逃げるぞ!

 拝まれた時点で一生懸命走って逃げた。

 逃げていると、後ろから動物たちが守るかのように後ろを固めて追いかけてきてくれた。


「怖かったー。人間怖い」

 みぞおちのあたりをさすりながらみんなと話していると、鳩が頭の上に乗り、卵を温めているかのような格好をした。

「普通は頭を冷やすもんらしいが、お前の場合はあっためてもっと馬鹿にしてやりたい気分だぜ」

「やめろお」

 嫌がると、鳩は頭からおりて肩で同じような格好をした。温かくて気持ちがいい。

「とりあえず労いということで肩をあっためてやろう」

 ポカポカしながらまったりしていると、兎が私の前に躍り出た。

「あっ! 兎さんひどいよー。穴は見事だったけど何あの縛り方」

 鳩と違って殴ろうという気がおきないのは不思議な感覚だった。

 兎は前足で頭の後ろをかいている。

「てへ。良かったろ? 亀甲縛りっていうらしいぞ。真・兎と亀! なーんつってな!」

「誰が上手いこと言えって?」

 笑いの渦に包まれながら幸せを噛み締めた。

 鳩に導かれるまま山を目指して良かったなあ。

 道中散々な目に遭ったのは自分の備えがなかったからだったけれど、なんだかんだ楽しかった。

 回想しながら肩にいる鳩を見ると、目をパチクリさせながら鳩もこちらを見てくれた。

「出てきて良かったか? まめだんごとるには時期が違うが、他にもぜんまいとかワラビ、ふきのとう、いろんなもんがあるからな。ああ、どれも時期がずれてんな。まあいっぱいあるからな」

 適当だなあ。

「そうだね。食べ物だけじゃなくって、いろいろな良いものがこの山にはあるね」

 泥棒退治の思い出、楽しい仲間たち、まだ見ぬ山の幸、本当にいろいろなものだ。


 朝日が昇り、桃農園の男性が山の麓にたくさんの人を引き連れて祠のようなものを建てているのが見えた。

 気づかれないようこっそりと様子を伺っていると、男性が山に向かって大声で呼びかけてきた。男性に続いて他の人間たちも復唱している。

「農園を守っていただきありがとうございました!! これは私どもからのほんのお礼です! どうかいただいてください! 山神様!」

 みぞおちのあたりがぎゅうっとなる。正直なところやめてほしいが、お礼とは?

 人間どもが立ち去り、影も形も気配もなくなったが、見に行くのは夜のほうがいいだろうな。


 そして夜、祠を見てみるとお茶菓子やペットボトルに入った飲み物、動物たちが一緒に走っている様子が見られていたのか、鳩や兎の餌等々がどっさりと置かれていた。

「……悪くないもんだな。みんなでわけてたべちゃお」

 幸せいっぱい噛み締めながら、両手いっぱいに供え物を抱えて歩いて戻ろうとしていたときだ。

「助けて…助けて…」

 鳩との出会いを思わせる呼び声が聞こえてきた。こちらからだろうか?

 声の方に向かって歩くと、あのときとは別の真っ白な蛇が酷く弱った様子で倒れていた。

「大丈夫ですか?」

 近寄ると最初は怯えた様子で構えられたが、ゆっくりと警戒を解いてもらえた。

「綺麗な人」

 言われたことない言葉に戸惑いながらしっかりと受け止めた。

「ありがとうございます。あなたもとってもお綺麗ですね」

 いつしか助言をくれた蛇を思い出す。あの蛇よりもずっと小さくて儚げだ。

「……そんなこと言われたのは初めてです。真っ白いおかげで目立ってしまい、たくさん石を投げられますし、食べられそうになりました。疲れてしまいました」

 弱々しく蛇は語る。

「でも、助かりたいんですよね?」

 助けてと言っていた言葉を聞かれたくなかったのだろうか、蛇はかなり動揺している。

 その様子がなんだか可愛らしくて、畳み掛けるように言葉を続けた。

「良ければ私たちと一緒に暮らしましょう。白い鳩に、白い兎が私の家族にいるんです。白いことは生きづらいかもしれませんが、生きていく術がないわけじゃないんですよ。いかがですか?」

 蛇は最初暗い顔をしたが、白い仲間が他にいると聞いて目を輝かせた。

「お邪魔してもいいでしょうか」

「もちろん。あなたは今日から私の家族です」

 真っ白い蛇がうっすら顔を赤らめていると、真っ白で何もない世界に赤くて美しい花が一輪咲いたようなときめきを覚えるのだった。


 蛇と供え物を持ち帰ると大宴会が始まった。

 蛇の大歓迎会だ。

 鳩も兎も他の動物たちも、それぞれ新しいパートナーを見つけ仲睦まじい姿を披露していた。

 いろいろな意味でめでたい。

 蛇の紹介をすませ、みんなに祠の話をするついでに蛇に農園での出来事を話した。

 蛇は目を輝かせながら私たちの武勇伝に思いを馳せてくれたので心がくすぐったくてたまらない。

 祠の件は、みんなで話し合った結果、毎晩農園を見回りにいったら継続してお供えがもらえるかもしれないという結論に至った。なので、毎晩誰が見回るかの当番決めが始まる。


 ワイワイがやがや今後の計画を立てていると、蛇が幸せそうな顔をしながら話しかけてくれた。

「白くても爪弾きにされないし、みんなとても楽しくて良い動物たちですね。あなたに拾ってもらえてよかった」

 なんだかとても照れくさいのだった。

 私が家で閉じ込められ、白いことをひた隠しにされていたことを思い出す。

 鳩があの日ベランダで倒れていなければ、兎と旅の途中で出会っていなければ、いろんな動物と知り合っていなければ、ちょっと怖かったけれど人と少しでも関わっていなければ、今の私はきっと存在しないだろう。

「一緒に強く生きていこうね。生き方はひとつじゃないし全部教えきることなんてできないけれど、知っている限りの道を教えることはできるよ」

 蛇は嬉しそうに頷いて、ゆっくり私の肩にのぼりとぐろを巻いた。私はそれにそっと頬ずりをする。

 一緒に山から見上げた月はとても綺麗で、優しい光を私たちに注いで輝かせてくれているのだった。

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木野恵 @lamb_matton0803

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