第34話 判決の日
2回目の裁判から3週間ほどたった日。
今日は判決の日だ。
もちろん仕事は休ませて貰えた。
あまり夜も眠れずに、私の体はボロボロで今にも崩れてしまいそうだった。
私は裁判や自分のこれからの離婚の話の準備に必要な書類を集めなければならず、午前中はその時間に当てられた。
そして、昼からは食事を取り、仕事に向かう。帰宅をするのは、毎日日付を跨いでからの生活になってしまった。
(明日は判決の日だ。)
ただでさえ考え事で眠れない日々を過ごしていた私はぐっすり眠れる事はなかった。
のそのそと布団から起き上がり、テレビをつける。
テレビ画面では楽しそうに皆が笑っている。
(つまらない………)
テレビを消した。
娘の声も、オッドが遊ぶ姿もなくなった部屋は音もなく、色もない世界になってしまった。
私はカロリーメイトとヨーグルトで食事をとり、いつもの黒いスーツに着替える。
(あ、ベルトの意味もなくなった。)
ウエストにまわしたベルトは、一番奥の穴に金具をはめてもくるくると腰の回りを何周も回ってしまう。
(もうこれ以上なくなるお肉なんぞ残っとらんぞ!)
私のあばら骨は洗濯が出来そうなほどボコボコと見えていた。
3回目にもなると、恐ろしいもので慣れてくる。
身も心も重く、足も重いのだが。
何も見ないで裁判所へ到着した。
入り口で私の弁護士さん達と出会った。
弁護士さん達はバッチがあるので顔パスだ。
私はまた荷物を預けて、扉のないどこでもドアを通り抜ける。
(本当に異世界に入り込んでしまえたら、どれほど楽になれるのだろうか。)
と考えながら、弁護士さん達にお辞儀をした。
同じ部屋で判決の時を迎えた。
判決には興味がないのだろうか。
前回も前々回も来ていた、オヤジ達の姿はなかった。
テレビドラマのように、弁護人も色々と話はしてくれない。
ましてや、『意義あり!』
なんて場面なんぞ出てこない。
ただお決まりの言葉が、小さな部屋で聞こえてくるだけだ。
お馴染みの黒い法服を纏った裁判官が口を開く。
被害者が娘なので、犯罪者の名前や住所などの読み上げは行われない。
「では、判決を言い渡します」
(え、もう?)
というくらい、淡々としたものだ。
「主文、被告人を8か月の刑に処する。この裁判が確定してから、その執行を3年6か月猶予する……」
その後も、判決理由など難しい言葉が並べられていたが、私の耳には届かなくなってしまった。
(8ヶ月。執行猶予。)
私の頭に残ったのはその2つだけだ。
それ以外の言葉は遠くに聞こえているだけだ。
ものの数分で裁判官の話は終わった。
娘の受けた被害は何年にも及び苦しめられていたのにも関わらず。
娘や私は警察署で何時間も事情聴取を受けてふらふらな状態で仕事にだって行った。
毎日毎日眠れない日々を送らなくてはならなくなった理由なのに。
それは、私がかつて夫として選んだ人の裏切り行為。
それは、私が娘の父親として選んだ人の裏切り行為。
同じ過ちを繰り返さぬようにと、何年も何年もかけて信用した人の裏切り行為。
それは、こんなに短い時間で解決されてしまった。
「何か意義はありますか?」
と検察官と弁護人はそれぞれ確認をされていた。
裁判官さんよ、この私の顔を見て下さい!
裁判官さんよ、関係者はこの仕切られた柵のこちら側にもいてるのですよ!
(意義はたくさんある!)
(ここに、私に!)
(意義は山ほどある!!!)
(たった8か月なら実刑にしてよ!)
私の心の声は届く事はなかった。
そして、裁判官は短い訓戒を述べて娘の裁判は終了した。
執行猶予がついた犯罪者の罪には、少しだけ重りを付けられた。
(保護観察付き)
そんなものは、私達からすると何の重りにはならないのだが。
(私は犯罪を犯しました)
と消えない文字を見える所に書いてほしいとさえ感じていた。
私の弁護士さん達は、
「自分が弁護人だったとしたら、この保護観察付きというのはまずい結果になったなと思いますね」
と語っていた。
途中の駅までは、これからの事を少しだけ話をしながら弁護士さん達と一緒に帰った。
「これから宜しくお願いいたします」
と、頭を下げてその日は終わった。
娘にも、ラインで結果を伝えた。
(8ヶ月だった。執行猶予が付いちゃったよ。)
ピコンとラインの通知音が鳴った。
(実刑になれば良かったのに。)
と悲しそうな一言が返ってきた。
(大丈夫!私が娘の分まであいつらを苦しめてやる!)
私は強く心に誓った。
そして、この刑事事件の裁判を元に私の慰謝料を決めて離婚をしよう。
早く終わらせて、少しでも前を向こうと私は考えていた。
(何でも妻の言う通りにして、罪を償いたいと思います)
と犯罪者は裁判官の前で泣きながら誓ったのだから。
私達は何も悪い事をしていないのだ。
娘も、私もオッドも、母親も。
そして、父親だって。
皆が被害者なのだから。
だが、アイツらは違った。
私は娘の裁判以上に苦しい日々を送ることになったのだ。
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