第33話 娘の裁判 2回目

 行きたかった研修をキャンセルした休日。

 仕事もバタバタと忙しい為に休憩時間ものんびり出来ない。

 日々の疲れも少しずつ溜まってきている。

 不快な目覚ましの音が鳴り、開かない目を無理やり開けながら目覚ましを止めた。



(あーーーー、体が重い……)

 でも、起きなきゃ。

 重い体を起こす。

 ふと、娘の部屋が視界に入った。

 触れない、残された荷物。

(……事件現場……)

 3人と1匹で暮らしていた部屋に、今も私だけが残されている。


 あれからどのくらい私は泣いたのだろうか。

 この部屋には私が吐き出したであろう苦しみがそこら中に散らばっている。


 今日も被害者の母親として、娘の裁判を傍聴しに行く。

 犯罪者の妻としての私は、一旦置いておこう。

 でないと、私は壊れてしまいそうだったから。



 朝食を取り、洗濯物を干す。

 1人分なので、あっという間に終わる。

 そして今日も白いシャツとパンツスーツ。

 パンツに通すベルトの穴はまたひとつ奥に通さなくてはならなくなっていた。


 履き慣れないパンプスには、シリコンのテープを着けて痛くないようにしてみた。

 ジリジリと照りつける太陽が、駅へと向かう私の体力と気力を奪っていく。




 前回と同じように地下鉄に乗り、裁判所へ向かった。2度目なので、前回よりもスムーズにたどり着いた。

(こんな事に慣れたくないな)

 心の中にはこんな言葉が溢れてくる。


 そして、前回同様に荷物検査を受けて、扉のない、どこでもドアをくぐる。



 そして、今回も弁護士さんと合流した。

 男性の弁護士さんは、濃いグレーのスーツ。

 女性の弁護士さんは、紺色のブラウスにベージュのパンツを履いていた。

 二人とも左胸にはパッチがきちんとつけられている。正義の味方の印。

「こんにちわ」

「こんにちわ。今日も宜しくお願いいたします」

 と、私は頭を下げた。

 私は弁護士さんと契約書を交わしているのだが、この裁判自体は娘の裁判なので本来なら私は1人で傍聴するはずだ。


 しかし、私の弁護士さんは傍聴席の確保や、この先の私の話し合いになった時の為の情報収集に時間を割いてくださっている。

 この時間に弁護士さんには利益は発生していない。サービスのようなものだ。


 それでも来てくださるお二人には感謝しかなかった。


 5階 518号法廷。


 今回もまた、弁護士さんに着いていくだけだ。

 そして、また開廷時間ぎりぎりに傍聴席へ座った。


 傍聴席には、前回同様に興味本位で傍聴に来たであろうおじさんが足を組んで座っている。

 あとは学生だろうか。女の子が1人で傍聴席の1番後ろの席に座っていた。

(もしも学びに来たのであれば、存分に吸収して帰って欲しい。)

 と、心から願った。


「では、定刻通り始めさせて頂きます」

 私は裁判官の黒い法服を見つめていた。



 2回目の裁判では、犯罪者の職場の社長の意見陳述の文章が代読された。


 社長さんは、犯罪者とわかっていながら今まで通り仕事をさせているようだ。

 そして、犯罪者の味方となり意見陳述書を提出している。

(信じられない………)

 確かに会社から解雇をするのは難しいだろう。保証などの費用がかかる。

 ただ、犯罪者となったのならば話は変わるのではないだろうか。

 もちろん、収入がなければ娘への慰謝料も支払えない。

 だから仕方ないのか………。いや、でも何だか信じられない。

 色々な考えが、私の頭のなかをぐるぐる駆け巡る。



 しかし、聞いていて腹が立った。

 なんで犯罪者を守ろうとするのだろう。

 私は犯罪者を睨み付ける。

 自分の目がこれまでにないくらい冷たい目になっている事がわかる。


 そして、母親が出てきた。

 さすがに今日は黒い上着を羽織っている。


「奥様と娘さんとは、島で一緒に暮らしていましたよね?」

「はい、一緒に暮らしておりました」


「島での暮らしはどうでしたか?何かトラブルなどありませんでしたか?」

「はい、とても仲良く暮らしておりました。娘さんも、お嫁さんも、楽しく生活してくれていたと思います。とてもいいお嫁さんだったと思います」


(ウソつけ!!!確かに、あの頃は楽しかったけれど。    島を離れる時には、娘は傷ついていたんだぞ!)

 犯罪者の母親の後ろ姿を睨み付けていた。


 自分がこんなに冷淡な感情を持っていたのかと、自分でも驚く程に心の底から沸き上がる怒りを抑えるのに必死だった。


 淡々とやり取りは進み、母親の意見陳述が終わった。

「最後に何か言いたい事はありませんか?」

 と裁判官が聞いた。


「本当に娘さんにもお嫁さんにも申し訳ない事をしたと思ってます。心の底から反省をして、償うように母親として見守りたいと思います」


 犯罪者の母親の耳が赤くなっていた。

 だが、私の心には何も伝わらなかった。

 (申し訳ない)とデーターを打ち込まれたロボットが喋っているように思えた。


 犯罪者の母親は意見陳述が出きるのに、被害者の母親である私にはその権利がなかった。

 娘が成人しているからだそうだ。

 犯罪者だって、とっくの昔に成人式を終えた、おっさんなのに?

 裁判とやらは、全くもって納得のいかない事だらけだ。



 そして今度は犯罪者の番だ。


 また耳を塞ぎたくなるような内容が法廷の中の空気を重くしていく。

 娘の気持ちを考えると、私は胸が締め付けられた。


 ドラマとは全く違う。

 裁判官は被害者のに歩み寄るような事もしない。表情ひとつ変えずに、弁護士や犯罪者の声を聞いている。


 マニュアルのように、ただ順番に。

『どうぞ』と合図をするだけだ。

 私の怒りは、犯罪者と家族だけではなく、それを取り囲む全ての人に対しても向けられてしまう。


 裁判とはもっと大事なのではないか?


 ひどい事件などを多く見すぎて、感情が失われてしまったのか?

 もしも、あなたの家族ならどうしますか?

 私は本音を聞いてみたい。



 一連の流れが終わったのだろう。


 黒い法服の襟を少し直して、裁判官が発言をする。

「検察官、論告をどうぞ」


 検察官は立ち上がる。

「論告は以下の通りです」

 と、話を始めた。

 難しい言葉がツラツラと検察官の口から流れてくるが、私にはまともに理解出来なかった。


「よって、懲役8か月を求刑します」

 と検察官の発言は終わった。

「ハチゲツ……?」

 私にはそう聞こえた為、すぐに理解できなかった。


 そしてまた、裁判官が発言をする。

「弁護人、弁論をどうぞ」


 立ち上がった弁護人は、下を向きプリントの文字をぶつぶつと読み上げる。

 気持ちなんて伝わらない。

そもそも、言葉の意味も私には良くわからなかった。


「ーーーーと深く反省をしておりますので、寛大な判決をお願いいたします」

 と、お決まりの台詞で弁護人の弁論は終了した。



 それから判決の日時のすり合わせを行い、裁判は終了した。


 私は弁護士さんとすぐに部屋から出て説明を受ける。

(ハチゲツ)と私に聞こえた言葉が求刑(8か月)

だったのだ。


 それが、検察官の口から発せられた求刑だった。

 たったの8か月。

 娘は何年も苦しんでいたのに。

 私も何年も裏切られていたのに。

 準強制猥褻罪。


(たったの8か月の求刑なんて信じられない。

それなら実刑にして欲しい。)


 ラインで伝えた結果に返ってきた娘からの返事。

私は娘の言葉に同感だった。

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