第9話 不幸な日々
笑顔を忘れた花嫁になった私は、またすぐに苦痛を味わう事になる。
結婚式から数日後、酔っ払った旦那から電話がかかってきた。
「今、タクシーに乗って帰っているけど、タクシー代を払うのにお金がいるから、駅までもってきてくれ!」
と言って切れた。
(お金ないなら、電車で帰ればいいのに。)
そんな言葉が頭を過るのだが、その時の私は口にできなかった。
私は少しふくらんだお腹で迎えに行ったが、どこにもいない……
悪阻は治まってきていたが、あまり食事はとれないままの私はふらふらだった。
指定された駅の周りをうろうろとする。
探しても見当たらなかったので、仕方なく自宅に帰った。携帯電話も持たせて貰えなかったので電話をかけることもできなかった。
車の通りも少なく、暗い夜道をとぼとぼと歩いて家に戻った。
お財布を握りしめて……。
そして、ポケットから家の鍵を取り出して鍵を開けた。
あれっ?! 玄関のカギが開いている。
私はそっと玄関を開けて部屋の中を見た。
目の前には驚く光景があった。
家に旦那がいる。しかも、一緒にタクシーに乗ってきたのか、会社の女の子も上がり込んでいる。
旦那はいつも通り、帰ってすぐにスーツの上着をハンガーにかけて、ネクタイを外し、靴下を脱ぎ、ズボンを脱いでいる。
パンツ一丁ってやつだ。
いつもは私に渡すのだが、目の前で自分でハンガーにかけていた。
(おぃおぃ、ズボンまで脱いで、会社の女の子が部屋にいてるのに?)
言葉を失うというのはこの事か? 本当に私は暫く何も言えなかった。
「お邪魔してまーす!」
会社の女の子はニコニコと笑っている。
そして、ふたりで勝手に冷蔵庫からお茶を出して飲んでいる。
私がヤカンで沸かして冷やして置いたお茶。
2つ並んだグラス。一つは私のグラスだ!
私のグラスはその女の子が使っていた。
さすがに私もブチギレした。
「迎えに来いと言うから、お財布持って迎えにいってるのに!!探して大変だったのに、
なんで二人でお茶をのんでいる??」
「んぁ?!なにぃ!」
不機嫌な返事が返ってきた。
そのやり取りに、さすがに上がり込んでいた女の子も慌てた顔に変わった。
結婚式から一週間も経っていない。
私は怒りで顔が赤くなるのを感じた。
私のお腹は少しふっくらとしてきている。
お腹の中にいるこの命を何だと思っている?
怒りでおかしくなりそうだった。
一緒に帰ってきて勝手に上がりこんでいた女の子は少し慌てた様子に変わる。
「二人でちゃんと仲直りしてください!」
と言い残して逃げるように帰っていった。
タクシー代はどうやって払ったの?
その女の子が払ったの?
何でこんな事になるの?
私はどうしても許せずに家を飛び出した。
もちろん、旦那は追いかけても来ない。
さっきまでうろうろとしていた場所へ行き、(空車)と点灯しているタクシーに手を上げる。
止まってくれたタクシーに乗り込み、行き先を告げた。真夜中の道は空いていて、いつもと景色が違って見える。そのまま実家に帰り、両親に事情を話して実家で眠った。
2日間は実家の西日を浴びながら、グダグダと自分の部屋で過ごしていた。日当たりの良い部屋で寝転がる。絨毯のもさもさとした毛が光って見える。
(お腹の赤ちゃん、どうしよう。もう堕ろす事は出来ないし。)
私の心は揺れていた。
旦那の親には当然のように私の父親からクレームの電話が入れられた。
結婚式から一週間も経たないうちに、女を家に入れている。家に入る女も女だ。
どういう事だ! と父親もかなり怒ったのだろう。
「申し訳なかった……」という事で迎えに来たので、仕方なく私は家に戻った。少しは変わるのだろうか。そんな淡い期待を胸に抱いていた。
やっぱり……間違いだった。
どうして間違いばかり何度も選んでしまうのだろう。
心のどこかではわかっていたはずだが。
私はまた、不幸な日々へと自分から戻ってしまったのだ。
その数日後、酔っ払って帰ってきた旦那は
「お前が俺の顔に泥を塗った!土下座しろ」
といって聞かない。
「自分がした事でしょ!」
私は頑張って言い返してみる。
(これでどうだ?)
まだまだ私は甘かった。そんな当たり前だと思っていた常識は夫には通用しない。真っ黒な絵の具に白を一滴垂らしたとて、色は変わりはしなかった。
「いや、お前がしょーもない事を親に言ったからだ!」
(その、しょーもない事が常識からずれていると認識がないんだな……)
私は思っていたが、言ってもわからないだろうと言葉を飲み込んだ。
それでも、彼は意地でも譲れないようだ。
いつまでもネチネチと文句を言われ続けて疲れてくる。やっていないのにやりましたと自白させられる気持ちが、少しだけわかるような気がしてくる。
(仕方ない。黙らせる為だ!)
と、渋々黙らせるために土下座をする。床に伏せた私の頭に冷たいものを感じた。
飲みかけのお酒だった。
結婚式の為に伸ばしていた長い髪は、かけられた焼酎で濡れていく。
頭皮は冷たく、アルコールの刺激が遅れてやってくる。
最後に氷がコツンと後頭部に落ちてきた。
(冷たい……臭い……)
それはまるでスローモーションのように私の記憶に焼き付けられる。
私は一体何が悪かったのだろうか……
何かひどいことを旦那にしたのだろうか……
何一つ答えはないまま、私はお酒をかけられて塗れたまま、しばらく動けなかった。
髪の毛先からポタリと焼酎が落ちてくる。アルコールの臭いが漂う。
私の後頭部に落とされて、床に転がった氷が少しずつ溶けていく。
本当は何も悪い事なんてしていなかったのだけど。
納得したふりをして過ごすしかなかった。
うなだれたまま、両手を床について動けなかった。
泣きたいのに、涙も出ない。
しばらくすると。
「片付けろ!」
と怒鳴られる。
仕方がないので、のそのそと動き始める。
雑巾で濡れた床を拭いて、キレイにする。
私は心の中で暴れていた。
このか細い腕が折れても構わないから、殴ってやろうか!とも考えた。
とにかく寝てくれ!
お願いだから、眠ってくれ!!!
心の底から願った。
旦那が布団で寝たのを確認して、私は台所の冷たくて固い床の上で仮眠を取った。
体も心も痛くて熟睡できなかった。
『僕を幸せにしてください!』
彼の言葉が再び甦ってくる。
これがあの時の言葉の意味なのか?
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