第3話 命

 若かった私は、『結婚』に憧れていただけかもしれない。

 それとも、かけがえのない娘に出逢う為だけの運命だったのかもしれない。

 はたまた、単なる神様のいたずらだったのかもしれない。



 月経が遅れていて、下腹部が痛い。

 婦人科系の病気が多い血筋なので、不安になった。何か病気かも……

 良くない考えが頭をよぎった。

 人生で初めての婦人科。

(怖いなぁ……)でも、病気の方がもっと怖い。

 気になった私は、勇気を出して家の近くの婦人科を受診する事にした。


 優しい雰囲気が漂う待合室。淡いピンク色で統一され、数人の女性が座っている。

 お腹の膨らんだ妊婦さんは、ゆったりとしたソファーに寄りかかって雑誌のページを捲っている。

 穏やかなクラッシックの音楽が流れていた。


「澤村さーん、澤村瑠璃さーん」

 ピンク色のナース服を着た看護師に呼ばれた。

 問診票を見ながら医師と言葉を交わし、とりあえず検査をする事になった。

 尿検査とエコーの検査。念の為、子宮の入り口の細胞の検査もしときますね、といわれるがままに診察を受けた。


 再び診察室に呼ばれて入る。

 おどおどとしながら、不安な表情で椅子に座った。

 医師の口から、診察の結果が告げられる。

「検査の結果ね。赤ちゃんがいますね!」

「えっ?!赤ちゃんですか?」

 想定外の言葉に呆然とした。

「そうです。下腹部が痛いのは、赤ちゃんが大きくなるための準備で子宮が膨らもうとしているから。その痛みかな」

「んとー」

 病気だとばかり思い込んでいた私は言葉が見当たらない。

 何をどう聞けばいいのかもわからない。


 そんな私を見て、医師は話を進めた。

「ちょうど妊娠4週目くらいかな。次の診察の時にエコーの写真お渡ししますね。今はね、この小さな丸いのん見える?これが赤ちゃんね!」

と、エコーの画面を見せてもらった。

 黒い画面に白い線で表された私のお腹の中の様子。子宮らしき線の中に白くて丸い楕円形をしたものが写っていた。

 それが、赤ちゃんらしい。

 完全に理解できないまま、その後も少し説明を受けて診察室を出た。


 待合室に戻ると、別の妊婦さんが小さな女の子を連れて座っていた。

「ままぁ、絵本呼んでぇー」

「絵本持っておいで!」

 そんなやり取りをぼんやりと眺めていた。


 受付で支払いを済ませて今後の話を聞く。

「ご家族と話をして、役所に行って母子手帳を貰ってきてください。また1か月後に来てくださいね」

と言われて、病院を後にした。


 私はまだ21歳。結婚もしていない。

(どうしよう……)

 迷いながら、電車に揺られて彼の家に向かった。

 そういえば、来る時の電車で何だか気持ち悪い気がしていたなぁとその時思い出した。

(あれって、悪阻?早くない?)

といろいろ考えを巡らせながら、彼の家に到着した。



 彼は10歳年上の営業マンだ。

 付き合い始めてそんなにたっていなかった。

 到着してすぐに、私は彼に質問した。

「ねぇ、病院に行ってきたんだけど」

「うん」

 素っ気ない彼の返事。

「何があっても、嫌いにならない?」

と聞いてみた。

「ならないよ。何?」

「ホントにホントに嫌いにならない?」

「だからならない!何か言われたの?」

という会話を数回繰り返し、やっとの思いで私は口にした。

「赤ちゃんができてた……」

「……?!お前に?」

「うん」

 何て言われるのか怖かった。とにかく、怖かった。

すると、彼の口から出た言葉は。

「早く親に報告しなくちゃな…」

の一言だった。

「結婚するの?」

と私は彼に恐る恐る聞いてみた。


 すると、着古したスウェットの上下を来た彼は私の方に向いて座り直した。

「僕を幸せにしてください!」

と、私は言われた。

 木枯らしが吹き始める頃の事だった。



 とにかく、私のお腹には小さな小さな命が贈られてきた。

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