第40話 いざキャバクラ

 華菜が「狐と狸か…、確かにそうだけどなんか凄く軽く扱われてる感じがしてやだな」と言うと丸顔神が「じゃ化狐と化狸の大戦争と言うのはどうだ?」と言い直した。華菜が笑顔で「それいい、凄みもあるし」と言った。が、求美は「確かに体が狐だから返す言葉がないですけど…」と言い不満そうな顔をした。丸顔神が「君はまだ自分を人間だと言うのか?狐としてのプライドはないのか?」と言うと求美が「前にも言いましたけど、私と華菜は体は狐でも、心は間違いなく人間なんです。人間には妖怪って呼ばれたりもしますけど、見た目じゃないんです。妖力があっても心は人間なんです」と言い返した。華菜が求美の主張を無視し「私は狐の妖精!」と言うと丸顔神が「人間界で言われる妖精と妖怪か、妖の部分は同じでも妖精は小さくて可愛いもの、妖怪は大きくて怖いものというのが一般的なイメージだな。華菜君は妖精ほど小さくはないが可愛いから、確かに妖精と言えそうだ」と言った。求美がぼそっと「私は小さくないし可愛くないし…」と呟くのが聞こえた丸顔神が慌てて「求美君は妖精じゃないよ当然だ。その上をいく存在だからな。クレオパトラ、楊貴妃、小野小町という世界三大美女の上をいく、人間の域を越えた美しい存在だ」と言った。つい本音まじりのご機嫌取りが出たのだが「嘘っぽく聞こえたかな」と思った丸顔神が求美を見ると満面の笑みを浮かべていた。その横で華菜が「ちぇ、何でえ喜んで損した」と呟いた。丸顔神が周りの誰にも聞こえないほど小さな声で「世界三大美女って日本国内でしか通用しないみたいだけど、この際そこはいいよな。世界レベルじゃなくて国内レベルって分かって機嫌悪くなると嫌だから黙ってよ」と呟いた。当然求美にその言葉が聞こえることはなく、気を良くした求美がその後のことを報告し、最後に「ただ今飛蝶を見失っております。以上」と言うと、たとえ相手が求美でも差をつけた丸顔神が面白くない華菜が丸顔神に「丸ちゃん神様なのに飛蝶がどこにいるか分からないんだあ」とわざとおちょくるように言った。丸顔神が「君は神を何だと思ってるんだ?だいたい丸ちゃんなんて気安すぎるぞ、まあ可愛い娘に言われるのは嫌じゃないけど」と言った後、威厳ある表情をつくり「今ここに現れたように、その気になれば飛蝶の現在地など直ぐ突き止められる。だが私は神、皆に平等でなければならない。君達だって飛蝶に今どこにいるか教えられたら困るだろう」と言うと華菜が「口を滑らせるかと思ったんだけど駄目かー」と言った。求美が「確かに教えられると困りますね」と言った後「全て分かるんならわざわざ聞きに来なくてもいいと思うんだけど」と言うと丸顔神が「私もいろいろ忙しい。調べるには集中力がいるし時間もかかる。聞いた方が早いし、ら…」と最後の言葉を濁した。「楽だからはないよねー」と言う華菜の言葉が聞こえないそぶりで「一方聞いて沙汰する訳にはいかない。今から飛蝶の話を聞きに行く、あれ…、あそこのキャバクラが開く時間だなー」という言葉を言い終えた時、丸顔神の姿も消えていた。求美が低い声で「相変わらずだなー」と言うと華菜が冷めた調子で「あれで何千年だか知らないけど神としてやってきたんだよね。ある意味凄いよね」と言った。求美が「憧れないなー」と言うと華菜も「神なのに極めてないね」と言った。アーチがニコニコ笑顔で「私、このままでいいです」と言い、早津馬も「もう一生神を崇めることはない」と言った。華菜が丸顔神がいなくなったので座り直そうとシートを見ると小さな紙片が落ちていた。「なんだろう?」そう呟くと「こういうものはボスに渡す」そう決めている華菜が拾って求美に渡した。すると今までなら自分の役目としてチェックする求美が「人間界の物のチェックは早津馬」といつの間にか決めていて、ただ中継だけして早津馬に渡した。一連の紙片の流れを傍観していただけの早津馬が「あれ!なんで俺に?」と思いながらも紙片を受け取るとそれはキャバクラの女の子の名刺だった。早津馬が「これ、キャバクラの名刺だな」と言うと求美が「キャバクラ?そうか丸顔神、新宿のキャバクラによく行くみたいだから落としていったんだね」と言った。早津馬が「新宿?この名刺のキャバクラの住所は高円寺になってるけど」と言うと華菜が「新しいところを見つけたってことか。そこへ行くついでに私達のところに寄った。やだねー」と言った。この話にかかわるべきではないと思った早津馬が顔を進行方向に向けて自然をつくろっていると、華菜が後部座席から身を乗り出して早津馬の顔の前に自分の顔を出した。そして早津馬をじっと見た後「早津馬が独身だったのは丸顔神と違って異性に対して奥手だからだよね。嫌いじゃないよ」と言って笑った。「確かに奥手だよ」と心で認めながら、子供っぽくて可愛い華菜のアップの笑顔を見た早津馬は改めて「可愛い!俺、絶対ロリコンだ」と思いキスしたい衝動にかられたが、奥手なので「妻なんだからしてもおかしくないよな」と思いながらも行動に移せずにいると求美が「華菜、早津馬は真面目な人なんだからからかっちゃ駄目よ」と言い、華菜が「そだねー」と言って従い、後部座席に戻ってしまった。また欲求不満が残る早津馬だった。求美が「丸顔が忘れていった名刺のキャバクラ、高円寺か…近くだし行ってみようか?丸顔がどんな顔して女の子にちょっかい出してるか見てみたいし。面白そう」と言うと華菜とアーチがすかさず乗ってきた。「キャバクラ、いくらかかるんだろう」行ったことがない早津馬が心配していると、求美が早津馬に「と言う訳で、私達はこの名刺のキャバクラに行ってみることにしたので、早津馬は仕事に戻ってたっぷり稼いできて!」と言ってドアを開けようとした。それを押しとどめるように早津馬が求美に「ちょっと待って、女の子がキャバクラに行っちゃいけないってことはないけど、金、あるの?安くないと思うよ。それに場所も分かんないじゃないの?」と言うと、自分達が持っている飛蝶が落としていったお金を使おうと思っていた求美は「早津馬は知らないんだったあのお金のこと。あれは私と華菜でアーチに返す責任があるお金、早津馬に負担はかけられない」と思い、とぼけて「そうだった。お金持ってなかった」と言うと早津馬が「俺も一度行ってみたかったんだ。四人で行こう」と言った。すると求美、華菜、アーチが頭を寄せ合って協議に入った。求美が「早津馬にこれ以上負担をかけたくなかったから例の飛蝶が落としていったお金で、と思ってたんだけど、早津馬の方から一緒にって言うんだから…、いいか?」と提案すると間髪入れず華菜とアーチが「異議なし」と答えた。求美が早津馬に「総意として異議なし」と言った後「ただし早津馬は仕事があるんだから長居は駄目だよ」と付け加えた。異議なしと言ったものの、早津馬の妻として早津馬の懐具合が気になるのか華菜が「早津馬、お金大丈夫?」と聞くと早津馬が「行ったことないからあくまで推測だけど…、安くはないと思う。まあまあかかると思うけど、初回は安くすると思うから大丈夫だよ。コンビニで預金を多めにおろしていくし」と答えた。その言葉で安心した求美、華菜、アーチが笑顔で声を合わせ「行くぞ!」と叫んだ。早津馬が「決起して行くところじゃないと思うんだけどな…」と呟きながらタクシーを発進させた。途中、コンビニに寄り預金をおろし、キャバクラの近くに駐車場を探してタクシーを駐めた。周りを見渡して人の目がないのを確認した求美が、華菜とアーチの肩に手をおき「男に変身するよ」と言って念じる姿勢を見せた。早津馬が「女の子で行くんじゃないんだ。男に変身するんだ。どんなルックスになるんだろう?」と興味を持つ目の前で三人が男に変わった。性は変えられても顔立ちはあくまで元のレベルなので、アーチは普通の若者だったが求美と華菜は超が付くイケメンになっていた。着ていた服も、ファッションに疎い早津馬が見ても三人共最新の流行と思えるものに変わっていた。「やっぱり求美と華菜は超イケメンだな。男の俺でも惚れそう!」と思っていると、アーチがルームミラーを覗きこみ不満そうな顔をした。それに気づいた求美が「華菜がイケメンなのは持って生まれたもの、前にも言ったように私の妖力で姿を生物の種類や性別に合わせて変えることは出来るけど、例えば顔だけ華菜にするってことは出来ないんだ。私にも良く分かんないけど自動的に決まるから…」と言った。それでも言葉が足りないと思った求美が、困った時の早津馬頼みを誕生させ「アーチ、充分イケメンだよね!ねえ早津馬」と言った。話をふられた早津馬はさすが年の功で落ち着いた笑顔で頷いた。当然それだけでアーチが納得する訳などないのだがアーチ自身、前回の変身の時、その現実は分かっていたことなので求美と早津馬が気遣いを見せてくれたのが嬉しくて笑顔になった。早津馬がアーチを気づかい「三人共凄いイケメンだよ!」と言うと求美が「元々男の早津馬には勝てないよ!」と言った。本気そうな求美と違い華菜とアーチは、口にこそ出さないが納得しているようには見えなかった。早津馬も自身の見栄えのレベルの一般値は分かっているので「求美の好きな顔が俺で良かった」と思っていると華菜が「好みだからね、顔なんて」と早津馬の気持ちを射抜くように念を押した。早津馬が気分を悪くする中、求美が「じゃあ行こう」と言った。その時早津馬が求美に「見た目、若く出来るのかなー、30歳くらい!」と聞いた。求美が「出来るよ。実年齢は変えられないけど見た目だけなら」と答えた。早津馬が「本当!嬉しいな。そりゃあ実年齢まで変えられればもっといいけどそんなの無理なの分かってる。だから見た目だけでいい、若くして、頼む」と言うと求美が厳しい表情で「女の子達にモテたいの?」と聞いた。半分本音だったのを当てられた早津馬が慌てて「若者三人とおじさんだとつり合わないから」と瞬時に思いついた言葉を言った。「我ながら巧い理由付けが出来た」と思っていると今度は華菜が「本当にそれだけー?」と早津馬の顔を覗き込んできた。男に姿を変えても魅力的な華菜の顔の再接近に、今は自分の妻であってもまたドキドキする早津馬だった。華菜の魅力的な顔を間近に見たせいか自然と早津馬は「求美と華菜が妻なんだから…それ以上に可愛い娘なんて世界中探したっている訳ないんだから、四人の釣り合いを考えただけだよそれだけ!」と口にした。純情な求美と華菜は少し顔を赤らめてうつむいた。そしてそれ以上何も言うことはなかった。早津馬が「助かった…」と思っているとうつむいていた求美が顔を上げて「早津馬、下を見て!」と言った。早津馬がその言葉に従うと、すぐに求美が「顔を上げていいよ、鏡を見て!」と言った。早津馬が顔を上げると求美が、そして覗き込んできた華菜とアーチが驚きの表情を見せた。求美が「早津馬の若返った顔を、巻き戻す途中を見ずにいきなり見たかったから一旦、下を向いてもらったけど、想像よりずっとイケメン」と言い、華菜が「使用後と使用前てこんなに違うんだ」と言い、アーチは「まあまあイケてますね」と三者三様の感想を言った。早津馬がルームミラーで確認すると確かに若かりし頃の自分の顔だった。「ひょっとして俺、まあまあイケてたのかな」と早津馬がいい気になっていると求美が早津馬の顔の話題からすぐ離れ「いざキャバクラ」と言って早津馬のタクシーから降りた。華菜とアーチも続いて降り、早津馬がタクシーのドアをロックする頃には三人は数十メートル先を勇んで歩いていた。タクシーを駐車場に止める前に、キャバクラの位置を名刺の住所からカーナビで調べて、店の前まで一度行っていたので道に迷う心配がなかったためか、求美、華菜、アーチの三人は早津馬が遅れていることに気付かなかった。急いで求美達に追いつこうと歩き出した瞬間、靴紐が弛んでいるのに気付き、締め直しているうちに更に求美達は遠くに行ってしまった。「まあ大した遅れじゃないし」と思いながら立ち上がる時、自分の服装がタクシードライバーの制服のまま変わってないのに気付いた。「俺をモテさせなくてわざと!」と一瞬思ったが、そこまで己惚れていない早津馬は「求美のことだから忘れただけだろうな。会社の人間に会うこともないだろうし、あんなに可愛い妻が二人もいてこれ以上望むのはあまりにも恐れ知らずだ」と考え直し求美達が向かっているキャバクラに急いだ。キャバクラが見えるところまで行くとアーチが一人ポツンと立っていた。「もしや飛蝶がまた待ち伏せをしていたのか」と危機感を覚えた早津馬が走って行くと、困惑顔のアーチが早津馬に気付き「求美さんと華菜さんが…」と言って泣きそうな顔になった。

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