第27話 恐るべし飛蝶のパワー

 アーチを見送り、求美、華菜、早津馬が各々の持ち場に移動した頃、アーチから連絡が入った。声をひそめて言うには、部屋にはすでに複数の鼠のホステスがいて開店の準備をしているとのこと。そして自分は通路に置いてあった、また騙し取ったと思われる酒ビン入りのケースを鼠のホステスが部屋に運び入れる際に、そのケースの中に隠れて部屋に入れたとのことだった。鼠のホステス達が飛蝶がいないせいか緊張感なくだらだらしていたのに加え、自分と同じ鼠のことなので行動や視線の予測ができたので楽に潜入できたとのことだった。その後、室内の備品などの配置を伝えると「飛蝶がいつ現れるか分からないので」と言ってトランシーバーのプレストークボタンを離した。

ピンポンパンポーン

 「プレストークのことを知らない人もいるかと思うので、キャバクラから私、丸顔神がトランシーバーのプレストークについて説明する。ん…、ちょっと偉そうだったかなすまん、すまん。いやー、今女の子が店長の指図で他の席に移ってしまって…。あっ、そうそうトランシーバーは電源を入れておくとその間、常時受信していて他の人が喋るとそれが聞こえる。自分が喋りたい時はプレストークボタンを押す。押し続けてている間、自分の声が送信され続ける。以上、よろしくっ」

ピンポンパンポーン

 ちょうどその頃、求美と華菜の監視の目をかいくぐり、早津馬が見張っているビルの前に飛蝶が現れた。男を連れていた。早津馬が求美と華菜にその状況を伝え、更に嬉しそうにしていることをトランシーバーで伝えると華菜が「何分持つかなあ」と返してきた。早津馬が「えー!そんなに飽きっぽいの?」と聞くと華菜が「ちょっと盛ったけど、大きくは違わない」と答えた。求美が割り込み「早津馬さんも気をつけてくださいね」と言うと早津馬が「俺は相手にされないから心配ないよ。それに俺の好みは…」と言いかけて話しを止めると求美が「途中で止めないでください。気になるじゃないですか。好みはどういう人なんですか?」と真剣に聞いてきた。早津馬が少し考えてからやっと聞こえる小さな声で「最近出逢った世界一、優しくて可愛い人だよ」と答えると、求美が頭の中で「最近、優しい、可愛い…」を繰り返し「思い上がってると言われそうだけど、私だ!」と思った。が、早津馬の口から直接聞きたくて「どういう人ですか?」を繰り返した。早津馬が照れながら言おうとした時華菜がそれをさえぎり「アーチ、大丈夫かな?」と言った。求美が「忘れてた。アーチごめん」と言うとアーチの声がトランシーバーから聞こえてきた。「飛蝶の声が聞こえます。近くに来たようなので、見つかってしまうのでしばらくしゃべらないでください」と密やかに、しかし早口で言った。直後、男を連れて部屋に入ってきた飛蝶は何かいつもと違うものを感じ、窓際へ直行し、窓を開けると外に顔を出して探査能力をフルにし、何かを探すようにキョロキョロし始めた。見張り場所からその様子を見た早津馬は、妖怪ではない自分が無知な部分で飛蝶が何かを感じとったのではないかと思い、隠れているとはいえ恐怖心で緊張していると、室内で何かあったようで飛蝶は視線を室内に向けた後、窓を閉めて窓際から消えた。早津馬がほっとしたその時トランシーバーから求美が声をひそめ「早津馬さん、今そちらへ向かってますけど、飛蝶の気が強くなったのを感じました。何かありましたか?」と聞いてきた。早津馬が答えようとすると華菜が割り込んで、同じように声をひそめて「私も向かってるよ」と言った。「華菜ちゃんが終わったから、自分の番だ。これで今の緊張感を伝えられる」と思い、早津馬が求美の質問に答えようとすると、今度はアーチがそれをさえぎり、お腹に向かってしゃべるので少し苦しそうなひそひそ声で「今、飛蝶が連れてきた男の人がもう強いお酒を飲まされてます」と言ってきた。早津馬が「今度こそ求美ちゃんに言える」と思った時、求美がアーチの連絡内容から、飛蝶と早津馬の接触はなかったと読み、早津馬に危険が及んでいないことを確信し、話題を飛ばして「飛蝶のタイプじゃなかったのかなあ。いくらなんでも早すぎるもんね、華菜」と言うと華菜が「よくよく見たらってとこなのかなあ」と返した。そんなトランシーバーでのひそひそ話の中、アーチは早津馬の不手際に気がついた。超小型トランシーバーの包帯でのお腹への固定の際の巻き方が良くないのだ。トランシーバーの全体を包帯で覆っていないのだ。なのでアーチが疲れて四つ足の姿勢から体を下げると、トランシーバーを体に固定している包帯が今隠れている食器棚の天板に接触する。その状態であればあまり変わらないが、少しでもずれて固いトランシーバー本体が食器棚の天板に当たると天板が共振し、求美達がしゃべった時、その声が格段に大きくなるのだ。幸い部屋の中に音楽が流れており、会話もしているのでその時は気づかれなかったがその危険性が分かった以上、それ以後アーチは休む体勢をとれなくなっていた。超小型トランシーバーとはいえ鼠のアーチにはそこそこ重く、4本の足をぷるぷるさせながらもアーチはしっかり室内の状況を監視していた。しばらくして求美と華菜が早津馬の見張り場所に戻ってきた。早津馬が飛蝶が窓から顔を出した時の緊張を二人に話そうとすると、アーチからトランシーバーで「飛蝶が連れてきた男の人が完全にダウンしました。飛蝶がポケットを探ってます。そろそろ外へ運び出すと思います」と連絡が入った。求美が早津馬に「今の状況で丸顔神を呼んでもうまくごまかされそうですよね」と言うと早津馬が「確かに、今付き合っている人だからと言われたら何をしていても正当化できるね」と言った。その時またアーチからトランシーバーで「飛蝶が男の人を鼠に変えてポケットに入れて、今出て行きます」と求美達に連絡が入った。求美が「籠に入れるのが面倒くさくなって直接ポケットに入れたか。相変わらずの性格だね。しかし、うまくごまかされそうだからと言って、このまま見過ごす訳にもいかないですよね」と言って華菜と早津馬を促し、男を誘って連れてくるはずの鼠のホステス達がいないか周りを見渡すと、飛蝶が降りてくるビルの非常階段に向かって、隠れている求美達の横を一人の男が足早に通りすぎた。そして飛蝶が非常階段を降りて右に曲がろうとするとその前に立ちはだかり、じっと飛蝶の顔を見つめた後「間違いない、お前だ。その顔に見覚えがある。お前が俺のカードと金を取った犯人だ。今すぐ返せ」と言い放った。言われた飛蝶は否定もせずあっけらかんと「おかしいな、記憶を消したはずなのに。まだまだ若くてピチピチの私の能力が落ちるはずないんだけどな。あんた普通じゃないよ」と言った。そしてその後、端正な美女だった顔を正に不動明王に激変させた。それを見て顔を引きつらせる男に「今頃気づいても遅いんだよ。普通じゃない奴には普通じゃないきついやつをもう一度喰らわせてあげる」と言って両手を男に向け、夜空に向けて勢いよく振り上げると、男は一気に上空に吹っ飛んで行った。その凄まじいパワーを見て、飛蝶との戦いに覚悟を決めていたはずの芯が強い早津馬でもさすがにひるんだ。

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