第12話 飛蝶発見!

 求美が「スタイルいいなー」と思いながら見ていると人間にはないはずのものが見えた。尻尾だ。「見つけた!」求美が確信した瞬間その女が求美の方を見た。紛れもなく飛蝶だった。飛蝶も求美の妖怪としてのエネルギーを感じとったようだ。ここで戦うと人間に危害が及ぶと瞬間的に判断した求美は気づかれないように顔を後ろに向けた。「まずは尾行して居場所を特定するのが先決」と心に言い聞かせながら少し待って顔を戻すと飛蝶の姿は消えていた。飛蝶の周りにいた人達の中には、突然消えるのを見てしまった人もいたようで不思議そうに飛蝶のいた場所を見回していた。自分が連れていかれた所と同じ方向に向かって歩いていたと判断したアーチが「求美さん、狸…じゃなくて飛蝶と言ったほうがいいですね。今、飛蝶が向かっていた方向に行ってみましょう」とうながした。「そうだね」と言って求美が少し歩いて中野通りに出、飛蝶が向かっていた方向、左に向きを変え歩きだした。華菜とアーチが後に続いた。目立たないように人の流れに速度を合わせつつ、僅かな飛蝶の気配でも察知できるよう神経を張り詰めて歩いた。だが飛蝶の気配を感じ取れないまま早稲田通りとの交差点まで来てしまった。「さあ、どっちだろう?」と求美が直進するか、右か左に曲がるのか迷っていると、急に交差点の向こう側から飛蝶の気配を感じた。そしてそれがどんどん濃くなってきた。以前受けた不意打ちに注意しながら前を見ていると、ついに数人の信号待ちの後ろに飛蝶の姿が現れた。飛蝶の目は求美を見すえていた。「ばれてた」求美がそう思っていると飛蝶が求美に向かって手招きした。求美達がきちんと信号を守って渡り、飛蝶のそばまで行くと飛蝶が「あんた何信号守ってるのよ」と激怒した。求美が「信号を守るのは当たり前でしょ」と言い返すと、何かを思い出したように不自然に「ここは目立つから歩きながら話しましょう」と穏やかな口調で言い北に向かって歩きだした。誘われるまま飛蝶の横を少し間隔をあけて歩いていた求美が飛蝶に「さっき私達に手招きしてたけど幽霊みたいだったよ」と言うと飛蝶が「私、美人だからそう見えるんだね」と答えた。イヤミは通じなかった。そして「やっぱりあんた石にされたんじゃなかったんだね。閉じ込められてただけ。そうだろうと思ったからたっぷり毒ガスを撒いといたんだけど生きてたか…」と言った後、前を見ていた視線を求美に向けた飛蝶が「いいわ、いつか本当に石に変えてやるから。今日はこれから予定があるから明日以降になるけど。運が良かったわね」と言って求美を睨んだ。求美が「石って言わないでちゃんと殺生石って言いなさい。それにあんたに閉じ込められてたんじゃない、神にだからね」と言った。が、その言葉をスルーして、飛蝶が周りの何かを確認して立ち止まり「今だに甘いわね、なぜ手招きしたと思う?なぜここを歩いてると思う?」と言った後、一瞬のうちに10メートルほど前に移動した。ピンときた求美が極僅かな遅れで後ろに数メートル跳ぶと、直後に求美のいた所に大きな植木鉢が落ちてきて粉々になった。求美が「仕掛けといたわね。相変わらずショボいことするわね、これが当たったとしても妖怪の私が死ぬわけないのに」と言うと飛蝶が「そんなの承知の上よ。あんたが痛みにもがき苦しむ姿が見たかっただけよ。もう少しだったのに残念!」と言った。そばで見ていたアーチが「もの凄い能力もっているのになんて地味な…」とつぶやいた。植木鉢が割れた音で人が集まってきたのに気がついた飛蝶が、妖力で体を小さくするとともに派手で大きめな蝶に変身し飛び立った。それを見た求美が「狸のくせに蝶になるな!」と言うとさすが妖怪、普通の声の大きさなのに聞こえたようで「美人だけ蝶になれるんだよ、ひがむな!」と叫んであっという間にビルを飛び越えて行った。求美が「アーチ追って!」と言うと同時にアーチの姿を元の鼠に戻しパワーアップさせた。みなぎるパワーに運動能力の著しい向上を感じたアーチがそれに素早く反応し、勢いよくビルを駆け登って消えて行った。それを見送った求美が「蝶に変身して飛び去って行く…、これが飛蝶と呼ばれるゆえん。狸のくせにここだけはスマートだわ。だから余計に腹が立つけど」と思った後「ずいぶん長い間この能力を使ってなかったけど、この瞬間の判断力衰えていないわ、さすが私だわ…」とつぶやいて自画自賛した。それを見ていた華菜が「アーチは疲れてるんだから自分で追えばよかったのに…!?私が追えばよかったのかな?」とつぶやいた。しばらくしてアーチが戻ってきた。求美がアーチにかけた妖力を解き、また人間の姿に変えるとアーチが開口一番「今日は疲れる日だ」とつぶやいた。アーチが心の中で「本当に疲れてるのに気が回らない人だなあ、あっ!妖怪だからか」と思っていると、その妖怪の求美が「どう、行き先分かった?」とアーチに聞いた。「分かりました。この先のビルの空室に入って行きました」とアーチが答えると華菜が「飛蝶に見つからなかった?」と心配顔で聞いた。アーチが「私、人間の時の見た目が今と飛蝶の時でかなり違うし、求美さんの近くにいたけど野次馬の一人に見えたと思うので大丈夫だと思います。追いかけた時は小さな鼠ですし」と答えた。求美がアーチを人間に変えた時言われた顔のことが気になって「飛蝶に人間に変えられた時の顔はどうだった?」と聞くとアーチが「飛蝶は泥酔者相手の接待なので人間ぽければいいぐらいに思ってたんでしょうね、完全に手抜きです。5人…いや5匹ですけど全員人間ぽいだけのありふれたとぼけた顔で、手足も何となく人間に見える程度の出来でした。身長もかなり大きかったですし」と言うのを聞いて求美がほっとした顔になった。「これから踏み込むんですか?」と聞くアーチに求美が「今踏み込んでも私達の冤罪は晴らせない。飛蝶の本性が出た時、その場に丸顔神…いや神を呼び出して直接見せないと」と答えるとアーチが「丸顔神て…?」と聞いた。華菜が「丸と顔で丸顔」とまたふざけた。「そのうち分かるから」と求美が困った顔で華菜を見ながらアーチに言った。求美のその顔を気にすることもなく華菜が「朝だか昼だか食べてからずいぶんたってるし…お腹が空いた」と言った。求美が「そうだね、長い夜になるだろうし何かお腹に入れておこう。飛蝶が悪質なぼったくりを始めるのはまだ先だろうし」と言うとすっかり仲良くなった華菜とアーチが互いに「美味しいもの食べたいね」「私達お金持ちだしね」とうれしそうに言い合った。それを見た求美がすまなさそうに「水を差すようで悪いんだけど、飛蝶とのこと今日終わらせられるとは限らないし、それこそ逃げられて何ヶ月も捜すってことも十分有り得るから節約、おにぎりにしよ」と言うと少し落胆の表情を浮かべながらも華菜とアーチがうなづいた。求美も落胆の表情を隠せないまま「昼前に華菜から買い物のお釣りを受けとった時あらためて思ったんだよね、お金って減るの早いなって…」とつぶやくように言うと華菜とアーチがまたうなづいた。求美は相当、金銭感覚がシビアだった。確かにいいお嫁さんになれそうだ。三人の気持ちが暗くなり始めた時、華菜がずっと先の方に小さく見えるコンビニの明かりを見つけ、元気な声で「あそこで買おう」と言って指差した。落胆していたのが嘘のように華菜とアーチが笑い声をたてながらコンビニに向かって走って行った。コンビニで温かいお茶とおにぎりを買い、店前を避け歩道の端に寄って三人並んでおにぎりを食べ始めた。東京といえど春というにはまだ早すぎる深夜は寒かった。求美を中心に華菜とアーチが肩をくっつけて、おにぎりを食べていると目の前にタクシーが止まった。お客を降ろして中野駅に向かっていた早津馬だった。車から降りて求美達の前に来るなり「これって運命だよね、またすぐ会えたんだから。おにぎり食べてるんだ。俺はナポリタンにしよ。寒いから車の中で待ってて」と言って早津馬がコンビニに行こうとすると「私達もナポリタン食べたーい」と早津馬とすっかり馴染んだ求美と華菜が笑顔で口をそろえて言った。一瞬立ち止まった早津馬が振り返らずに右手を上げて応えた。求美達三人が急いで温かい車内に落ち着いた時アーチが「私もナポリタン食べたい」と言った。求美が「早津馬さんなら大丈夫、アーチの分も買ってきてくれるよ」と言うとアーチがうれしそうにした。華菜が「もう少し早く早津馬さんと会えたらお金使わなくて済んだのにね」と言うと「そうだね」と求美も同調した。アーチが「ところで求美さんと早津馬さんて深い関係なんですか?」と気づかいなしに求美に聞くと横から華菜が「深いのか鴨にしてるのか…」と茶々を入れた。求美が「華菜、止めなさい。アーチが本気にするじゃない」と言ったが、華菜はニヤニヤしていた。続けて求美がアーチに「もちろん深い関係じゃないよ。ただ本当に信頼できるいい人なの」と言うと真面目な顔になった華菜が「断れない人なんだろうね、早津馬さん。優しいから」と言った。久しぶりの華菜の真面目な言葉に「やっぱり華菜もいい娘!」とうれしそうな求美がいた。しばらくして早津馬が、ポケットに入れていたんだろうどこかのスーパーのレジ袋に買ったものを入れて戻ってきた。そしてそのレジ袋をダッシュボードの上に置き運転席に座ると、レジ袋の中からナポリタンを出した。3個しかなかった。アーチが泣きそうな顔になり求美と華菜が困惑の顔になるなか、早津馬がフォークを添えたナポリタン1個を手に持ち、体をひねって後席に座っているアーチの前に差し出した。次にアーチの隣に座っている華菜に、最後に助手席に座っている求美に差し出した。それでナポリタンはなくなった。「早津馬さんの分は?」と聞く求美に「3個しかなかったんだよ」と早津馬が答えると求美が「じゃあ私はいいです。早津馬さんが食べてください」と言ってナポリタンを返そうとした。それを押しとどめて、早津馬はポケットから納豆巻きを取り出し「これも好きだから」と言って笑顔をして見せた。アーチがうれしそうに体を揺らしていた。早津馬が更にポケットからヨーグルトドリンクのパックを出し少し飲んでから納豆巻きを食べ始めると、求美達三人もナポリタンを食べ始めた。早津馬が口をもぐもぐさせながら「これはイヤミじゃないからね、本当に。イヤミにとらないでね」と言った後続けて「アーチちゃん、元々鼠ってさっき聞いたけどそんなに食べられるの?」と聞いた。するとアーチが「食べる前から分かるんですよ。いつもの量じゃ足りないって」と言った。すると求美がその言葉を補足するように「体の大きさに比例した量を食べるようになるんです」と言った。早津馬が「ふーん、そうなんだ」と思っていると、華菜がもの凄い勢いでナポリタンを食べ終えていて「車の中って暖かい、快適。お腹もふくれたし、これで飛蝶の悪事の現場を押さえる準備完了」と言った。その言葉を聞いた早津馬が「と言うことはもう飛蝶を見つけたってこと?」と求美に聞いたが、いつの間にか求美は助手席で後ろ向きになっていて、早津馬の質問に答えることなく女子会を始めてしまっていた。無視されていた。早津馬は思い出していた。「女のグループに男一人ってこんなだったよなあ」と。「これって人間以外でもそうなんだな…」と思った早津馬は聞くのを一旦あきらめて食事に集中し、食べ終えた後ヨーグルトドリンクを飲み干した。そしてその後、タイミングを見計らってもう一度求美に聞いた。「さっき華菜ちゃんが飛蝶の悪事の現場を押さえる準備完了って言ってたってことは飛蝶の居場所を見つけたってこと?」その質問に求美が答えようとすると華菜が勢い込んで「そうなんですよ、まだ犯行現場らしき所をアーチが見つけてきただけなんですけど。今夜も悪事を働きそうなので踏み込むつもりです」と言うと求美が「いーえ、今夜はまず手口を確認してその後尾行、そして住み家を特定、それからよ決着をつけるのは」と言った。アーチが「求美さんて頭脳派なんですね」と言うと華菜が「そうなんだけどノリやすいタイプだからね、ノったら分からないよバトルになるかも、心の準備はしておかないとね」と言った。早津馬が「そんな風には見えないな、美少女だからかな」と言うとそこは聞き逃さず求美が「美少女なんてそんなことないですよー」とはにかみながら言った。求美にぞっこんの早津馬が「いや本当にそう思うよ。こんなに可愛い人今まで見たことない。特に笑顔が最高!」と続けると求美が目を細くしてニコニコ顔になった。その求美の姿を見た華菜が「早津馬さん、その辺までにしといてください。これから飛蝶と対決することになるかもしれないのに完全にホンワカモードじゃないですか」と言うとアーチが、華菜が早津馬に忠告しているのを無視して「確かに可愛いですからね、求美さん」と続けた。華菜が威嚇するようにアーチを見るとアーチが固まった。「さすが尻尾とはいえ妖怪」早津馬も昨日の緊張を思い出し固まった。すると求美が華菜をなだめるように視線を送り「私は大丈夫、そうなればなったできちんと切り替えできるから」と言い「アーチ、ごめんね」と言って固まっているアーチを優しく見つめた。見つめられただけでアーチがみるみる復活し、何事もなかったかのように元気になった。求美のアイコンタクトパワー、もちろんこれは妖術ではない。選ばれし者だけが生まれ持つ恐るべき特殊能力である。ちなみに早津馬は自力で復活した。

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