満月

十一月の夜道は寒かった。しかしそんなことは気にならない程圭介は焦っていた。小走りで指定の場所を目指す。頭の中は蓮への怒りと不安が渦巻いていた。


ほどなくして目的の廃工場へと着いた。工場の周りには雑草が伸びていて、敷地はフェンスで囲われていた。入れそうな場所が無いか探してみたが、入口は施錠されていた。


仕方なくフェンスを乗り越えることにした。本来であれば良くないのだろうが、そうも言っていられない。

二メートル程の高さだったので、その気になればよじ登れそうだった。バッグの中の荷物を確認し圭介が網目に手を掛けると、すぐフェンスの上辺に手が届いた。そこに足を掛け、内側に飛び降りた。なかなかの衝撃だったが、雑草が生えていたのが幸いして大した痛みは無かった。

そのまますぐに建物へと向かった。こちらも施錠されているのではないかと思ったが、周りを見てみると窓ガラスが一枚割れていた。蓮が割ったのだろうか。分からなかったが、そこから入るしかなさそうだった。圭介は警戒しながら工場内へ潜り込んだ。


床に足を付ける。外の街灯に照らされていたので、多少暗くはあったが中の様子は思っていたよりはっきりと見えた。

広い工場内はガラクタの類さえ有れど、機材類は撤去されていたのでがらんとした空間になっていた。所々に梯子のような見た目の柱が立っている。


「や、早かったね」


圭介が室内に飛び降りると、蓮が声を掛けてきた。驚いてそちらを振り向くと、そこに居たのは蓮だけではなかった。

蓮から少し離れた所にパイプ椅子らしき物が三つ、等間隔に間を開けて横に並んでいた。その三つの椅子には全て男性が座らされていて、全員腕を椅子の後ろで固定されていた。三人の口にはガムテープが貼られていた。


「蓮・・・、お前、これどういうことだよ・・・!?この人達は・・・?」

圭介が戦慄わなないた声で蓮を見据えると、蓮はちらりと三人を横目で見て笑った。

「ああ、その人達はその辺で適当に調達してきた人たち。ほらだって、ショーには観客が必要だよね?僕なりに盛り上げようとしてみたわけ」

「ショーって・・・お前、何するつもりだよ・・・この人達はさらってきたのか・・・!?」

「まあ、そうなるね」


蓮が返事をすると、一番左に座っていた中年の男性がくぐもった叫び声を発した。すると蓮が男性の方を向き、スッと腕を上げた。それからすぐにパン、という音が響き、男性の絶叫と共にその脚から血がほとばしった。驚いて蓮の手元を見るとそこには拳銃が握られていた。


「蓮・・・、お前どこでそんな物・・・」

最早怯えでしかない声色で圭介が尋ねると、蓮は銃を持ったまま肩をすくめた。

「そんな事はどうでもいいじゃん。それよりさ、今日は盛大な暴露劇を披露させてもらおうと思ってるんだ」


蓮が銃を持っていることにより、また先程の男性が痛めつけられたことにより、誰しもが声を発しようとはしなかった。圭介もその場から動くことが出来なかった。蓮は三人の座っている前を行ったり来たりしながら話し始めた。心なしか普段の彼より興奮していた。


「圭ちゃんは昔の僕を覚えてる?まだ小さくて、悪いことをする前のちゃんとしてた時。あの時の僕はいつもニコニコしていて、行儀の良い子だった。当時の僕は自然にそう振舞っているつもりだったし、何も疑問は持っていなかった。


・・・でも、ある時何かがおかしいって思った。愛想の良い笑顔をしている時、僕は自分が義務感を感じながらそうしていることに気づいた。大人の前で利口な態度を取る時、そうすると気に入られるからだって頭のどこかで考えていることに気づいた。


そうしたら、自分が何なのか分からなくなっちゃった。本当の僕はどう振舞いたいのか分からなくなって、ずっと疑問を持つようになった。


だから圭ちゃんも見てきたように、今度は逆に真面目の道を踏み外した行動ばっかりしてみた。そうしたら良い子のふりをしているよりかはマシだったけど、心が空っぽなことには変わりなかった。どんなスリルのある悪事を働いたって、周りの奴らみたいに喜べなかった」


圭介は思い出した。小学校や中学校で蓮たちが悪事を働いている際、騒いで興奮している他の連中の中で蓮が冷めた薄ら笑いを浮かべていたことを。あの時の彼は何をやっても満たされない自分の心に、ある種の悲しみや虚無感を抱いていたのかもしれない。


「そこで、君の話になる」

うろうろしていた蓮は立ち止まって圭介へ向き直った。


「小学校五年生で悪い連中とつるみだすと、当然のように今までの友達は離れていった。逆に不良仲間は僕が大きな悪事を働くと称賛した。

でも君だけは、何も変わりがなかった。僕を恐れもしなかったし、悪い人間に憧れてる感じでもなかった。僕が近付けばそれまで通りに接してきた。まるで『何も感じてない』みたいだった。

僕はその無関心がすごく心地よかったし、心地良いと思うと同時に『もしかしたら彼も僕と似たたぐいの人間なんじゃないか?』と思うようになった」


そこで先程とは別の男性が、恐怖に耐えられなくなったのか突然叫び声を上げた。すると蓮は男性にくるりと向き直り、また脚に発砲した。ガムテープでは抑えきれないほどの絶叫が響く。銃を下ろした蓮はその男性に近付くと彼の髪を鷲掴み、顔を上げさせた。

「静かにしててねって言ったよね。次騒いだら命は無いから」


その光景を蒼白な顔で見ていた圭介は、蓮が学生時代他の不良グループと乱闘になっても怪我をしていない理由が分かった。腕っぷしと体の動きに大した差が無い場合、どれだけ冷血に徹することができるかがきっと結果に関わってくるのだ。今の状態の蓮には慈悲の欠片も見つけることが出来なかった。

蓮はまた語り出した。


「そして僕がキャバクラの子を殺した時、最初は勿論面識の無い人間の所に行くことを考えた。

・・・けど、考えているうちに君のことが浮かんだ。もし幼馴染が殺人犯になってやって来たら、君はどういう反応をするのか?それがすごく気になった。君が動揺するのかを確かめてみたかった。

そうしたら君は少し動揺していたけど、比較的冷静に僕を匿った。やっぱり普通じゃないと思ったよ。・・・だから更に僕は実験をした」


蓮が言葉を切ると、工場内はしんとした空気に包まれた。そこに居る誰もが暴走気味の蓮と彼の手にある拳銃に怯えていた。


「その実験っていうのが、この前女性を襲わせようとしたやつだよ。なんとなく予想はついてたけど、さすがに君は普通の反応を見せた。その時ぼくはやっぱりって思うと同時に、圭ちゃんは少し変わっているだけであくまで普通の人間なんだと思った。・・・おかしいのは、やっぱり僕だけだったんだ。

何をしたって生きてるって感じがしないし、普通に生きることもできない。どうしたって道を踏み外しちゃう」


蓮はいつものように笑っていた。しかしその顔は半分泣いているような、どこか諦めた顔にも見えた。そんな彼の顔を街灯の白い光が照らしていた。

「蓮・・・」


蓮の話を聞いていた圭介の頭に孤独、という言葉が浮かんだ。その見た目に引きつけられた女性が寄ってきたり、カリスマ性に魅了された不良仲間に称賛されたりしても、彼は・・・彼の中ではいつも一人だったのだろう。一生誰とも理解わかり合えないという諦めともどかしさを抱えてきっと彼は生きてきたのだ。


圭介が更に声を掛けようとした時、突如工場の扉が開かれた。驚いて振り向くと、複数人の警察官が照明を持ち駆け込んで来た。その照明でこちらを照らし状況を確認しようとしていた。

警官達を見た蓮はあまり動揺した風でもなく、ちらりと圭介を見た。その視線を受けた圭介は少し躊躇った後、

「俺が・・・呼んだ」

と言いバッグの中から携帯電話を取り出し蓮に見せた。そのディスプレイには通話中を示す表示が光っていて、工場内を照らしていた。



蓮には警察官により手錠が掛けられ、外に誘導されようとしていた。拉致されてきた三人の男性の為に救急車を呼ぶ警察官も居た。


工場の外のフェンスに登る前、圭介は110番に発信した状態で電話をバッグに入れておいた。いたずらだと思われてしまう可能性もあったが、おそらく発砲音を聞いて出動してくれたのだろう。脅されて身の危険を感じていた圭介はとうとう蓮に引導を渡す決断をしたのだった。


警察官に背中を押され、抵抗することなく蓮は歩いて行く。圭介は少し迷ったが、彼らが数歩進んだところで意を決したように「蓮」と声を掛けた。


蓮が立ち止まる。両脇を固めていた警察官二人も立ち止まってくれた。


「蓮・・・、罪を償って自由になったら、今度は真っ当に生きてくれ。もしまた何かに悩んで誰かの助けが必要なら・・・俺を頼ってくれてもいいから」


圭介の言葉を聞いた蓮は振り向いて横顔を見せた。その顔は彼がほとんど見せることのない真顔だった。しかしそれはすぐに消えて、いつもの笑いを浮かべた。

「圭ちゃん、君ってほんと・・・いや、何でもないよ」

そして蓮は暗がりの中を歩いて行った。項垂れるでもなく、何かに浸るように悠然と歩くその後ろ姿を圭介は見えなくなるまで見送っていた。




 廃工場での騒動から一週間が経ったが、未だに圭介は様々な感情を引き摺っていた。


蓮にかけられた主な罪はキャバクラ嬢の殺害、拳銃の所持、工場の一件で起こった拉致と傷害事件だった。蓮に撃たれた男性達は命に別状はないとのことだった。


暴行を受けそうになった女性のことはどこにも記されていなかった。そういった女性が殺害されたというニュースも無かったので、無事なのだろうと思われた。

被害届を出さなかったのは蓮が脅したのか、女性が蓮を慕う気持ちがそうさせたのかは分からない。

蓮が女性の事を自供しなかったのは、単に自分の罪を軽減させたかったのか、あるいは圭介にまで容疑がかかることを避けたのかは定かではない。

ついでに言うと、蓮は圭介の家に匿われていたことも話していないようだった。

殺人犯を匿うことは罪に当たると事件後に調べて分かり、圭介もそれなりの覚悟をしていたが、今のところ警官が訪ねて来ることはなかった。



ダイニングに座って物思いに耽っていた圭介がふと顔を上げると、一ヶ月程前に蓮が座っていたソファーが目に入った。


蓮が抱えていた混沌とした気持ちには同情した。圭介を利用した訳ではなく、どうしようもない心情になった結果に同じような人間を求めた気持ちも分かった。

十数年行く宛の無い感情を持て余し道を踏み外してしまったのは今更どうしようもない。せめて、新しい人生を始めるその時には自分と上手く付き合う術を身に着けて欲しい。辛くなったら、あんな事件を起こすくらい膨れ上がってしまう前に、俺にぶつけてくれたっていい。今度は俺も、真摯にお前の内面と向き合うから。


蓮がまだ変わる前の、幼い頃の彼を思い出す。陽気に走り回って無邪気な笑顔を見せていた少年を思い出す。新しい人生は、どうかまたそんな顔で笑えるように過ごして欲しい。それが唯一の幼馴染からの、罪滅ぼしも込めたたった一つの願いだった。

                           

 

  終


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白月と朔 深茜 了 @ryo_naoi

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