第13話 溢れ出す想い

裏側に書かれていた文字

【相棒 またな!】


---辰弥に、最後にそう呼ばれたのは、いつだったか。---


大切な話をする時、真剣な話をする時、

“ 相 棒 ” アイツは必ず、そう言っていた。


幼い頃から一緒だった。


悪戯して大人に叱られた時も、

隣町の学校に乗り込んで喧嘩騒ぎを起こした時も、

バイクのノーヘルツーリングで補導されそうになった時も、

いつも、いつも、何かにつけて一緒だった。



“ 相 棒 ”


最初のうちは、映画かドラマのセリフに影響されたのだろうと思っていた。

思春期にありがちな、ヘンテコな憧れなんだろうと思っていた。


だがいつしか、その言葉には重みが生まれていた。

気付けば自分も“相棒”と言う様になっていた。


しかし2年前の夏の日、言うべき辰弥相棒が居なくなった。

蝉時雨の中、彼の墓前で周囲も気にせず泣きじゃくった。




目を見開いている小次郎に、亜紀が声を掛ける。


「あの人ね、いつも小次郎さんとの事を楽しそうに話していたんですよ。

 正直ちょっと妬ける位。話さなくとも伝わる、二人の関係が羨ましかったです。

 この子がお腹に宿った時から、毎日毎日お話ししてたんですよ。

『パパの相棒は凄ぇんだぞ。自慢の相棒なんだぞ』って」


小次郎の目に涙が滲む。

(辰弥、お前ってやつは・・・)


「私は大丈夫ですよ。あの人が遺してくれたこの子が居ます。皆が支えてくれています。だから小次郎さんも、前を向いて下さい」


ライターを握りしめたまま、歯を食いしばる。


「それにね、あの人がさっき言ってました。『アイツは俺たちが想像も出来ない重圧の中で戦っている。だから周囲が支えてやらないといけねぇ。俺が逝っちまってからのアイツは正直見てるのがツラいんだ』って」


(だめだ、堪えろ。アイツにこんな姿は見せられねぇ・・・・)



徐々に肩を震わせる小次郎に、後ろからそっと手が添えられる。

後ろで静かに話を聞いていた、弥生だった。

その隣では裕美子が目を真っ赤にしてエグエグと嗚咽している。


「小次郎君、経緯は先代から聞いてるわ。もう・・・我慢しなくて良いのよ」


「弥生さん・・・あぁ、あぁぁぁ、辰弥・・・辰弥ぁぁぁぁ!」

弥生の言葉に我慢が限界を迎え、しゃがみ込む。


墓前で泣きじゃくった時よりも遥かに、声を上げて泣いた。

今まで抑え込んで来た想いを全て吐き出す程。

今となっては到底届けられない、辰弥相棒への熱い想いを込めて。



すると、亜紀に手を繋がれていた翔が、小次郎の頭に手を伸ばした。

「こーたん、どか、いたいいたい?」

「こーたん、ぎゅー、する?」


思わぬ所から、優しい言葉が掛けられた。


「グス・・・ああ、かーくん、ぎゅー、してくれるかい?」


「あぃ!」

翔はトコトコと小次郎に歩み寄り、その首に手を回した。


「かーくん、パパのように、優しくて強くなるんだよ。ママを助けるんだよ」

小次郎は翔に抱っこされながら、辰弥の想いを彼に伝える。


「えぅ? う~・・・あぃ!」

翔はニパッと笑い、元気に返事をする。



想いを吐き出し、泣き止んだ小次郎は再び亜紀に向かい合う。


「亜紀さん、アイツの言葉通り、ライターは一旦俺が

 でも、翔くんがそれなりの年齢になって、本人が望んだ時は渡しますね。

 アイツのバイクと共に」


「ええ。この子が免許を取りたいって言った時は応援するつもりです」


「その日まで、キッチリ整備して大切に乗っておきますね」



亜紀と翔が乗った車を、小次郎、弥生、裕美子の3人は手を振り見送る。

手を振る小次郎の顔は、心の重しが取れたように凛としていた。


車が見えなくなる頃、おもむろにポケットから煙草を取り出す。

そして、託されたライターで火を点ける。


「・・・しっかりオイル足してくれてたんだな、アイツ・・・」

そう言いながら、ゆっくりと紫煙を空に向かい、ふぅっ、と吐き出す。

常世とこよの相棒に、届けとばかりに。


(---ったく、儀式の最中に肩を叩くなんて聞いた事無ぇぞ?---)

今思えば、あれこそが自分に課せられた『最終試練』だったのかもしれない。


「まったく、禁を破るなんぞ・・・悪戯にも程があるぞ馬鹿野郎あのバカ

そう呟き、再び空に向かい紫煙を吐き出した。



気付けば、蝉の声が聞こえている。

脇を流れる小川のせせらぎも聞こえている。


いつもと同じ、田舎の夏の風景だ。



--- あの頃と同じ、熱い夏だ ---

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