第11話 御送りの儀、そして---

肩を、叩かれた。


--- 誰 に ? ---



小次郎は状況が飲み込めていなかった。


(なんだ・・・?今・・・のは?)

反射的に、下げていた頭をガバッと上げそうになるのを堪える。


(イカンイカン、惑わされるな。神事に集中しろ!)

混乱しかけた頭を強制的に引き戻し、再び深く深く頭を下げる。



還りし者達が再び常世とこよに戻る際、神職は決して顔を上げてはならない。

迎え入れる際は背を向けているので問題は無いのだが、

正対し、あまつさえ顔を上げるという事は畏れ多く、とても許される事では無い。



改札から外に出た際に白装束から普通の服装に戻ったのは、

常世とこよ現世うつしよの明確な境い目だからこその現象。


導き手たる“黄泉の乙女”はあくまでも常世とこよの存在であって、

境い目を越えては出て来られない。


--- “黄泉の乙女”がいる改札の内側あちら側常世とこよ

神代より、現世うつしよの者が常世とこよの者の顔を見る事は決して許されないのだ ---


、では無い。

だからこその、『御送みおくり』の儀、なのである。




境界線の内側に居る者が、その禁を破った場合どうなるのか。

余りにも有名な話だ。

今更考えるでも無く、幼い頃から散々叩き込まれて来た筈。



全身の毛穴が一気に開き、鼓動が早くなる。


(あっっぶ・・・ねぇ・・・。迂闊だった・・・)




チリン・・・・

チリン・・・・

チリン・・・・シャン・・・


一団はホームの端から線路側へと降りていく。鈴の音を優しく響かせながら。


聞こえる鈴の音がどんどんと遠ざかり、小次郎は静かに頭を上げる。

そして、ゆっくりと改札の中へ入り、祭壇の正面に立った。



鈴の音がホーム上にある限りは、すなわちそこは常世とこよ

何の修練も積んでいない現世うつしよの者が足を踏み入れた場合、

簡単に命を落とす。


そう、『連れていかれる』のだ。


先代である父に帯同した際、小次郎は迂闊にも焦って先に足を踏み入れた事がある。

厳しい修練を積んだお陰か、意識を失いかけた程度で済んだのは幸いであった。




チリン・・・・

チリン・・・・

チリン・・・・シャン・・・


一団の現在地を示す提灯は、ゆっくりと遠ざかる。

逢瀬を果たし、再び常世とこよへ戻り行く為に。

己への想いをその胸に。

想い人への変わらぬ愛をその胸に。


チリン・・・・

チリン・・・・

チリン・・・・シャン・・・



そして、ぼうっとしか提灯が見えなくなる辺りで

『シャン!・・・・・・・・』

一際大きな音が聞こえ、ふっと、灯りが見えなくなった。



鈴の音が消え、暫しの間、辺りは静寂に包まれる。


月は大きく西に傾き、東の空が白んできた。

まもなく夜が明けて、日の出の時間が訪れる。



小次郎はゆっくりと深呼吸し、最後の祝詞奏上を行う。



高天原たかまがはらに 神留座かむづまりましま


皇親すめむつ神漏岐かむろぎ神呂美かむろみみことを もっ


日皇太神ひすめおほがみを 奉請青體おぎまつりあほと


帛幣白體みてくらしらとの 幣帛みてくら


百机ももとりのつくへに ことごとく 備献そなへまつり


種々くさぐさの物を 横山よこやまの如く 積足つみたらして


百度ももとぐらの 置戸おきどもち


祓給はらひたまひ 清給きよめたま


朝日あさひの 豊榮とよさかの 光照てら


天暁みかげ 待奉祭まちたてまつる まいり御太麻みぬさ


倍心みぶこころ成就まどかに 常盤ときは堅盤かきは


守給まもりたまひて 延齢つのるよはひの事を 八百萬やをよろづの


神等諸共かみたちもろともに 所聞食きこしめせと まを





御送みおくりの儀の締め括りとして日待之祓ひまちのはらひを奏上し終え、

ふぅ~っ、と大きく息を吐き出す。


これで、御浄め~御迎え~御送みおくりと、一連の神事は全て終了。


月の導きにて還りし者達は再び常世とこよへの帰路についた。

後は篝火の元へ集いし方々に、無事終了した旨を告げるのみだ。



たとえ何があろうとも、儀式の最中に心が揺れるなど、当主にあるまじき失態。

まだまだ修練が足りないなぁと猛省しつつ戻ろうとしたその時、


改札ゲートの鉄柵の上に、銀色に光る小さな箱があった。



「なんだ、始まる前はこんな物無かっ・・・た・・・・・・」

いぶかしげに近づき、その物が何であるか理解した瞬間、小次郎の足が止まった。



それは、オイルライター。


幼馴染に貸したままになっていた、使い込まれた感のあるオイルライターだった。

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