011 普通のクエスト

 普段から人通りの多い<職人通り>スミス・ストリートに、ひときわ大きな人集ひとだかりができていた。


 その人垣の中でざわめきが広がっていく。

「なになに? 『決闘』デュエル? こんな街中で珍しいな」

「なんだか痴情のもつれらしいわよ。あの見るからに怪しげなレンジャーが雨乞いならぬ美女乞いしていたらしいの。大声で叫んでいるの見たわ」


 濡れたような妖しい光沢を放つ直刀を持つ女サムライ。対峙するのはレンジャー風の男と、修道兵モンクらしき女。二人は背後にいる女神神官ディータ・プリーストをかばうように構えている。


「なんか……ギャラリーが好き勝手なことを言ってるが……」

 レンジャー風の男――ヨハンが剣を肩に載せて話を続ける。

「決闘するのは構わない。だが、せめて名前くらいは晒したらどうだい? いかがわしいこと、この上ないぜ」


 女サムライのプロフィール・ウィンドウはすべて秘匿マスキングされている。

 ヨハンは自分が所持しているSランクのアイテム『暴きの魔眼』でもって、名前とレベルくらいの情報は強引に見破ることができるのだが、そこまでするつもりはなかった。


 代償をもって情報を知るのであれば、それが勝利につながるときでなければ意味がない。

 それがヨハンの信条である。


 それにしても……と、ヨハンは改めて女サムライを注視する。


 街中で奇襲と共に決闘を申し込んできて、その相手として指名したのが初心者丸出し感が溢れている女神神官のバーナデット。それでいて自分の素性は一切明かさない。


 ……暗殺者にでもなったつもりかね。


「バーナデット」とヨハンが後ろを見ずに言う。「念のために確認しておくが、あの美人なおサムライさんとはお知り合いか?」

「いいえ」とバーナデットが即答する。


「アンタは?」とヨハンは自分の剣を女サムライへ向ける。「バーナデットとどんな因縁があって決闘なんて申し込んでるんだ?」


「私に勝てば、すべての質問に答えよう。もし簡単に負けるような相手であれば、私にとっていささかの感興かんきょうも残らん。故に二度と会うことはない」


「だから名乗る必要はなしってか。いいねえ。その成りきってる台詞せりふ回し」とヨハンは楽しそうに続ける。「不意打ち失敗しといて、恥ずかしげもなく、その偉そうな態度をとれる根性は、嫌いじゃないね」


「黙って聞いてれば偉そうにっ!」とミアが構えた拳を固く握り直す。「まずは私を倒してからにしなさい!」


「いえ、受けて立ちますよ」とバーナデットが事も無げに言う。


「えっ!」

「ウソだろっ?」

 ヨハンとミアが驚いて振り向く。


 バーナデットは、すっと二人より前に進み出て女サムライと対峙する。


「ただし、勝負は『初撃命中決着』ファスト・アタック・モードにしてください。いいですか?」


 女サムライはしばし沈思黙考する。

 やがて「結構だ」と言い捨て、『決闘』デュエルのウィンドウを操作する。


『決闘』デュエルには四種類のモードがある。

 その中のひとつ、バーナデットが提案した『初撃命中決着』ファスト・アタック・モードはその名の通り、最初の一撃を当てた方が勝ちというシンプルなルールである。

 その際のダメージ量は関係なく、たとえ一ポイントであっても先に当てた方の勝ちとなる。


 女サムライがモードを選択し、エンター・キーを押す。

 あとはバーナデットが承諾するだけである。


「報酬条件は、敗者は勝者に装備品以外のすべてのアイテムを渡すということで良いな?」

「構いませんよ」とバーナデットが応える。

「ふむ。では、参るぞ」

 ゆっくりと女サムライが居合の構えを見せる。

「我が愛刀『叢雲』むらくもに切れぬものなし」

 姿勢を深く沈み込ませ、精神を集中するように目を閉じる。

 その格好に、初心者の不自然さはない。様になっている。歴戦の猛者であることは間違いがない。


「ん?」とヨハンが小首を傾げる。


 ……ムラクモ……叢雲……って、伝説レジェンド級じゃねえかっ!


 ヨハンは女サムライの持つその刀が、よほどの実力とエンカウント運が必要であり、入手できる機会がごく限られている伝説級のレア・ウェポンだということを思い出す。


「バーナデット! まずいぞっ! あの刀はヤバイ!」

 決闘を止めさせようとバーナデットの方へ駆け寄るヨハン。

 しかし、バーナデットは宙空に表示されているカーソルへまさに触れるところだった。


 決闘デュエルの申請があります。受けて戦いますか?


 YES/NO


 バーナデットの指がボタンへ近づく。

「やめろ! 受けるんじゃないっ!」

 ヨハンが彼女の腕を掴もうと手を伸ばすが、間に合わなかった。


 バーナデットの指がボタンに触れる。


 はたして――


 その指が触れたボタンは『NO』であった。


「……へっ?」とヨハンが呆気に取られる。「いや……いまさっきアナタ、受けて立つって……」


 すぐさま女サムライの周囲を光の渦が取り囲みはじめる。ホームへ飛ばされるときのエフェクトである。


「き、貴様! なんと卑怯なっ……!」


「そもそも不意打ちが卑怯です」とバーナデットは冷静に言った。「性根を正してからまた来てください」


「くうぅぅっ! 我が人生でこの台詞を吐くことがあろうとは……」と女サムライは頬を紅潮させた。「しかし、こう言わざるを得まい! 貴様、覚えてい――」


 光の渦に取り囲まれた女サムライは、光球となって彼方へと飛び去ってしまった。


『決闘』は相手とのレベルの差に関係なく申請することができる。それゆえに、熟練者による初心者への一方的な搾取を防止するため、拒否された場合は申請した側が自分のホームの中央まで強制的に転移させられることになる。これも連続で同じ相手に嫌がらせの申請をさせないための配慮であり、『決闘』らしく両者の合意がなければ成り立たないようになっている。


「ああ……捨て台詞も最後まで言えないなんて、ちょっと悲しいな、あの娘……」


「でも、なんか、そこはかとなく、嬉しそうな顔してなかった?」とミアは訝しむように首を傾けながら言った。


「そうだったか?」

 ヨハンが剣を収めながら、それでも一応周囲をざっと警戒してみる。


 肩透かしをくらったギャラリーは興醒めして三々五々散っていく。その中に怪しい動きをする人物がいないか探ってみるが、どうやら女サムライの仲間はいないようだった。


 そこまで確認して、ようやくヨハンも一息つく。


「一体なんだったの……」とミアが言った。

「わかりません。まったく見覚えのない人でした」

 バーナデットは何事もなかったようにそう言うと、再び歩きはじめた。



■時間経過

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

■かささぎ亭


 ラースは自分の平穏なる生活が音を立てて崩れいく感覚に見舞われていた。

 不穏な青銀の騎士たち。

 カムナ騎士団とのいざこざ。


 そして今度は問答無用で強襲してくる女サムライ。


 なんで彼女は一日一回、誰かに狙われるんだろう? なんか敵を寄せ付ける変なアビリティでも装着してるんじゃないか? と疑いたくなる。


 <かささぎ亭>で合流したラースは思わず肩ひじをついて、その指先で額を揉みほぐした。


 ラースは、結局自分の周囲で起こっていることのほとんどをカムナとタチアナに説明した。

 カムナが「こちらでも出来得る限り調べてみるよ。主に副団長がな」と言ってくれたおかげで、ずいぶんと肩の荷が降りた気はするのだが、それでも一難去ってまた一難。


「やれやれ……。なんだか普通のクエストをやってる暇がないくらい次から次へと問題が起きるな」

 <かささぎ亭>のいつもの席に座った、いつもの面々は揃って腕を組んで激しく頷きあった。


「あの……」とバーナデットが遠慮がちに小さく手を挙げる。


「ん? どうしたの? まさか、まだ俺らの知らないトラブルが……」

「あ、いえ……違います……その……」

 珍しくバーナデットが言い淀んでいる。


 よほどの事があるに違いない、とラースは思った。


「もう何が起きても不思議じゃない。言いたいことは何でも言っていいよ」とラースが助け舟を出す。


「あのですね……」とバーナデットが恥ずかしそうに続ける。「私……行ってみたいです」

「行くってどこに?」

「その……ラースがいま言った、に……です」

 全員が顔を見合わせる。


 そこに食いつくか、この状況で……と、ラースは心の中でツッコミを入れる。


「行くのはかまわないけど、別にいつでもいいんじゃな――っ!」とミアが言いかけて、ハッとなにかに気づく。慌ててラースの耳元に手を添えて囁いた。


「ラース君。バーナデットって、もしかしてパーティ組んでクエストしたことないのかも」

「え? そうなの?」とラースも小声で返す。

「うん。だってさっき、今までずっと一人だった、みたいなこと言ってたから」

 ラースはヨハンを見やる。彼もうんうんと激しく肯いている。


 ……そうなのか。


 そういえばバーナデットの交友関係については何も聞いていない。今までどこで、誰と何をしていたのか……。友達はいるのか、リアルでもネットの中でもいいが、頼りになりそうな知り合いの一人や二人はいるのではないだろうか。なのに誰にも助けを求めず、これまでずっとひとりでいたのだろうか。


 詮索屋は嫌われる。この鉄則はネット社会の常識と礼儀コモンセンスとしてある。


 よほどの聞き上手――たとえばヴィノ――でもない限り、不躾ぶしつけに根掘り葉掘り相手に聞くのははばかれるし、そもそもラース自身がそこまで他人と喋るタイプではない。なので彼女にまつわる事柄というものは、彼女が自発的に話してくれる断片の中から推測する他ないのだが、確かに親しい知人がいるような言動は何もなかった。


 ラースはカムナの言葉を思い出す。

 団長からは、楽しく遊んでくれていればいいと言われている。


「そうだな」とラースは顎に指を添えながら言った。「せっかくだから行ってみようか? パーティ組んでクエストに」

「えっ! いいんですか?」とバーナデットが笑顔になる。


 青銀の騎士に女サムライ。うろんな連中が彼女の周りで動いているのは確かだ。

 だが、そんな怪しい相手とエンカウントしているのが街中なわけだから、どこであろうと安全でいられる場所なんてないだろう。

 むしろ、普段の行動パターンを崩した、思いつきランダムな動き方のほうが相手も探し出すのに苦労するのではないか……という、ラースなりの言い訳もできあがった。


 なによりも……とラースはバーナデットを見る。


 こんなに嬉しそうにしている彼女と遊ばないという選択肢なんてない。


「本当にいいんですか?」


「もちろん。ゲームなんだから楽しまなくちゃ」

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