010 脳天直撃あのサターン!

■同時刻

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

職人通りスミス・ストリート


「エグゼ狩り?」

 バーナデットが驚いたようにミアの言葉をオウム返しする。


 <職人通り>スミス・ストリート。その名の通り、両脇には雑貨から武器屋まで数々の店舗がひしめき合い、常に冒険者プレイヤー達で賑わっている。


 昨日、カムナ団長との話し合いのあと、ログインしたときにバーナデットがいた場合は連絡を取り合って合流しようということで全員の意見が一致した。


 ほぼ同時にログインしたミアとヨハンはフレンド・リストからバーナデットのログインを確認し、合流して行動を共にしていた。


「本当に『執行者』エグゼキューターを狩ろうとしていたんですか?」


「そうよ。サービス開始の初期段階では、あまりにもクリアに関するヒントがなさすぎてね」と、少し得意げにミアは話している。


「今でも決してヒントが多いゲームじゃないけどね。どちらかと言えば意地の悪い部類だよ、このゲームは」

 ヨハンも腕を組んで同意する。


「どこのどなたさんが言い出したのかのは知らないけれど、『執行者』エグゼキューターを倒すとクリアに必須な重要アイテムが出てくるなんていう都市伝説が流れてきたのがはじまりだったよね」


「ああ。いろんなサイトや掲示板に攻略指南的な特集が組まれてたよな……全部ガセだったけど」


「……『執行者』エグゼキューターを倒すのは、普通のプレイヤーには無理なんじゃないですか?」とバーナデットが訊く。


「たぶん異常なプレイヤーでも無理だろうよ」とヨハンが付け加える。


「でもさ、でもさ、倒したー! っていうデマは結構あったよね。フェイク動画まで几帳面に作ってたりさ」と面白そうにミアが言う。


「ご丁寧に四月一日にばら撒かれた動画だってのに、わりと信じ込んじゃった奴らがいたよなあ」とヨハンが呆れながら言う。「それに、腕に自信のあるプレイヤーは軒並み挑戦していたな。初期の頃はクエストの数も少なかったし、暇つぶしにチャレンジする奴らもたくさんいたっけ」


「なんて無謀な……」とバーナデットは無表情で言う。


「ああ、まったくだ。実際、『執行者』エグゼキューターを相手にしたバトルで、できることと言えばタイムアウトを狙ったバグ技くらいだ」


「バグ技?」とバーナデットが聞き返す。


「バーナデットは最近始めたから知らないか」とミアが言った。

「はい。どんな技なんですか?」


「まず『執行者』エグゼキューターを呼び出すってことは、何らかの違反行為をしなきゃならないだろ」とヨハンが続ける。「その違反行為に対してペナルティを与えるために『執行者』エグゼキューターがやってくるわけだが、プレイヤーのアビリティと職業スキルの組み合わせと、そこにS級のアイテムを二、三合成することによって、この無敵の超兵士の極悪な攻撃に耐え切れることが判明した」


「そんなこと……本当ですか?」


「ま、だけどね。で、こちらのダメージは通らないにしても、プレイ可能時間である六時間までバトル状態を維持することが可能になった」

 ヨハンはそこで一息つく。

「運営も、そこまで粘れるとは思っていなかったんだろうな。だから、その状態から起こる異常に気付かなかった。『執行者』エグゼキューターとバトル状態のままログイン時間がタイムアウトすると、なんと呼び出したときの不正行為そのものがリセットされて、何のお咎めもなしに再ログインができるというバグが露見したわけだ」


「はあ……なるほど……?」とバーナデットがよく理解できないというように首を傾げる。


「簡単に言えばね」とミアがヨハンの後を引き継いだ。「メタゲ法で定められている最大六時間っていうプレイ時間を誤魔化して延長できちゃうってことなわけよ」


 二〇五二年。仮想社会的経済圏メタバースへの没入感を増すテクノロジーが日進月歩で開発されていく中で、人々のネット社会への依存度が各国の国内総生産G D Pに影響を及ぼすほど深刻な国際社会問題となっていた。


 日本では一〇年前の二〇四二年に、この問題に関する、あるひとつの法案が可決された。


『電脳遊戯及び電脳化社会に対する依存抑止法』


 通称『メタゲ法』である。

 未成年者が登録・参加できない、完全なビジネス・プラットフォーム以外での、メタバース使用者のを禁じるというものである。


 仮想社会経済圏系メタバースにおけるオープンワールド、あるいはサンドボックス型のゲームに関して適用される条件は、すべてのプレイヤーに対して連続プレイ時間は最大六時間までとし、その後同じく六時間のインターバルを設けなければならない、というものであった。

 もしこの規定を無視した場合、運営会社がペナルティを受け、最悪はゲームタイトルの運用停止になるという厳しいものである。


 当初、この法案は未成年者のみを対象としていたが、社会人プレイヤーとの格差が生じ、時間的労力――レベル上げやレアアイテムの獲得など――を肩代わりする代行者との金銭トラブル等が多発し、さらなる犯罪行為の温床となる懸念から、全国民一律の適用となった。


 インターバルを含めて考えると、一日最大十二時間のログインが可能だが、メタバース世界へ接続するためのヘッドマウントディスプレイ、『フォース・ギア』と『拡張操作用パワーグローブ』には、装着者の健康状態を常にチェックする機能を取り付けるよう法律で義務化されている。もし、身体に変調をきたしていた場合、強制的にログアウトされ、良好な健康状態と認識されない限り、再ログインができないようになっている。


 安全面、健康面の両側面で厳格な基準が国によって定められているため、このログイン時間の延長を可能にするような不正行為については、メタバース系ゲームを運営するあらゆる企業が、最も目を光らせている部分でもあった。


「たとえば五時間五十九分遊んで、最後の一分間で『執行者』エグゼキューターとバトルして生き延びれば、すぐ再ログインできるわけだからね」とミアが付け加える。「でもまあ、さすがに挑戦する人はよほどのお調子者か、腕試ししたいという奇特な人たちくらいだったけどね」


「これにはさすがに運営も肝が冷えただろうな。自立型人工知能アイビスが調整できないバグが一般に広まってしまったあとに、異例のゲーム休止状態が三日間続いた。で、あっという間に修正パッチを当ててバグ技はできなくなってしまったとさ」


 バーナデットは興味深そうに黙って二人の説明を聞き続けていた。


「おかげで現在の『執行者』は、さらに凶悪な怪物になっちまった。『執行者』が出現したら、残りログイン時間に関係なく、プレイ時間が三分に短縮される。その間にレベルドレイン、バッドステータスの詰め合わせという、とてつもない攻撃を浴びて、あらゆる防御ステータスは無効化される。散々な状態でゲームオーバーになり、蘇生の成功率が普段の七十パーセントから、十パーセントまで低下。執行猶予期間である半年間で同じ行為を繰り返した場合は問答無用でアカウント消去。容赦ない本物の死刑執行人になったってわけだ」


「……それで、結局のところ『執行者』が持っているとされていた重要なアイテムとは何だったのですか?」

 バーナデットが純粋な眼差しで二人に訊く。


「ないない、そんなの」とミアが苦笑する。

「誰も倒したことがない相手なんだから、何が出るのかなんて分からないわな」とヨハンが言った。「修正されたあと、正式に運営会社から声明が出されていたよ。『執行者』エグゼキューターへの攻撃はゲームの進行とはまったく関係ない行為であり、今後も関係することは一切ないってね」


「なるほど……勉強になります」とバーナデットが口元に手を添えて、情報を吟味するように言った。


「なんでこんな話になったんだっけ?」とヨハンが言う。


「あんたが道行く美人を見るたびに、恋がしたい! と叫んでいるから迷惑行為で通報されて『執行者』エグゼキューター呼ばれたらどうすんの、って注意したら、こんな話になったのよ」

 ミアが呆れたように目を伏せながら言う。


「そういえば、ヴィノさんは? フレンドリストを見ると、すでにログインしているようですが」


「クエストというの名のナンパに勤しんでいるんじゃないかな。アイツのためにナンパ師という職業を作ってやりたいくらいだよ」


 ヨハンが言うと、バーナデットは困ったように眦を下げた。


「それにしても、ラース君とカムナ団長さんが知り合いだったのには驚いたなあ」とミアが両手を頭の後ろで組みながら言った。「これまで一言もそんなこと言ってくれなかったよねえ」


「あえて言う必要もなかったんだろ。別に俺らと接点のある相手じゃなかったからな」


「まあ、確かに。これまで一度も厄介になったことはないもんね。ギルドとして集まっているわけじゃないからレイドの協力要請をすることもないし」


「ところで、皆さんはどういう経緯で知り合いになったのですか?」とバーナデットが訊く。「今、ミアさんが仰ったように、確かに皆さんはギルドを結成しているわけではないようですし……」


「んー……私が出会ったときには、もうヨハンとラース君は一緒だったよね」とミアが言った。


「まあね」


「で、たしか私のクエストを助けてもらったのが最初だよね」と口元に指先を添えるミア。「ヴィノって、どうやって知り合ったんだっけ?」


「あいつは俺のリア友だ」とヨハンが言った。


「えっ! うっそ? 初耳なんですけど!」

「そうだっけ? 最初に言ったような気がするけどな……」

「言ってない、言ってない! なんかこう、いつの間にかいたって感じがする」

「それがアイツの持ち味だな」とヨハンが笑いながら言う。「場に溶け込む方法に関しては一流だよ。それがナンパに生かされてるのか、ナンパから派生した特殊スキルなのかは知らないけどな」


「じゃあ……もしかしてヨハンもリアルじゃナンパ師なの? ナンパ師友達なわけ? 二人で夜な夜な歓楽の都、新宿歌舞伎町であらん限りの不埒な行いを……」

「妄想たくましいな相変わらず」とヨハンが辟易して言った。「ダチと言っても、今は離れ離れだよ。俺は転勤族で今は広島だ。高校時代の腐れ縁ってやつさ。あいつをこのゲームに誘ったら、結構ハマって今に至るって感じかな」


「ヴィノって」とミアが続ける。「実際のところイケメンなわけ?」

「ま、顔だけならそう言っても差し支えあるまいよ。アバターもけっこう似せて作っているからな。それほどギャップはないと思う」


 二人の会話をバーナデットは目を丸くして聞き入っていた。

「あ、ごめんねバーナデット。こんな身内ネタの話ばっかじゃつまらないよね」

 それに気づいたミアが申し訳無さそうに両手を合わせた。


 しかしバーナデットは首を横に振る。

「お二人の楽しそうな会話は、今後の良好なコミュニケーションを行うロールモデルとして、とても参考になります」


 ミアとヨハンは顔を見合わせる。

「なんだか良くわからないけど」とミアは困ったように続ける。「こんな他愛のない話が何かの役の立つのなら良しとしましょうか」


「ええ」とバーナデットは笑顔で肯く。「私はひとりだったので、お二人のような尽きることのない連続した会話のやりとりはとても興味深いです。相手がいなければできないことですから」


「バーナデット……なんて不憫な娘なの」とミアがバーナデットを抱きしめる。「これまで友達すら作れなかったなんて……。でも大丈夫よ。今日から……いいえ、昨日から、バーナデットは私達の友達だよ」

「あ、ありがとう……ございます」とバーナデットは少々面食らって言った。

「これこれミアさんや……バーナデットが驚いているだろ。もう少し穏便にな……ひとりと言っても言葉のかもしれんじゃろうに……」


「これからはもう敬語も禁止ね」とミアはヨハンの声が聞こえないように話し続ける。「そうすれば、もっと楽しく会話ができると思うんだ」


「そうなんですか? 言い方を変えるだけで関係性に変化が?」

「言い方が変わるんじゃないよ」とミアは笑顔で言う。「関係を変えたいっていう気持ちが言葉に表れるだけ」


「それは……興味深い発想です」

「ほらまた、“です”って」とミアが笑う。

 つられてバーナデットの頬も自然に綻んでいった。

「……わかったわ、ミア。私にとってはけっこう難しいロジックの変更だけど、善処してみる」


「とりあえず力任せに抱きつくという罰ゲームから開放してあげれば?」とヨハンが言った。「ミアの胸キュンホールド圧力でバーナデットの言い回しがおかしくなってるぞ」


「最初は誰でも戸惑うものだからいいの。友達作るのって、ちょっと照れちゃう部分があるじゃない。ね? バーナデット」

 ミアが一層きつく抱きつく。


「そ、そうね、ミア」

 バーナデットの嬉しそうな笑顔。ミアの好意を受けて、心を開いたからこそ出てきた無垢なその笑顔にヨハンも思わず笑みをこぼす。


 ヨハンは自分が自然にこぼした笑みに驚き、ハッとする。そして、とつぜん立ち止まって大声を上げた。


「くそおぉっ! なんでラースにはこんなカワイコちゃんとの出会いがあって俺にはないんだよおぉぉ!」


「ちょっとぉ……ここにもう一人カワイコちゃんがいるのを忘れてませんかぁ?」

 ミアが不満そうに腰に手を当ててヨハンを睨む。


「違うんだなぁ……俺が求めているのはこう、なんていうか、脳天直撃あのサターン! 的な超絶インパクトのある出会いなんだ! そう! 求めているのはときめくメモリアル的な出会いなんだよ! わかるだろ?」


「ちょっと……大声で何言ってんの……恥ずかしいから古典ゲームのネタで話すのやめてくれませんか」

 ミアがドン引きして後ずさる。


「さあ美女よ! 今こそ我が眼前に降臨せしめよ!」

 ヨハンが両手を広げて天を仰ぐ。


 通行人数名が憐れみのこもった目つきで通り過ぎていく。


「まったく……そんなに美女を召喚したいなら召喚士にでも転職したら――」

 ミアが言い終える前に、突然ヨハンとミアの持つ『警戒』アビリティが発動する。けたたましいアラート音と同時に、各々の視界には上方を指し示す赤い矢印が浮かび上がる。


「なっ! 『不意打ち』スキル?」

 ミアは言うが早いか、矢印に従って上を見る。


 上空。


 何者かが建物から飛び降りながら抜刀する姿がシルエットで確認できた。

 ヨハンは咄嗟にバーナデットを抱き寄せて横っ飛びで回避。ミアも同じく反対側へステップして回避を試みる。


 落下してきた刺客は攻撃スキルを発動させていたようで、ヨハン達がいた地面に剣戟による衝撃が走る。

 回避したミアは徒手空拳で戦闘態勢を取る。ヨハンも腰に挿している二本の剣のうち、左側の一本を抜き放ち、バーナデットを背後へ避難させた。


 攻撃を仕掛けてきた相手は、激しい衝撃でもうもうと舞い上がった土埃の中にいた。

 徐々に土煙が落ち着き、その中にいた人影がこちらにむかって構えているのが見えてきた。


 見た目は女性であった。


 意思の強そうな、切れ長の目元。長く艶のある黒髪は無造作に束ねられている。奇襲で襲いかかってきた割には、その構えと立ち居振る舞いには、どことなく品格のようなものが漂っている。

 ほっそりとした体型で、無駄のない均整の取れたプロポーション。

 和装を意識した衣服と防具。両刃の剣ブロードソードではなく、濡れたような艶を放つ刀を持ったその姿は、間違いなくサムライを職業とする者の格好である。


「サムライ……しかも美女サムライ……すげぇ……俺、ホントに召喚できたのか……」

「このっ、ぶぁあかタレ! 襲われてるのに何呑気なこと言ってんの!」

 ミアは自分が取得している『空林寺拳法・白虎の型』のまま、ヨハンと並んでバーナデットを守る位置へと移動する。


「確かに冗談言ってる場合じゃねえか……」と残念そうに改めて剣を構え直すヨハン。「こんな天下の往来で何用ですか? 麗しのおサムライさん。『紛争』コンフリクト中でもないのに『不意打ち』なんて、まず成功する見込みがないことくらい知ってるだろ?」


 街中や特定の非戦闘区域において、プレイヤー同士が戦うには、一定の条件が必要になる。

 昨日、ラースとヴィノがバーナデットを助けたときのように、面と向かって『決闘』デュエル、あるいは『多人数戦』バトルを申し込むのが一般的だが、今回のように『不意打ち』スキルによる宣戦布告も可能となっている。


『不意打ち』が成功した場合、相手にダメージを与えることはもちろん、そこから強制的に『決闘』デュエル『多人数戦』バトルへ突入することができるというアドバンテージがある。しかし、平時における成功率はかなり低く設定されており、レベル差が大きすぎる場合は一方的な搾取を抑制するため九〇パーセント以上の確率で失敗する。また、相手が『警戒』アビリティを装備していた場合にはほとんど成功しない。


『不意打ち』が失敗した場合は、通常の申込み状態となり、断られた場合、申し込んだ側は自分のホームタウンの入り口まで飛ばされてしまう。


 ……おかしい。申込画面にならない。


 剣を構えたまま、ヨハンはミアを見る。彼女もヨハンを見て、どうやら同じことを考えていたらしく、首を横に振ってきた。

 ということは、どちらにも挑戦状がきていないことになる。


 自分でもない、ミアでもない……とすると。


「そこの女神神官ディータ・プリーストとの『決闘』デュエルを所望する」

 サムライ・ガールはそう言って、バーナデットを指さした。


「あ……やっぱり俺とは無関係なのね……」とヨハンは寂しそうに呟いた。

「だよねえ」とミアは妙に納得していた。

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