第51話

ガナッシュ様との謁見を終えると、落ち着ける場所を求めて適当な宿を選んだ。

硬くもなく、柔らかくもないベッドにごろりと寝転がる。

「なんか、色々衝撃的だったな」

ノイシュくんも荷物を置いてベッドに座る。

「そうですね。ガナッシュ様がお歳を召されないのはエルフだからなどと噂もありましたが、妖精だったなんて」

「エルフが治めるのはいいのに妖精だとだめなのか?」

単純に疑問に思って尋ねると、ノイシュくんは複雑そうな顔をした。

「どちらも大昔に人間から迫害されたり狩りにあって人間を憎んでいると言われています。事実、精霊もエルフも人前に滅多に姿を現さないでしょう?ですが、ガナッシュ様はその叡智から人々から敬われフロランタンを築き治めることになったのです。ガナッシュ様が何故人の前に現れてその知識を授けたのか分かりませんが、フロランタンの人々はガナッシュ様を王として認めています。……多分、エルフとして」

「ふぅん」

なんだ。異世界から人を喚んで叡智を受けていたっていっても現地人でもこれほどの国になったんじゃないか。

いや、迫害や狩りって言ってたな。エルフや妖精の力に頼らない人間が異世界から喚んでいるのか?

でも、ノイシュくん達は光の妖精であるセイを敬っていた。

大昔の悪習からなにか変化があったんだろうか?

どうなんだろうか。

この世界に来てしばらく経つけど、知らないことだらけだなと改めて思った。

天井を見上げてぼんやりと考えているとノイシュくんが立ち上がった。

「まあ、とりあえず許可も戴けたことですし大図書館へ行きましょう」

「ああ、そうだな」

考えること、知りたいことはたくさんある。

なら、それを今からでも知ればいい。

必要最低限の荷物だけ持って、再び宿を出た。


大図書館が目的なので近場の宿を選んだが、意識して歩いてみると本当にあっという間だった。

「でっけー鐘」

大図書館の上にある大鐘を見て呟く。

「心配しなくても、大図書館には防音魔法がかけられていて鐘が鳴ったとしても聞こえませんよ。そもそもこの大鐘が鳴ったことは三百年ないという話です」

三百年…勇者が来なかったのと同じ年月だな…。

もう一度大鐘を見上げる。

この鐘はいつか鳴る。

なんとなくそう思った。

「ほら、行きますよ。サハラさん」

「ああ、今行くよ」

ノイシュくんが歩いていくのを追い掛けながらなんとなくの予感が確信になっていった。


「広いねぇ」

大図書館はその名の通りとても大きな図書館だった。

天井まで本棚で埋められていて、人々が思い思いに椅子に座り机で本を読んでいた。

中には寝ている人もいるのはどこの世界も一緒なんだろうか。

「ガナッシュ様は普段人が出入り出来ない所への出入りを許可してくださいましたが…司書に聞いてみますね。サハラさんはここで待っていてください」

「分かった」

中央まで歩いて行くとカウンターがあり、俺は近くのテーブルと腰掛けに居座りながらそういえば図書館なんて受験以来だなと思った。

あの頃程、真面目に勉強をしたことはないだろう。

なんて感慨に耽っているとすぐにノイシュくんが戻ってきて鍵束を見せ付けながら言った。

「行きましょう。世界の謎を解き明かしに」

なんだか壮大な物言いに少し笑ってしまった。

「そうだね。解けるといいねぇ」

「なんですか!サハラさんが言ったんですよ!ちゃんとやる気になってくださいよ!」

「はいはい」

言い合いながら奥まった通路を歩いて行くと厳かな扉があり、ノイシュくんは黒い宝石が付けられた鍵を選ぶと、鍵穴に差し込みそっと扉を開けた。


開けた扉の中に入るとこちらも天井まで本がみっしりと整えられていた。

「たくさんあるけど、どこから攻める?」

「まずはサハラさんのこともありますしこの世界の復習からしていきましょう」

「あっ、はい」

確かにこの世界に対して知らないことだらけだけど一般コーナーから借りてきたという幼児向けの本から渡されるとは思わなかった。

というか少し目を離しただけで手際がいいな。

さすがはノイシュくん。

少しずつ高度な内容の本を読まされて、その間にノイシュくんが目的の本に見当をつけていく。

この世界は三百年前、人間同士でとても大きな戦争があったようだ。

それを力で抑えて君臨したのが魔王リリィ。

今では人々が争わないように抑止力になっている。…ここまでは知っている。

三百年前以上のことになると、争いの影響か、読む本によっては情報も少なく各国で自国の都合のいいように改竄されたのか歴史が少し違って書かれていたりした。

「戦争なんてろくなもんじゃねぇな」

「まったくです」

いつの間にかノイシュくんが数冊の本を持って隣の席に置くと座ってきた。

「こちらが三百年前以降の中でも重要な資料になると思います。なんでも、エルフや妖精は強力な魔力を使えるわりに温厚な性格なせいで争いに利用されたりその美しさから観賞用に奴隷にされたりと様々だったようです。本当に、なんで人間はそんなことをするんでしょうね」

一国の王子でもある立場からか思うところがあるのかノイシュくんの瞳が遠い。

「俺にも読ませて」

「どうぞ」

借りて読んでみると、なかなか凄惨なものだった。

何故ガナッシュ様は人間に手を貸す気になれたんだろう?

リリィはこの過去が許せなくて人間の争いを終わらせたのかな?

知れば知る程、疑問点が湧いてくる。

気が付けば読み耽っていた。

ノイシュくんに肩を揺すられるまで熱中していたらしい。

「もう閉館時間になります。続きは明日読みましょう」

「もうそんな時間?」

「ええ。行きましょう」

ノイシュくんと共に鍵を返却して外へ出ると夕闇に包まれていた。

「なあ、ノイシュくん」

「言いたいことは分かります」

「頭使って疲れた時は甘いものだよな!」

「宿に戻る前になにか買っていきましょうか」

二人で笑って甘味を求めて歩いた。

フロランタンがなんで甘いものが特産品か分かった気がする。


過去の戦争を忘れてはいけない。

俺が三百年喚ばれなかった理由も考えなきゃいけない。

リリィが戦争を終わらせなかったら俺が終わらせなきゃいけなかったかもしれない。

まだ数度しか戦ったことなんてないけれど、この世界で勇者として喚ばれた意味をこの街で知れたらいいな。

なんて考えながらどの菓子がいいか女子供のようにノイシュくんとわいわい騒いで決めだ。

口に含むと甘くてすぐ蕩ける。うん、美味い。

明日の勉強も頑張れそうだ。

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