第50話

フロランタンの街並みを歩いていると、どの店先から甘い匂いが漂ってくる。

「見た目にも綺麗なもんだなぁ」

「名産品ですから。美味しいだけのお菓子なんて埋もれてしまいます」

「そりゃそうか」

喋りながら迷いなく進むノイシュくんの後を着いていく。

「なぁ、俺達どこに向かっているの?」

「ショコラ・ガナッシュ様への謁見に決まっているじゃないですか。フロランタンへの滞在は長くなると思いますし、フロランタンを治めるガナッシュ様にご挨拶をしておかなくては」

「それもそうだな。でも、一国の主人が旅人にそんな簡単に謁見できるもんなのか?」

俺の問いにノイシュくんは頷いた。

「ガナッシュ様は旅人との交流を大切になさっています。城門もいつも開かれている程なんですよ」

「へぇ……。そんなに他人に無防備なのは城内の危機管理もしっかりしているんだろうな」

「ええ。ガナッシュ様ご自身もお強いですし、並大抵の一軍では勝てません」

俺はその言葉に目を瞬かせた。

「そんなに?」

「そんなにです。あ、お城が見えてきましたよ」

眼前にはファンシーなピンクの屋根が目立つ美しい城があった。

「ここがフロランタンの城」

「はい。行きましょう」

そう言うとノイシュくんは門番に軽く挨拶するとさっさと入って行った。

俺も倣って門番に会釈しながらノイシュくんを追い掛ける。

「ノイシュくんは来たことあるんだ?」

「ええ、何度か」

言いながら目的地の謁見の間に着くと、旅人が数名順番待ちしていた。

最後尾に並び、ノイシュくんと談笑する。

ショコラ・ガナッシュ様。どんな人なんだろうな。


ようやく順番になり、護衛兵が謁見の間の扉を開く。

扉の中は煌びやかだった。

中央の豪奢な椅子に一人の女性が座っており、俺達が声の届く範囲まで歩んでいくと、ふわりと微笑んだ。

「フロランタンへようこそ。わたくしがフロランタンを治めるショコラ・ガナッシュと申しますわ。勇者様。そしてイグニクスの第五王子様」

ガナッシュ様が豪奢な椅子から立ち上がり見事なカーテシーを披露する。

ノイシュくんは立派な礼を見事にするので俺も慌てて頭を下げた。

「ガナッシュ様。僕のことはともかく、なんでサハラさんが勇者だってご存知なんですか?」

ノイシュくんは下げた頭を戻すと開口一番尋ねた。

「わたくしにはいくつもの情報網がありますの」

にこりと微笑んで、これ以上の詮索は許さないという感じだった。

まあ、一国を治める者ならそういうのもあるのかもなぁ。

「俺なんかが勇者でガッカリしたでしょう?」

「まあ。勇者様はリリィ様や白い魔女様、黒い魔女様ともご友人だとか。謙遜なさらないでくださいな」

「そんなことまでご存知なんですか!?」

これにはさすがの俺も驚いた。

リリィとはともかく、魔女達とのことも知られているなんて。

にこにこと微笑んでいるが、底知れぬものを感じた。

美しい女性なんだけどなぁ。

「まぁ、わたくしばかり分かっていてもこれからの勇者様のお力になるために、信頼を勝ち得るために内緒話はいけませんわね」

そう言うと、ガナッシュ様はもう少し近寄るように俺達に言った。

そして小声でそっと教えてくれた。

「実はわたくし、大昔に精霊としてこの地と契約してこの地を治める精霊となりましたの」

その言葉に驚いた。

俺が契約している光属性の精霊王セイと違って普通の人間サイズでまったく妖精みたいではないからだ。

「精霊といっても大きさはそれぞれですわ」

俺の心の声が聞こえたかのように答えられる。

俺とノイシュくんは顔を合わせた。

世の中まだまだ分からないことだらけだ。

「…ガナッシュ様は、俺に勇者として何かして欲しいことがあるんですか?」

「ええ。ですが、まだ時期ではありません。今は単なる旅人としてフロランタンをお楽しみください。…ああ、大図書の普段は人が出入りできないところも入れるようにしておきましょう。あなた方が知りたいものはそこにあると思います」

にこにことこちらの考えをすべてお見通しなガナッシュ様が少し怖い。

「ありがとうございます、ガナッシュ様」

ノイシュくんが頭を下げるので、俺も再度慌てて頭を下げた。

そういえば、聞きたいことがあったんだよな。

「失礼ですが、ガナッシュ様も地球から来た異世界人とご縁があるんですか?フロランタンもショコラもガナッシュも俺がいた地球の菓子の名前なんです」

俺の問いにガナッシュ様はにこりと微笑んだ。

「ええ、その通りですわ。妖精には名前がありません。せっかくなので好物の名前から取らせていただきましたの」

にこにこと微笑む姿は本当に底が知れない。

ショコラ・ガナッシュ。

名前の通り、甘い女性ではなさそうだ。

「それでは、僕達はこれにて失礼致します」

「お時間いただきありがとうございました」

「ええ、ごきげんよう」

来た道を戻ると、また一度扉が閉められた。

閉まる直前に見たガナッシュ様は変わらず微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る