第46話

次の町で野盗の報告をしていると警備所の外が騒がしかった。

「何かあるんですか?」

俺が尋ねると警備兵は、頷いて返した。

「なんでも偉い学者様が研究のために住居をお借りになっているそうですよ。何の変哲もない町なので、みんな刺激を求めて学者様の様子を見ているんですよ」

「ふぅん」

「それでは野盗の回収に行って参りますね。この度はご協力ありがとうございました」

「いえいえ。市民の義務ですので」

ここでノイシュくんがいれば自分も世界を守っていることに誇らしそうにしているんだろうけれど、生憎と今は宿屋のベッドで寝込んでいる。


ノイシュくんが熱を出した。


「ただいまー。警備兵達に報告してきたよ。体調どう?」

「すみませ……げほっ、ごほごほ」

「無理して喋んなくていいから。氷枕の氷もだいぶ水になって温くなっちゃったな。取り替えるからちょっと待ってな」

ほぼ温い水になった袋の中身を備え付けの簡易キッチンの流し台に捨てて魔法で出した氷を砕いて袋に入れて痛くないようにタオルで巻いてノイシュくんのおでこに乗せる。

「すみません…ありがとうございます」

「いいって。俺の方が世話になっているしこういう時はお互い様だよ」

流行病だというものにノイシュくんが罹ったのは町に着く少し前だった。

体調が悪そうで気にして見ていたけれど、変なところで遠慮するノイシュくんが隠そうとして悪化した。

なんとか背負いながら町に辿り着き、長期間自分たちのことは自分で出来るように簡易キッチンも備え付けられている宿屋を借りた。

「薬がさぁ、流行病で苦しんでいる人が多くてなかなか手に入らなくてごめんな。それだけ苦しんでいる人がいるってことだよなぁ。病ってどこの世界も困ったもんだな」

「お気になさらないでください。寝てれば治りますよ」

熱で顔を真っ赤にして言われても説得力の欠片もない。

「特効薬が入荷していないか、また薬屋や病院を回ってみるよ。大人しく寝ててくれよ、ノイシュくん」

そう言って部屋を出て、今日も町中を探して回ったが、どこも薬はなかった。

「特効薬の薬草が足りてなくてね」

と言われてはどうしようもない。

勇者といっても怪我に効く回復魔法で治る病じゃないし、無力だなぁ。

とぼとぼ歩いていくと、毎日顔を合わせていた病院の先生から「学者先生のところならあるかもね」と助言を貰ったので、お礼を言って噂の学者の住居へ向かってみた。


「残念だけど、流行病の特効薬になる薬草はうちにはないね…」

学者に申し訳なさそうに頭を下げられてこちらが申し訳なくなる。

「突然押しかけて無理を言ってすみません」

「いやいや、大事な友人が罹っているんだろう?心配になるのは当然だよ。……せめて、材料があれば作ってあげられるんだが」

その言葉に俺は学者の肩を掴み掛かって宣言してしまった。

「俺が採りに行きます!」

こうして俺は学者に頭を下げて足りていない薬草を学者自身が書き記した植物図鑑用の紙を預かり山へと向かった。

学者のところに足りていない薬草は数種類あった。

正直俺には草の区別がつかない。

渡された薬草の絵と手がかりが書かれた紙を見比べて、群生しているという山の中で右往左往していた。

「いや、これ難易度高過ぎるだろ。元の世界なら確か草花を調べるアプリあったよなぁ。この絵がいくら上手くても情報が載っていても草は草にしか見えないよなぁ」

ぶつくさ言いながらそれっぽい草をとりあえず籠に入れて行った。

持って行って違ったらまた採りにこよう。

それくらいの気持ちで日が暮れるまで草をむしった。

籠が満杯になったところで切り上げて学者のところへ向かった。

これで一つも薬草がなかったらどうしよう。

薬草鑑定士の職、凄すぎないか?

俺は学者が無言で選別しているのをドキドキしながら見守っていた。

すると学者は一つの草を手に持つと目を見開き座っていた椅子からいきなり立ち上がった。

「新種の発見だ!こんな野草、見たことがない!」

学者が興奮して隅々まで調べているけどそれどころではない。

「あの、薬草はありましたか?」

「薬草?ああ、薬草ね。一種類足りていないけど、角の薬屋に売っているやつだからそれを持ってきてくれればいいよ」

学者は草から目を離さずに言った。

なんだよ。売ってるのかよ。俺の苦労は一体…。

いや、他の薬草は足りていないんだからやっぱりこれで良かったんだよな。

頑張ったな、俺。

とにかく言われた通り角の薬屋で指示された薬草を買って学者の元へ行くと、学者は俺がいない間に粗方調べ終わったのか満足して買ってきた薬草を手渡すと流行病の特効薬を作ってくれた。

「採ってきてくれた数が多いからね。特効薬を出来うる限り作って薬屋や病院に卸して研究費に充てさせてもらうよ」

にっこりと笑われて担がれたと思わないこともないけれど、ノイシュくんを救うためならなんだってする。

それに多く作られるということはそれだけ病が治る可能性がある人が多いということだ。

俺のしたことは無駄じゃなかった。

そう信じて特効薬を学者から受け取った。

「ああ、そういえば君の名前は?」

「リツ・サハラです」

「じゃあ新種のこの子はサハラ草って名付けようか」

「絶対やめてください!!!」

そんなやりとりをして学者の家を出た。

最後、笑っていたけど冗談だよな?

本当にサハラ草として名付けられて完成された辞典にひっそりと載せられたことは俺は知らなかった。


「ただいま。ノイシュくん、特効薬が手に入ったよ!これ飲んで元気出して」

帰宅するとすぐにノイシュくんに薬を差し出す。

「すみません、ありがとうございます」

「だからお礼はいいって。氷枕も替えような。薬の前に何か胃に入れた方がいいか。お粥なら食べれそう?」

「はい…。何から何までありがとうございます」

お粥を冷めるまで待つ間、今日町に滞在している偉い学者に会ったこと、薬草の種類さえ揃えば特効薬を作れるからと言われて山に登って採ってきたこと、特効薬がそれなりに作れそうだから他の人にも行き届きそうだということを話した。

「わざわざ山に登って採ってきてくださったんですね」

「うん。草の種類わからなくて適当に摘んで行ったら新種の草も採ってたらしい」

「サハラさんらしいですね」

ふふふと笑われたら久々にノイシュくんの笑顔を見たなと少し安心した。

「あ、お粥食べ終わった?じゃあ水入れるから薬を飲みなよ」

「ありがとうございます。これが噂の特効薬ですか」

粉状になったものを飲み込む。

するとノイシュくんはガッとコップを掴むと一気に水を飲み込んだ。

「苦っ!!!」

かつてない顔をして叫んだノイシュくん。

「すみません。お茶か何かこの味を打ち消すものをお願いします」

空になったコップを差し出されて俺はノイシュくんのあまりの迫力にコクコクと首を縦に振るだけでお茶を淹れ直してノイシュくんに渡した。

「そんなに苦いの?」

「この世のものとは思えない味でした」

お茶を飲んで一息ついたノイシュくんは顔色が良くなった気がする。

効果がそんなすぐに出るとは思えないからあくまで気がするだけなんだけど。

「なんとなく体が元通りになった気がします」

「いやいや、いくら特効薬でもそんなすぐに効かないよ。今晩はもう寝て、明日の様子を見ようよ」

ノイシュくんをベッドに寝かせつけて「おやすみ」と言って自分の部屋へと戻った。

しかし、良薬は口に苦しと言うけれど、そんなに苦いならちょっと興味はあるな。

いや、病になりたくないし飲みたくもないけど。


翌朝はノイシュくんに叩き起こされた。

「まだ六時なんだけど……」

「もう六時ですよ!特効薬のおかげか、すっかり良くなって力がみなぎるような気がしています!」

「うん。元気になってよかったよかった。だからおやすみなさい」

俺は抱き締めていた枕をそのままに横になると、俺を起こそうと躍起になるノイシュくんの小言をBGMに二度寝を決め込んだ。


ノイシュくんが元気になってよかったなぁ。

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