第37話

伝説の武具が光った意味がそんな身近で分かるんだろうか?

そんな疑問はすぐに分かった。


「異世界から勇者が侵略しに来たのだわ!」


と、リリィが昼食時にまたノイシュくんとバルロットさんと談笑しながら昼飯を食べている時にすっ飛んできたからだ。

「なんだよ。異世界から勇者が侵略しに来たって」

「事実なのだわ。あいつ、武装して私様達を倒してこの世界を牛耳るつもりなのだわ!」

うーん。勇者が魔王を倒すのは常套句…いや、こっちの世界の勇者は今は俺だ。

「それは困りましたね……。現在の均衡が無闇に壊されるのは困りますし、リリィさんも悪い魔王ではありませんから倒されてしまうのは良心的にも非常に困ります」

「そうですね。その異世界からの勇者がサハラさんみたいな方だといいんですが、武装しているんですよね?話が通じればいいんですが…」

「私様が倒せばいいのだけれど、異世界からの人間相手だと条約に色々と引っ掛かる可能性があるのだわ。だからリツ。異世界からの勇者をリツが話をして食い止めるのだわ!」

いや、異世界からの人間相手だと条約に色々と引っ掛かるって、そういやリリィって最初は俺を友達に出来ないか確認して遊びに来ただけだもんなー。何か戦わない条約とか付けたのかな?

じゃなきゃ魔王が統治して三百年も平和な世が続かないよなー。

だが、さも名案みたいに言われたが考えて欲しい。

俺もそもそも異世界からの勇者である。

「いや、俺も勇者なんだけど……」

と、一応言ってみたらみんなあきらかに忘れてましたみたいな反応をされた。

えっ、この間武具が光ったの相談したじゃん!

なんですぐに忘れるの!?

「サハラさん…だからですかね……」

顔を逸らしながらノイシュくんが言う。

ちくしょー!そんなに勇者っぽくないっていうのかよ!!

「分かったよ!同じ異世界から来た勇者同士で話つけてくるよ!」

半ばヤケクソになって昼飯を勢いよくかき込んで行こうとしたらノイシュくんに止められた。

「サハラさん!まだ午後の業務が残っています!」

……勇者でも世知辛いなぁ。

俺は真面目に業務に取り組みつつ、件の勇者と会ったらどう接するのがいいか考えた。


リリィが常に使い魔を見張りに付けていたおかげで勇者がどこにいるかすぐに分かった。

とっとこ歩きながら指し示された場所へ辿り着くと、多くの女性が群がる中、頭ひとつ分飛び抜けた長身の男性がいた。

多分彼が勇者だろう。

勇者はなんかもうめっちゃ勇者って雰囲気の青年でした。

何の証明もなく「勇者です」と言われたら「そうなんですかー!」と返してしまいそうなくらいイケメン青年であった。

現に街の若い女の子からすっごいチヤホヤされている。

俺が勇者だってバレた時はおばちゃんやおっちゃんの方が多かったのに…!これが格差社会!悲しい!!

女性を掻き分けながら近付くと舌打ちされた。ひどい。

「あの、すみません。勇者の方ですか?」

「あっ、はい。こことは違う世界で勇者をしていましたアルベルトと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。俺も異世界からこっちに来て今はこの世界で勇者やりつつ役所で働いているリツ・サハラと申します」

ぺこりと頭を軽く下げるとアルベルトさんは何やら感激したようで、いきなり抱き締められた。

「やっと話が通じる人が現れたー!良かった!!皆さん何か尋ねてもお茶に誘ってきたり家に連れ込もうとしてきたり……パーティーメンバーとも別れてしまい見知らぬ地で一人で心細くて…」

イケメン自慢かと思ったがこの顔だと仕方がないのかもしれない。

いや、仕方なくないか。ナンパは嫌がる相手にしちゃいけませんってバルロットさんに報告しとこ。

「まあまあ。積もる話でもあるでしょう。異世界から来たと仰っていましたが勇者という職と身なりからすると俺と同じ世界から来た訳じゃなさそうですよね?とりあえず、ここの偉い人に相談して保護してもらいましょうか。大丈夫です。俺もいきなり元の世界からこっちに飛ばされて保護されている身です。安全は保証しますよ」

アルベルトさんを落ち着かせながらとりあえずこの街で一番偉いバルロットさんの元へと誘うと、アルベルトさんもようやく落ち着いたのか小さくこくりと頷いた。

道中、アルベルトさんの元いた世界について尋ねてみたがやっぱり俺が元いた世界じゃない、ここの世界でもないファンタジーな世界のようだった。

そりゃ職業勇者でご立派な武具に身を包んだらいかにもファンタジーだよな。

うんうん頷きながらこちらの世界のことを軽く説明しながらバルロットさんの屋敷を訪ねた。

いつもの門番さんに挨拶をして執事さんに連れられて通い慣れたバルロットさんの執務室の重厚な扉ををノックする。

「すいませーん!バルロットさーん!勇者連れてきましたー!」

「はいはい。開いているのでどうぞ」

「失礼しまーす」

アルベルトさんは最初の頃にはおっかなびっくり着いて来ていたが、執務室に入る頃にはようやく落ち着いたのかキリリとした勇者っぽい顔付きになっていた。

えっ、普通にアルベルトさんとバルロットさんというイケメン達と並ぶの嫌なんだけど。

普段も忘れがちだけど、ノイシュくんもイケメンなんだよな……。なんだ俺のこの顔面偏差値格差社会。泣きたい。俺も来世はイケメンに生まれたい。

俺が事の顛末をバルロットさんに説明し、アルベルトさんも自分が元いた世界について説明してバルロットさんが頷いた。

「お二人ともご説明ありがとうございます。アルベルトさん。とりあえずこちらの魔王を倒そうという意思はないという事でよろしいでしょうか?」

「はい。魔王が統治するということには驚きましたが、それがこちらの世界のルールでしたら従います。…いつ帰れるかも分かりませんし…」

アルベルトさんが寂しそうに言った。

気持ちは分かる。そっと肩に手を置いたら見返された。何かを言いたそうで口を開いたが言葉にならなくて結局口を閉ざしてしまうアルベルトさん。

バルロットさんはそんなアルベルトさんを見詰めて尋ねた。

「とりあえずサハラさんの後輩としてこの街の役所で働いていただく形でよろしいでしょうか?国王陛下には私からご報告しておきます」

後輩!初めての後輩!しかも勇者仲間!!

「よろしくお願いしますね!アルベルトさん!」

「はい!知っている方がいらっしゃる職場なら心強いです!役所の職員は未経験ですが、精一杯頑張るのでよろしくお願い致します!」

アルベルトさんとがっしり握手をして、色々と話を詰めていくと家は俺の部屋の隣になった。

新しい勇者、後輩、お隣さん。

アルベルトさんの肩書きが一気に増えたけど、いい奴そうだし楽しくなりそうだ。


ルンルンでいたがすっかり忘れていた。

リリィがバルロットさんの執務室の窓を開けて飛んで入ってきた。

「リツ!私様という者がありながら異世界の勇者と仲良くするなんてどういうつもりなのだわ!?」

使い魔を見遣るとしっかりこちらを映している。

「あー。全部筒抜けなら説明は省くけど、アルベルトさんにリリィへ危害を加える気はないよ。安心していい。アルベルト。こっちのがこの世界の魔王であるリリィだ」

「あなたが三百年もこの世界を統治されている魔王ですか!魔王と勇者という立場がありますが、敵対する気はありませんしよろしくお願いします」

アルベルトが友好の証として握手をしようと手を出したがリリィはふいっと顔を背けた。

「リリィ?」

「…………リツの親友の座は私様のものだわ!ポッと出の勇者になんてあげないのだわ!」

プンスカ怒っていても言っていることは可愛い。

俺は思わずリリィの頭を撫でていた。

「そうだな。俺の親友はリリィだよな。大丈夫だ。アルベルトさんは勇者仲間で後輩でお隣さんなだけだ。今はまだ知り合ったばかりだしなー」

今後親しくなるかもしれないので予防線は張っておく。

リリィは納得いかなそうな顔でなおも続ける。

「ノイシュとバルロットは?」

「二人とも大切な友人だよ」

むすっとし顔の膨れた頬を指で突いてへこませる。

「大丈夫だって。俺は勇者であってもリリィの敵にはならないし親友だし仲良くしていたい。リリィもそうだろう?」

「……そうなのだわ」

俺はニカッと笑うとそのままリリィの頭を撫で回した。

「よし!なんか甘いものでも食べに行くか!」

「いい考えなのだわ!私様、この間出来たカフェの七段パンケーキが食べたいのだわ!」

「分かった分かった。それじゃあバルロットさん、アルベルトさん。俺達はこれで失礼します!アルベルトさん、あとで部屋に行くので今後のこと話し合いましょう」

「分かりました。お二人ともお気をつけて」

バルロットさんは慣れているのでそのまま俺達を送り出してくれたが、アルベルトさんは俺とリリィとバルロットさんを見比べて置いてけぼりだった。ごめんな、アルベルトさん。

甘いと言われても魔王以前に外見幼子には勝てないのだ。

俺はリリィと連れ立って、噂のカフェとやらの七段パンケーキを目の当たりにしてこんなのを食べる女性ってすごいと感心したのだった。

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