第29話

「精霊ってこの国にはいないの?」

洗濯機紛いの物を精霊を使役し使う国があると前に本で読んだ俺は、この国もそうなってくれたらかなり楽になるのになぁと軽い気持ちでノイシュくんに聞いてみた。

「精霊……いるにはいるんでしょうが、特別な者にしか使役できませんよ?」

「えっ、でも前に読んだ本では一般市民も洗濯機みたく使ってたってかいてあったよ?」

「センタクキ?」

「俺の世界の自動で衣類やシーツなんかを洗ってくれる便利な道具だよ」

「サハラさんの世界はそんなにも文化が進んでいるんですね…!」

ノイシュくんが感嘆の声で洗濯機を褒める。

「いやでも昔に来た俺の世界の人間が冷蔵庫を作ったんだろ?だったら洗濯機とか白物家電揃えたいんだよな」

「冷蔵庫は確かに便利ですよね!異世界人凄い!って思います!洗濯機とやらも出来ればもっと凄いですね…。サハラさんは作れないんですか?」

俺は渾身のウィンクをした。

「この俺がそんな賢いこと、出来ると思うか?」

「まったく思いませんね。すみませんでした」

おい、やめてくれ。自分でやっておきながら冷めた白い目で見られるとガラスのハートが傷付く。

「それで精霊なんだけど、他国ではそんな便利に使われてるけどこの国では希少ってこと?」

俺の問いにノイシュくんが首を少し傾げて答える。

「サハラさんの呼んだ本、昔のものじゃ無いですか?今はそんなに都合よく精霊が人の前に現れるなんて話、世界で聞いたことない気がしますが」

確かに、読んだ本は多少ボロかった。

「そっかー。特別な人にしか使役できないのかー。洗濯が楽になると思ったのになー」

俺が愚痴を言うとノイシュくんが呆れた。

「そんな風に都合よく使われることに嫌気がさして妖精は姿を消したんじゃないんですか?」

正論だと思ったおれはグゥの音も出ない。

やはり手洗いしかないのか。もう寒いのに。


でもよくよくよく考えたら俺ってば忘れがちだけど勇者だし精霊くらい使役出来たりするんじゃないか?

そう思って帰宅後自室で呼び掛けてみることにした。

「おーい。精霊ー。いないのかー」

なんて言ってみて出てきてくれたら苦労はしないんだろうな…。

「呼んだか!人間!」

フラグってこうやって立つんだなぁ。

「おい!聞いているのか!人間!」

「聞いてる聞いてる。君、精霊?」

小さい手のひらサイズの羽が生えた小人のようないかにも精霊ってよりは妖精!って感じのが突如として現れた。

この世界の不思議存在、急に現れがち。

「それで用件はなんだ?」

「俺の洗濯手伝ってくれない?」

俺の願望は精霊の矜持をとんでもなく傷付けたらしい。

「これだから人間は!以前も頼まれたから世話してやったのに何の見返りもなく楽を享受して!もっと我々精霊を敬え!!」

プンスカと怒られても小さい体でプリプリ怒る姿はなんとなく可愛い。

「ごめんて。ちょっと言ってみただけだよ」

「それならば良し!今代の勇者も怠け者だったらどうしてくれようと思ったぞ!」

「今代のって、前の勇者も怠け者だったのか?」

自分で怠け者を認めるのは癪だけど事実なので仕方がない。

「数代前も争いがないからと『俺がやるべき事はシェフとして後続のこちらの世界の人間に食生活でホームシックにさせないことだ!』とか言って各地を巡り向こうの世界の料理を広めていったぞ」

なんてこった。

俺が食生活満喫しているのは数代前の勇者のおかげだったのか!

どうりで見覚えのある料理が多いと思った!!

しかもシェフで勇者!!凄い!!もしかして味噌とか醤油を広めた人か!?

俺なんてチーズと土鍋しか作ってない!!しかも俺はこの国での事しか知らないからチーズと土鍋ももしかしたら他国にはあるかもしれない!先人ありがとう!!

俺よりめっちゃ役立ってる!!!

「それで、本当の用件はなんだ?」

「せっかくだし契約しない?」

「軽い!!」

精霊はまた憤慨した。

「だがまぁ、暇だし契約してやろう」

結局契約してくれるなんてこの精霊もだいぶ軽いなー。

用意された契約書を読むと一日一回クッキーを用意する事、八時間勤務、雇用保険、労災保険、有給有り等書かれていた。会社か?

それにしてもリリィといい黒い魔女ノアくんといい精霊といい甘党なのか?

「契約書に名前を書け」

「分かった」

一通り読んでこちらに不利な事がないか内容もきちんと確認して名前を書く。

「これで契約成立だな!まずはクッキーを所望する!」

「はいはい。これからよろしく頼むよ」

人差し指で握手して、精霊と契約を結んだ。

「そういえば名前はなんていうんだ?」

「精霊は精霊だ。個体の名前なんてない」

うーん。それだと俺が不便だな。

「よし、精霊から取ってセイって呼ぶな」

「安直だし気安いな、お前。だがまぁ、許してやろう!」

幸い、ノアくん用にクッキーを買っておいたので一枚渡してみた。

うーん。クッキーに隠れそうなセイ。なんか可愛いな。多少口が悪いが癒やされる。なんかこう…ペット的な……。

俺が手に持ったクッキーをポロポロこぼしながら食べていく小さいセイはほのぼのとした癒しを与えてくれた。

そうして和んでいると唐突に家のドアが開かれた。

えっ、俺、鍵閉めたよな?泥棒か?どうしよう…何か武器…。

うろうろする俺に侵入者が高らかに言った。

「リツ!精霊と契約するなんてなかなかやるのだわ!」

単なるリリィだった。

「俺、鍵閉めたよな?」

「私様の前に人間の鍵なんて意味ないのだわ!」

魔王様の前には人間界のセキュリティも意味ないんだなー。

俺のプライバシーとは?

「リリィは俺がセイ…精霊と契約したら嫌なのか?」

「別に精霊は敵対してもないし味方でもないしその気になれば一掃出来る存在だから別にどうでもいいのだわ」

リリィはフン!と鼻を鳴らした。

「この魔王!いつもこんなに生意気なんだよ!お前も勇者ならなんか言ってやれ!」

えー…。めんどい。子供の喧嘩じゃないか?これ。

だけどこの調子じゃ終わらない。正直やかましい。仲裁に入るか。

「セイ、リリィが多少生意気なのは認めるけど喧嘩腰になってちゃ話も通じないだろ?」

「リリィ。リリィも、例えそう思っていても相手が傷付くかもしれないことをそう簡単に言っちゃいけないぞ」

幼子に言い聞かせるように両者を諭すと、リリィから反論された。

「リツがモテないこととかかしら?」

「そういうことだ!!!」

泣きそうになんてなってないからな!!

ていうか、リリィにもそう思われていたのか。

普通にショック過ぎる。俺、なんでモテないんだろうな?

むしろノイシュくんやバルロットさん、リリィやカシワギさんやノアくんの顔面偏差値が高過ぎるんだ…!俺は悪くない!俺は平均だ!多分!!……悲しくなってきたな。

「カシワギさん、俺ってなんでモテないんだと思います?」

カシワギさんの肩をがっしり掴んで真顔で尋ねると顔を逸らされた。

「答えてくださいよ!カシワギさーん!」

半泣きで肩を盛大に揺さぶり訊ねる。

「そういうところは揶揄いたくなって可愛いとは多少思わなくもない気がしない事もない気がしますよ」

「フォローになってないです」

しかも三十二歳の男に可愛いはない。

ぴたりと肩を揺するのをやめていじける。

今度モテ方について家庭持ちの飲み仲間に聞いてみよう。そうしよう。

俺のガラスのハートが砕け散ったところでリリィと妖精が怒り出した。

「無視しないでほしいのだわ!」

「そうだそうだ!構え!人間!」

仲良しじゃねーか。

「カシワギさん、なんとかしてくださいよ!そしてモテ方を教えてくださいよ!!」

カシワギさんはしなやかな指で顎を撫でながら思案するように沈黙する。

しばらく待ったが返答はない。

ヤケになった俺は叫んだ。

「もう知らねー!俺は!モテてみせる!!」

セイもリリィもカシワギさんも部屋に置き去りにして半泣きに泣きながらいつもの居酒屋に駆け込んで家庭持ちの飲み仲間に絡み独身仲間に慰められその日の晩は過ぎていった。


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