第19話

ふと、夢を見た。

幼い頃に家族で遊園地に行って俺が迷子になって泣いていた夢だ。

泣いていた俺を見知らぬお兄さんが迷子センターに連れて行ってくれて、ちょうど迷子のお知らせを出そうと駆けつけてきた両親と兄と会えて、両親がこれでもかとお兄さんにお礼を言っていた。俺は散々怒られた後に抱き締められた。そしてまた安堵から大泣きした。

「随分とセンチメンタルな夢を見たな」

顔を洗い朝食を食べて出勤する頃にはそんな夢を見た事も忘れてしまっていた。

「おはようございます」

出勤してデスクに着くと隣の席のノイシュくんはもう仕事をしていた。

毎度のことながら始業前から仕事をするこの勤勉さ……さすがはノイシュくん。

「おはようございます」

書類から顔を上げて言われると、そういえばノイシュくんって兄弟多いし実母以外にも正妃様や側妃様がいて家族が多いんだよな。

父親はこの国の王だし、子供の頃の思い出ってどんなだろう?

時計に目をやればまだ始業まで十五分ある。

少しくらい話を聞いてみても良いだろう。

「なあ、ノイシュくんって子供の頃どんなんだった?」

「急になんですか、突然……」

「いや、今朝子供の頃の夢を見たからさ」

「そうですね……」

ノイシュくんは考え込んだ。

聞いちゃいけない事だったか?王族だしな。

無神経なことを聞いてしまったなら申し訳ない。……まだ考えている。どうしよう。

「すみません、あまり面白いエピソードが思い当たりませんでした」

「いや別に面白いエピソードを求めて聞いたわけじゃないからね?なんか、こう…ご両親やご兄弟との微笑ましい思い出とかってない?」

「……特にありませんね。父も母も忙しくて乳母に育てられましたし、あまり記憶にありません。兄弟もそれぞれの役割がありすべきことをしておりました。ですからあまり『家族』での記憶はありませんね」

「そっか……」

それを寂しいと俺が軽々しく言ってはいけないんだろうな。

「別に寂しくなかったですし、今はサハラさん達のおかげで楽しいから全然大丈夫ですよ」

ノイシュくんは俺が思っているより大人だった。

気を遣わせてしまったかもしれない。

「そっか、ありがとう」

微笑むノイシュくんに笑い返す。

これからもノイシュくんが寂しいなんて思わないくらい構い倒そう。

バルロットさんも王弟だし色々ありそうだよな。

……聞いちゃいけないよな。

王様がノイシュくんの父ということはバルロットさんとは結構歳が離れているだろうし、王族のあれこれ聞いちゃいけないよな。

ノイシュくんには聞いちゃったけど。

家族、かぁ……。

俺の家族にはもう会えそうもないかもしれないしここで結婚して家庭を持つのもありなんだよな。

でも驚く程モテないからな。

勇者なのに勇者様の伴侶なんて恐れ多いって思われたらしいもんな。

……キクノクス以外で婚活するとなると、どこか場所を変えてナンパ…向いてないなぁ。

どこかにこんな俺でもいいって人はいないだろうか。

その時、急に閃いた。

冒険者の女性なら強い方が格好いい男性と思われるのでは!?

なんてったって一応全ステータス最高値レベル999の勇者。モテる筈!

大型魔獣退治の時に誘われてたし、登録だけでもしてみよっかな。

いやでも俺って冒険者登録していいのかな?

バルロットさんに聞いてからにしよう。


「いいですよ、冒険者登録しても」

「いいんですか!?ありがとうございます!」

バルロットさんは思ったより快諾してくれた。

「しかし急に冒険者登録だなんて、どうしたんですか?」

「婚活のためです」

「コンカツ?」

「結婚するための活動です」

首を傾げるバルロットさんに改めて結婚活動のために冒険者登録して冒険者の女性と知り合うか切っ掛けがほしいと説明するのはとても恥ずかしかった。

だけど、もうこれしかない。

一般人女性に距離を取られるなら冒険者の女性にアプローチするしかない。

おれが説明を終えるとバルロットさんは微妙な顔をしていた。

「まぁ、頑張ってください。健闘を祈っております」

「はい!頑張ります!」

と、いうわけで仕事終わりにギルドに訪れてルンルンで冒険者登録をした。

周囲には大型魔獣退治の時にいた冒険者達が多かったからとても歓迎された。

まさか婚活のために冒険者になったとは言えず、もっとイグニクス国のため、キクノクスのために頑張りたいですと殊勝なことを言って誤魔化した。

その日の晩は歓迎会ということでギルド併設の食堂で奢ってもらった。

ギルドの飯って食べたことなかったけど豪快な味がしてこれはこれで美味しい!

これだけで冒険者登録して良かったと思えた。

女性もちらほらいる。

どなたかといつか結婚出来たらいいなぁなんて考えていたらあれよあれよという間に散々飲まされた。

新人は通る道らしい。

これ、俺の世界だったら問題行動だぞ。

「明日も仕事なんで程々でお願いします」

なんていう俺の言葉は喧騒に掻き消されてどんどんグラスに飲み物が注がれていった。

明日は二日酔いだなぁ。

でも、こんなに歓迎されるなんて悪い気はしない。ついつい飲んでしまう俺も悪い。

分かっていても酒が美味い。

結局その晩はギルドで大盛り上がりだった。


「と、いうわけで頭が痛い……」

「それは自業自得なので仕事はしっかりやってくださいね!でも、婚活のために本当にギルドで冒険者登録するなんて、そんなにしたいんですか?結婚」

厳しいことを言いながらお茶を用意してくれて甘やかしているノイシュくんは人をダメにさせるタイプだと思う。

「うーーーん。改めて言われると即したいというわけじゃないけれど、いい人と知り合えたらなぁと思って。あともっと飲み友達以外にも知り合いも欲しいし」

「そうですか…。いい人と巡り会うといいですね」

「そうだねぇ。ありがとう」

お茶を飲みながらのんびりと将来に思いを馳せているとノイシュくんから「仕事の時間です」と書類を回されてきた。

余韻にくらい浸らせてくれよ…。

そう思いながら書類を捌いて終業の時刻を迎えた。

ノイシュくんと別れて通り慣れた帰り道をてくてく歩いているとまた空からリリィが飛んできて、注意されてからは歩道を傷付けないようにゆっくり降りるようになった。

カシワギさんも一緒だ。

「ごきげんようなのだわ!リツ!」

今日も元気に挨拶をするリリィの後ろでカシワギさんが深々と頭を下げて礼をする。

「よう、リリィ。カシワギさんもこんばんは」

俺が挨拶をするとリリィは胸を張って答えた。

「今日はリツの家で晩ご飯を食べてあげるのだわ!」

「ええぇ……」

困った顔をしてカシワギさんを見るとカシワギさんも困った顔をしていた。

「なんで急にまたうちで晩飯食べるなんて思いついたんだ?」

「なんとなくなのだわ!」

「なんとなくかー」

なら仕方がない…のか?

まあ、三人くらいならダイニングに入るし椅子もあるし困ることはないかな。

「うちに三人分も食材ないから買って帰るか。リリィとカシワギさん、何か食べたいものあります?」

「ケーキが食べたいのだわ!」

リリィが目を輝かせて言うがそれは晩飯じゃない。

「デザートとして買ってやるから飯を考えてくれ……そうだ、鍋でいいか?」

そろそろ肌寒くなり始めてきたし鍋でいいだろう。

土鍋デビューの日だ!


「じゃじゃーん!本日は鍋です!」

自宅に二人を連れ帰り適当に寛いでもらってドヤ顔で出した鍋に二人は感嘆の声を漏らした。

「まさか土鍋まで作っていたなんて……」

「ふっふっふ。俺を舐めてもらったら困りますね。冬に備えて鍋はバッチリ!ドワーフの親父さんに作ってもらいました!」

「ドナベってなんなのだわ?普通のお鍋と違うのかしら?」

初めて見る土鍋に興味津々のリリィに教えてやる。

「これは土鍋っていってな、俺の元いた世界の調理器具だよ。使えば使うほど味が染み込むらしぞ」

「そうなの……それならたくさん使って味が染み込んだ土鍋でお料理が食べてみたいのだわ!」

キラキラ輝く瞳のリリィに頷く。

「ああ。リリィやカシワギさん、バルロットさんやノイシュくんとたくさん一緒にご飯を食べるために作ったんだ。たくさん食べて土鍋に味を染み込ませような」

「分かったのだわ!」

リリィがとても嬉しそうに笑うので、これからどんどん鍋料理を作ってみんなで食べることがより楽しみになってきた。

ぐつぐつと煮える土鍋からカシワギさんがリリィのために小鉢によそってやると、リリィは具材に息を吹きかけ冷まして食べた。

「美味しいのだわ!」

「そうだろう。鍋はなんでも入れておけば美味しくなるから凄いよなー」

「そうですね。次回は海鮮系ももっと入れてもらえると私としては嬉しいです」

「カシワギさんて変なところで自己主張激しいですよね」

自分の分の肉と野菜を小鉢に盛り付けながらそんなことを言うカシワギさんに思わず突っ込んでしまう。

いやでも俺も海鮮鍋好きだからやるつもりだけど。


わいわい言いながらひとつのテーブルに三人で囲ってひとつの鍋を食べる。

実家にいた頃を思い出すと、ふと興味が出てリリィにも尋ねてみた。

「リリィにはご両親とか兄妹とかっているのか?」

俺の質問にリリィはきょとんとした。

「私様は私様だわ。他の誰でも何者でもない」

「んん?」

「魔王に同族はいないのだわ。魔王という存在は常に一人。私様が死んだら新しい魔王が誕生するだけだわ」

「それってつまり……」

家族も同族もいない、この世界で一人きりの存在という事だ。

カシワギさんがリリィに過保護な理由が少し分かった気がする。

「でも、私様にはユキもいるし他のお友達もいるしリツもノイシュももういなくなったカッシュ達との思い出もあるのだわ!私様は私様だけど、一人じゃないのだわ!」

胸を張って言えるリリィが強く思えた。

「そっか。じゃあ、そんなリリィに特別にデザートも出してやろう」

ご希望通りのケーキを出してやれば、あんなに晩飯を食べていたのにまた嬉しそうにぱくぱく食べ始めた。

カシワギさんはとても優しい目でリリィを見ていた。

……俺も多分同じような目をしているかもしれない。

年齢的には幼くないんだろうけれど、心は幼いひとりぼっちの魔王様を寂しく感じさせないようにめいいっぱい構おう。

勇者としてそれが正しいかなんて知らないけど、俺はリリィを悲しませたくはないと思った。


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