第11話

季節はまだ夏。

汗ばむ身体を動かして、港まで他国から来た船の出入りと荷物確認の様子を見に来た。

「たくさん来るねぇ」

「もっと忙しい時はこんなものじゃないですよ。だから、今から慣れておいてくださいね」

ノイシュくんは意外と厳しい。

「今日はあそこからあそこの範囲までの荷物の確認です」

結構範囲が広いな。まあ、ノイシュくんと一緒ならなんとかなるか。

各場所で入出庫する荷物を確認している人達から状況を聞き出して纏める。

二重確認といえば単純かもしれないけれど重要な役割だ。

特にキクノクスには国内外からたくさんの品々が荷運びされる。

厳重に厳重を重ねて越したことはない。

ノイシュくんの隣でやり方をふむふむ見ながら覚えていっているとノイシュくんは笑顔で振り向いた。

「午後からはお一人で作業してくださいね」

「えっ!」

「当然ですよ。教えるのは午前中だけです。お昼ご飯が終わったら半々で作業しますよ。第一、サハラさんも実践した方が早く覚えられますよ」

……ノイシュくんは意外と厳しい。

「頑張りまーす」

「頑張ってください」

なんて軽口を言い合って港の片隅で邪魔にならないように日陰を探して並んで昼飯を食べた。

陽は暑いけれど、潮風を浴びながらの食事なんて新鮮だな。

空と海と山は元いた世界と同じだ。

見ていると安心する。

もしゃもしゃ作ってきた弁当を食べていると船の先頭をノイシュくんが指して教えてくれた。

「先頭のあの像は海の魔物から航海している船を守ってくださる海の神様を奉ってあるんですよ」

「海にも魔物って出るの?」

「出ますよ。でも、魔王の権限で人間を襲わないようになっています」

「すげーな。リリィ。ちゃんと魔王してるんだ」

「サハラさんのいた世界にも海の魔物とかって出るんですか?」

ノイシュくんが訊ねる。

「うーん。最初に思いついたのは俺のいた世界じゃセイレーンっていう上半身が人間の女性の姿で下半身が魚の形をしている神話の生き物の話とかかな。大昔は半人半鳥だったらしいけど」

「そうなんですね。なにかセイレーンに関して伝承とかあるんですか?」

「ああ、オデュッセウスっていう神話の英雄の海航で逸話があるんだよ。セイレーンは美しい歌声で航行中の人々を惑わし遭難や難破に合わせていて、歌声に魅了されていた人々を食い殺していたんだ。オデュッセウスはその歌声を聞いてみたいと思ってセイレーンの歌を聞きに行き、自身をマストに縛り付けて船員には蜜蝋で耳栓をさせてみんな生き残ったんだ。セイレーンは歌を聞かせて生き残った人間が現れた時に死ぬ運命になっていたため、海に身を投げて自殺したって話かな。他にも逸話があるらしいけど、深掘りすると話が多いなぁ。他にはクラーケンとか、国によってで色々数が多いな」

川なら河童とか聞いたし昔は妖怪が出てくるアニメも見てたなー。懐かしい。

「…人を殺して食べる魔物とはいえ、少し悲しい話ですね」

「そうだねぇ……」

避けて通れって言われていたのにオデュッセウスが聞きに行きたいなんてムリ言って聞きに行って逆に殺されるなんてセイレーンにしたらとばっちりだろ。

でもまあ。

「俺のいた世界じゃ神話の話や想像の話しか魔物や怪物に神様なんていないからね。こっちで魔物とか出ないし元いた世界で見掛けない動植物を見ると凄いなって思うよ」

俺の言葉にノイシュくんが過剰に反応して首がもぎれるんじゃないかって勢いでこちらを向いてきた。

「神様もいらっしゃらないんですか!?」

「あ、俺が無信仰なだけで神様を信じる宗教は色々あるよ。でも実際に見た人はいないかな」

「そうなんですね……」

あ、これはこっちの世界に神様実在するパターンかな。

まあ魔王とかいるしな。イグニクスでこの世界の常識を学んだ時に出てきた気がする。

「こちらの世界では大神殿や信仰の深い場所に神が降臨される事がありますよ」

「へぇ!それは凄い!」

やっぱり神様はいた。一気にファンタジーだ。

いや、異世界な時点でファンタジーなんだけど。

神様…よくSNSの広告で神様の手違いで異世界に〜とかあったし、俺もそうなのかな?

神様に会えば俺が何故魔王との戦いから三百年経ってこちらの世界に来たのか分かるんだろうか?

でも海といえば気になる事がある。

「こっちにも人魚の話とかあるの?」

「あるというか、いますよ。人魚」

なんてことないように言われて驚く。

「いるの!?人魚!?」

「ええ、こんな港まで来る事はありませんが、沖の方に行くと出会える事もありますよ」

「へえ、それは凄い。今度リリィが来た時に休みだったら泳いで会いに行ってみる?あ、ていうか人魚って安全?」

「とても温厚な方々が多いですが、怒らせると怖いのでくれぐれもご注意くださいね」

「分かった」

なんてことを話していたらあっという間に昼休憩も終わってしまった。

午後からはノイシュくんに教わったことを一人でやらなくてはいけない。

間違えないよう、足を引っ張らないよう頑張ろう。

それにしても人魚か。

魔物はリリィが抑えているらしくて見た事ないし唯一ドラゴンと一回会った事あるくらいだし、ファンタジーな生き物と会えたら楽しいかもな。

……いや、この世界すべてが俺からしたらファンタジーだったな。

日常過ぎてつい忘れる。


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