第10話

俺のキクノクス勇者フィーバーがバルロットさんの活躍により落ち着きをみせた。

俺の住む街の領主がにこやか平和主義に見せかけて有能過ぎる。ザルかってくらいひどく酔ったところも見たことがないし自制心も強いし……。つよい。

同僚のノイシュくんも賢いしいい子だし食べ物も美味いものが多いしなんなんだこの街は……。

原因のリリィはあれからも「遊びに来たのだわ!」と言って平然と来るようになった。

魔王襲来も何度も来れば街の人達は慌てずいつもの事かと平気になってきた。順応性が高い。

リリィも食べ物に関して人間と大差ないようなので、あれこれ食べさせてみたり、勇者と魔王の本気ランニング対決になってしまった鬼ごっこをしてみたり、容姿以上に内面が幼いリリィと子供の遊びをしている間にリリィの執事さんはバルロットさんとノイシュくんと優雅にティータイムしていた。

俺もそっちがいい!

もしくは混ざってよ!

勇者の最高値ステータスで魔王リリィに負けていないといえど、三十二歳と女の子が遊ぶ絵面はやばい。元の世界なら職質されてしまう。

そんなほのぼの風景で見ないで欲しい。

けれどリリィが邪気のない顔で「美味しいのだわ!」と頬を膨らませるほど詰め込んでもぐもぐと食べているのを見るとつい世話を焼いてしまう。

「ほら、口の端に付いてるぞ」

ハンカチで拭ってやるとリリィがにこっと笑う。

「ありがとうなのだわ!」

娘が出来たらこうなるのかな…。

婚活…してみようかな……。

そういえばなんとなくで異世界に馴染んだけど元の世界の職場とかアパートの家賃や光熱費とか両親や友人とかどうしてるんだろう?

職場は無断欠勤でクビになってるかな。

家賃と光熱費は引き落としだったけどもうそろそろ滞納されてるかな。

両親と友人は心配しているかな。

考えると落ち込んできたのをリリィが俺の口の端をぐいっと引き上げて無理矢理笑顔にする。

「なにか落ち込むことでもあるのかしら?」

「なんでもないよ、ありがとう」

リリィはいい子だ。

頭を撫でると大人しくしていたが、次第にまた鬼ごっこが始まった。

でも、俺とリリィがギャーギャーワイワイ騒いでいるのをノイシュくんが眩しそうに見ていたのが少し気になった。


その日は残業で少し遅くなった。

「陽も延びたねぇ」

「そうですね」

まだ続く夏の暑さにもノイシュくんは平然としていた。

若いって凄いなぁ、なんてのんびり考えながら歩いているとノイシュくんから声を掛けられた。

「少しお話があるので人目につかないところに着いてきてくださいませんか?」

「いいよ」

「あっさりいいますね」

誘ったノイシュくんが苦笑するけど、ノイシュくんだからな。

そのままノイシュくん主導で人がいない公園まで来た。

「魔王……リリィさんも、いい方ですよね。あの方が治めて平和な治世が続いていることに納得です」

「ヤンチャが過ぎるけどな」

俺が笑うとノイシュくんが少し悲し気になった。

「誰か一人でも嫌な方ならよかったのに」

ノイシュくんがぽつりと呟いた。

「サハラさんに内緒にしていたことがあるんです」

ノイシュくんの睫毛が揺れる。

「実は僕、陛下の息子で一応第五王子なんですよ。母は第四側妃ですし後ろ盾もあまりないので正妃のご子息並びに他の上位貴族の有力な後ろ盾がある弟妹より王位継承権も低いんですけどね」

「へえ」

軽く返事をする俺にノイシュくんはまた苦笑した。

「驚かないんですね」

「この国に召喚されてこの国に関して勉強している時に第八王子、第四王女までいると王都にいた時に習ったし、実際に引き合わされたのは第二王子と王女達だけだった。だから他の王子もいるんだろうなぁとは思っていたけど、俺が勇者だって知っているバルロットさんがわざわざ若いノイシュくんをつけるのには何か訳があるんだろうなとは思っていたよ」

王子レベルとはさすがに驚きだけど。

でも、逆にこの品位のある言動は納得だ。

「僕は、主要都市であるこのキクノクスの内情を調べて陛下にご報告する役目も持っていました。バルロット様も存じています」

「王子のわりにはバルロットさんのこと様付けなんだね」

ノイシュくんが眉を下げた。

「先程も申し上げた通り、僕の母の爵位はあまり良くないので……」

あー。なんか王侯貴族の事情的なあれか。

よし。触らないでおこう。

「サハラさんの動向を報告する責務もありましたよ」

と、さらりと言われる。

うん。そうだろうな。

「もしかして、不都合があったら俺を殺せとかって指示もあったり?」

無言は肯定だ。

「なんで急に教えてくれるようになったんだい?」

素朴な疑問だった。

ノイシュくんは少し寂しそうに笑って言った。

「サハラさんがいい人だったからですよ」

だから、騙すのが辛くなってしまいましたとしょぼくれて泣きそうな子に、責務がどうとか関係ない。

「期待されていない僕みたいに、魔王が現れてから三百年も経ってから現れる勇者なんてどんな人だろうと思ったら普通のおじさんだし、優しいし、気遣ってくださるし、一緒にいると楽しいし……」

おじさんって言葉は聞かなかったことにして俺はノイシュくんの頭を整った髪の毛がぐしゃぐしゃになる程掻き混ぜた。

「今日の晩飯はノイシュくんのおごりなー」

「サハラさん……」

「それでこの話は終わりだ。俺とノイシュくんは単なる同僚。めちゃくちゃ世話になってるけどな」

へらりと笑うとノイシュくんも今度こそ本心から笑ってくれた。

「あんまり高いのはダメですからね!」

「そこはなんでもどうぞっていうところじゃない?」

どこに食べに行くかわいわい話しながら歩く。

これだよ。これくらいがちょうどいい。

「ノイシュくんが辛い思いをするならなんでも喋るし聞いてくれよ」

「あ、いえ。サハラさん居酒屋の話しかしなくて全然勇者の存在感もないので大丈夫です」

俺はノイシュくんの頭をもう一度ぐしゃぐしゃに掻き混ぜておいた。

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