第28話 作戦を立てよう

「というわけで……だ」


 数日後。

 食堂に行き何人かを集め、俺は一つのテーブルを囲っていた。


「この先、新たな魔神が出てくるかもしれない。だが、魔神が出てくるまで俺はただ待っておくつもりもない。そこでみんなの力を借りたいと思っているわけだ」


 声をかけたのは三人。


 まずはジルヴィア。


「レオ君、本当に新たな魔神なんて出てくるんでしょうか……?」

「どうした? 俺の話を疑っているのか?」

「い、いえ! そんなことはないんですが! にわかには信じがたくて……」


 慌ててジルヴィアは顔の前で手をバタバタと振り、表情を暗くする。


 魔神復活において、ジルヴィアはアデライド以上の重要人物だとも言える。

 魔神なんかにジルヴィアを好きにさせるつもりはないし、なるべく彼女に俺のは目の届く範囲にいてほしい。

 真っ先に今回の招集メンバーの一人として、思い浮かんできた人物だ。


 そして二人目は……。


「ジルヴィアさんがそう言うのも仕方がないかもしれません。それほど、魔神は恐るべき存在なのですから」


 と二人目のメンバー、エヴァンが神妙な面持ちで口にする。


 先日のオリエンテーション。

 魔神には歯が立たなかったが、エヴァンは力を覚醒させた。

 しかも本来、物語中盤以降でなければ倒せないデスイーターも撃破した。


 この時点でデスイーターを倒せる生徒など、なかなかいやしない。

 少なくとも、新入生の中では(俺は例外として)彼一人だけ。


 上級生にはもっと強いヤツもいるが……どいつもこいつも癖が強すぎる。

 そこで今後の伸び代も含めて、俺が戦力の一人としてエヴァンに声をかけるのは当然のことであった。


「レオ様はどうして、そう思うのかしら? あなたの考えも聞かせてくれる?」


 三人目のメンバー、イリーナが疑い深い視線を向けてくる。


 彼女は……正直、どっちでもよかった。

 しかしエヴァンに声をかけると、強制的に彼女も付いてきたのだ。こいつはどれだけエヴァンの腰巾着なのだ。


 まあ、のことを考えたらイリーナを引き入れておくことは都合が良いし、決して悪いことばかりではないのだが。


「うむ、それについて理由は多岐にわたるが……強いて言うなら、先日の魔神の言ってたことが気になっている」

「気になる……ですか?」


 目を丸くするエヴァン。


「ああ。ヤツは何者かに、この世界に召還されたと言っていた。つまり召還者は魔神を呼び寄せる術を知っているということだ。そんなヤツがたった一体、下位の魔神を召還したくらいで満足するか? 第二、第三の魔神を呼び寄せるに違いない」

「下位の魔神を召還したんじゃなくて、上位の魔神を召還させられなかったんじゃ? そう考える方が自然だわ」


 イリーナは懐疑的な意見だ。


「ちょ、ちょっと、イリーナ。さっきからレオ様に失礼すぎるよ。敬語も完全に崩れちゃってるし……」

「別にいいじゃない。だって身分の違いはあるとはいえ、新入生同士なのよ? 礼儀正しくするのもバカらしくなってきたわ」

「俺は気にしていない。お前が喋りやすいように喋るといい」


 まあ……イリーナが敬語を使っているのも、ゲーム内の彼女を知っている身からすると違和感しかなかったからな。

 今はそんな細かいところを、いちいち突っ込んでいる場合でもない。


「イリーナが言うことも分かる。そうだな……ごちゃごちゃと理由は伝えたが、最も大事な根拠は──」


 ごくり。

 食堂にいる三人の唾を飲み込む音が聞こえた。


 俺はビシッと自分を指差し。


「俺の勘だ」

「か、勘……ですか?」


 ジルヴィアに声に戸惑いが滲む。


「なによ。偉そうなことを言ってたわりには、結局大した理由がないじゃない」

「俺の勘は侮れないぞ? それとも……実は俺の前世は日本人で、この世界がゲームだということを知っていると言っても信じてくれるのか?」

「ニホンジン? ゲーム? 訳の分からないことを言って、誤魔化さないでちょうだい」


 とイリーナが腕を組んで、不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


 そういう反応になるよなあ……。


 俺のゲーム知識が魔神復活の理由になると伝えても、他に説明することが多すぎる。

 テレビゲームの概念がないこの世界で、理解してもらうのは困難。そもそも信じてもらえない。


「ニホンジンやらゲームはともかく……僕は信じますよ、レオ様。だってレオ様のお言葉は全て真実なんですからね!」


 瞳をキラキラと輝かせて、拳を握るエヴァン。


 こいつはこいつで俺のことを信じすぎている。本当にこいつはこれでいいのか? 絶対に将来、悪い人に騙されそうな気がする。


「ジルヴィアはどうだ?」

「私もレオ君の言ってることなら……それに──」

「ん?」


 俺が探るようにジルヴィアを見ると、彼女は口を押さえてさっと顔を逸らした。


「な、なんでもありませんっ」


 問い詰めようとしても、ジルヴィアは喋る気がなさそうだ。



 ──あっ、このパターン知ってる。



 なにか秘密を抱えているパターンだ。

 こういう時、「あまり問い詰めるのも悪いだろう」と見過ごしていれば、それが後々になって問題となって現れる。


 このままでは。



『あの時喋ってくれてたら、こんなに大きな問題にならなかったよね!?』



 ……と、ゲームに限らず、漫画や小説であっても読者が叫びたくなるような話が展開されてしまう。


 だから。


「ジルヴィア」

「ほ、ほえぇ!?」


 俺はジルヴィアの顎をくいっと持ち上げ、彼女のキレイな瞳を見つめる。


「言え」

「で、でも……頭がおかしくなったって思われちゃうかもしれないから……」

「いいから言え。それとも俺に逆らうつもりか? ならば、無理やり聞き出してもいいんだがな。くくく……」

「……っ!」


 ジルヴィアの顔色が変わっていく。


 ゲーム内でのレオは悪役貴族だ。元の顔が怖いので、こういう風に睨んだら相手を恐怖で震え上がらせることも容易。


 問題はこういう時、普通人の顔って青色になると思うのだが……ジルヴィアの顔は真っ赤になっていた。


 俺を恐れているのは間違いないと思うが、どうしてだ?



「レ、レオ様! なんて大胆な……」

「無理やり聞き出すって、どんな嫌らしいことをするつもりかしら!?」



 近くでエヴァンとイリーナがなにやら喋っていたが、内容はよく聞こえなかった。


 やがてジルヴィアは観念したように、


「……はい、喋ります」


 と息を吐いた。


「良い子だ」

「無理やり聞き出されるのも、ちょっと興味はありますが……レオ様を困らせたくないので……で、でも! 変な子だと思わないでくださいよ!?」

「当たり前だ。俺がジルヴィアに悪い印象を抱くはずがない」


 なにせ、彼女はゲーム内でレオに続いて二番目の推しキャラだったからな。



 その後、ジルヴィアはこんこんと説明を始めた。



「ほお……先日、そのような声がジルヴィアの頭の中に響いていたとはな」


 顎を撫でながら考える。

 


『──貴様には適正がある』



 ……うん。タイミングといい、間違いなくこれって魔神の声だよね。


 ゲーム内でも少々疑問だった点。


 魔神に洗脳されたとはいえ、どうしてジルヴィアが強くなってエヴァンたちの前に立ちはだかったのか……と。

 あの時は洗脳されるついでに、ジルヴィアは魔神の力を流し込まれたのだ! ……と脳内補完していたが、それもおかしい。そんな簡単に魔神の力を受け入れられるとは思えないのだ。

 しかしジルヴィアは魔神の力を受け入れる──『』としての適正があったと考えれば辻褄が合う。


「よく喋ってくれたな。ありがとう、ジルヴィア」

「し、信じてくれるんですか?」

「無論だ。俺がお前のことを疑うはずがない」


 そう言って、ジルヴィアの頭を撫でてやる。

 すると彼女の顔がさらに朱色に染まっていた。やっぱり熱でもあるんだろうか?


「ならますます、嫌な予感がしてきますね。やはりレオ様の言っていることは正しそうです」

「あたしはまだ信じてないけど……まあ、エヴァンが信じるなら取りあえずレオの力になってあげるわよ」


 エヴァンとイリーナが真逆の考えを抱きつつも、俺に協力してくれそうだ。


「ですが」


 とエヴァンがこう話を続ける。


「相手が行動するのを待つ必要はない……というのは分かります。しかし、だとするなら、僕たちはこれからどう動くべきでしょうか?」

「魔神を召喚させようとする者……すなわち、犯人を探すことも考えたんだがな。とはいえ、今のところは手かがりもなにもない。だが──魔神を召還させる術なら見当が付いている」

「……っ!」


 イリーナが驚いて、目を見開く。


「……それはほんとなの?」

「ああ、本当だ。しかし……そのためには王城の地下に忍び込む必要がある。公爵家とはいえ、俺のような部外者を入れてくれるものなのか……」


 それはどうしようもない。


 とはいえ、俺なら強引に王城に入り込むことも可能。

 だが、さすがに王城は警備も厚く、誰からも気付かれないまま、やりたいことを完遂させるのは不可能に近い。


 これから先の戦いも考えると、国王陛下や騎士団と敵対したくないし……どうしたものか。



「それなら、わたくしがなんとかしますわ」



 頭を悩ませていると。

 こちらに近付いてくる一人の女性がいた。


「ア、アデライド王女!?」


 エヴァンが目を見開く。


 ほお……ここで彼女から来てくれるか。


 ことが思い通りに進んでいて、ついガッツポーズを取りそうになってしまった。

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