第26話 メイドはレオのことを心配する

 その後、俺は自宅に帰ることが出来ていた。



「レオ様!」



 すると屋敷に入るなり、メイドのエルゼが出迎えてくれる。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないですよ! 聞いていますよ。学園のオリエンテーションで魔神が出たという話を……」


 エルゼが慌てた口調で言う。


 ──あれから。


【夜の帷】も消滅したので、すぐに学園の先生たちが来てくれた。どうやら森の異変には気付いていたらしい。


 そこで今回の顛末を俺たちは伝えた。

 森に強力な結界が張られた……魔神が復活し、それを俺が討伐したと。


 最初は信じてもらえなかったが、第三王女のアデライドが証言してくれたこともあって、先生たちも態度を百八十度変えた。

 いくら下位の魔神だろうとも、本の中でしか語られていなかった存在だ。すぐに王宮や騎士団から魔神研究者も来て、今回のことは調査されることになった。


 幸いにも、今回のオリエンテーションに参加した生徒たちの中で、大怪我をした者はいない。

 強いて言うなら、魔神の攻撃──まあヤツは虫を払ったくらいにしか考えていないだろうか──が直撃したアデライドが一番の被害者。


 だが、学園に常駐している治癒魔法使いの力もあって、彼女の怪我は完治している。

 まだ研究者や先生たちは俺に話を聞きたそうだったが……疲れているだろうということもあって、今日はひとまず帰宅させてくれることになった。


 まあ俺は疲労など感じていなかったがな。


「既に情報がここまで届いていたんだな。しかし安心してくれ。俺が怪我をしているように見えるか?」

「いいえ……ご無事なように見えます」

「ならば心配は不要。俺にしたら魔神など、ただの雑魚。エルゼとの模擬戦の方が、よっぽど辛かったくらいだ」


 エルゼをこれ以上心配させないように、俺はそう肩をすくめる。


 いつも冷静沈着なエルゼだ。

 彼女のこういう姿を見ることは、俺でも珍しかったりする。


「本当に……! 本当によかったです!」


 と感極まったエルゼは、いきなり俺に抱きついてきた。


「エ、エルゼ!?」

「心配したんですから……! 学園から報告は聞いていましたが、レオ様はいつも無茶をします。今回も『無事だ』と言っていても、本当は大怪我を負っているのではないか……と」


 少し涙声のエルゼ。


 ここまで心配させてしまったのは、素直に反省した。


 しかし……強い力で抱きつかれているため、エルゼの豊満な胸が体に当たっている!

 柔らかい感触に、幸福感が体内を駆け巡った。


 このまましばらく酔いしれたいところだが、


「……! とにかく俺はお父様に報告してから、部屋に帰る!」


 どうにかなってしまいそうなので、エルゼの両肩を掴んで無理やり彼女を離す。


「ま、待ってください! もう少しレオ様の温かさを感じていた──」

「今日は疲れてるから、一人にしておいてくれ! エルゼは出来る子だ。分かったな?」

「レオ様〜〜〜〜〜」


 エルゼの声が背中から聞こえたが、逃げるようにして俺はお父様のところへ向かった。

 そして報告を短く終え、自室のベッドで横になる。


「ふう……分かっていたこととはいえ、今日は色々あったな」


 今日のことを振り返る。


 魔神復活は予想外の出来事だったが、アデライド王女の死亡を防ぐことが出来た。


 しかし問題は次から次へと出てくる。


「次はジルヴィアなんだよなあ……」


 と呟きながら、俺は前世でプレイした『ラブラブ』のことを思い出した。




 オリエンテーションを中止にすることによって発生するイベント。


 それが魔神復活。

 魔神が復活し、世界が滅亡してしまうイベントだ。


 そもそもからしてバッドエンドが多い『ラブラブ』ではあったが、その中でも屈指の後味の悪さ。

 なにせ誰も救われず、主人公のエヴァンも死んでしまうんだからな。


 そして『アデライドルート』とも称されるイベントではあるが、もう一人、スポットライトが当てられる人物がいる。


 それが──ジルヴィアであった。


 内容としてはこうだ。


 魔神が世界に降臨し、魔法学園の生徒たちも否応がなしに戦いに巻き込まれてしまう。


 まるでゴミのように命を散らしていく生徒たち。

 そんな中でジルヴィアは魔神に体を乗っ取られてしまうことになる。


 いや……正しくは洗脳か。


 魔神はジルヴィアの中に入り込み、精神を操作する。

 必死に彼女は抗うが、魔神の精神操作を打ち破れるだけの力はない。

 ジルヴィアは魔神に洗脳されてしまい、敵側としてエヴァンたちの前に立ちはだかるのだ。


 どうして、魔神がそんなまどろっこしい真似をしたかは分からない。

 しかしどうせ、味方同士で争わせて愉悦に浸りたかっただけだろう。

 悪趣味すぎる。


 そして……『魔神ジルヴィア』によって、最初の被害者となってしまうのがレオ。

 どんなルートを辿っても、最終的には悲惨な結末に至るレオではあるが、このイベントではクラスメイトであるジルヴィアに殺されてしまうのだ。


 なんっちゅう、モブキャラっぷり。

 全ルートの中でトップ3には入るほどの、レオの雑な扱われ方っぷりだろう。


 そしてアデライドを人質に取り、ジルヴィアはエヴァンに選択を迫る。



『私とアデライド、どっちの命を取るの?』



 ……と。


 エヴァン──というか全プレイヤーは苦悩するが、アデライドを選んだ際、エヴァンは自らの手によってジルヴィアを殺す。

 殺す直前、一瞬だけジルヴィアの意識が戻り、「殺してくれてありがとう……」と呟くシーンで号泣したプレイヤーは数知れないだろう。


 まあそこまでしても、俺もアデライドも最終的にはみんな死ぬんだけどな!


 ちなみにジルヴィアを選んでも、エヴァンは彼女に殺される。

 本当に救いのないイベントである。


「このままさらに魔神が復活してくるとは限らない。あのイベントが再現されるかも分からない。

 しかし……結局、黒幕の正体は分からなかった。黒幕がもし魔神復活の元凶だった場合、アデライドも殺せなかったし、強硬手段を取ってくる可能性がある」


 それが世界を絶望のどん底に落とすことだ。


 このままぼけーっと、なにかが起こるのを待っているつもりはない。

 後手後手に回らされて、相手に主導権を握らせることは避けたいからだ。


「ならば……今度は俺から仕掛ける」


 今回の件では黒幕の正体までは分からなかったが、俺はあるを立てていた。


 オリエンテーション中のの行動。


 そしてエヴァンの覚醒。


 それら一つ一つを繋ぎ合わせると、ある可能性に思い至る。


「しかし確証はない。今の段階であまり思い切った行動をすると、敵側の警戒心を高める結果になってしまうだろう。ならば……」


 よし……っ。

 やることは決まった。


 俺はベッドから身を起こして、行動に移る。


『ラブラブ』最悪の人類破滅エンドを回避してみせる。

 そう決意して、俺は屋敷の地下室に向かった──。

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