ACT.4-5

「みんな揃ってどうしたの?」


 水場にやって来たパーズたちを、イェルラは涼しい顔で迎えた。


「アンタが襲われてるって、アイラちゃんが教えてくれた……んだけど」


 アートゥラは、イェルラと少し離れた地面を交互に見る。地面の方は抉れて土がむき出しになっていた。魔術師同士の争いを見ていなくても、この場で起こった戦いが激しいものだったことが分かる。

 だがイェルラ本人は、ローブが多少すり切れているだけで特に怪我を負った様子はなかった。

 アートゥラは拍子抜けした表情を浮かべている。


「それなら終わったわ。で、話し合いの内容は教えてくれるのよね?」


 イェルラはコエンを見て、それからパーズたちを見る。


「取引をした」パーズが答える。

「取引?」

「傭兵たちがアベルを見つけた場合、俺たちに教える。俺たちはこの件について知っていることを話す」

「取引をした……ってことは、もう成立してるの? 雇い主を差し置いて、勝手なことをするわね」


 悪びれた様子もなく言うパーズを見て、イェルラは呆れた顔をする。


「悪い取引ではないはずだ」


 コエンはボロボロになったローブをイェルラに差し出した。パーズたちに見せたあのローブの残骸だ。


「昨晩、これを来た化け物に襲われた。この村で起こっている化け物騒ぎは、お前たちにも無関係ではないのだろ?」


 イェルラはローブを一瞥すると、コエンをじっと見つめた。そして諦めたようにため息をついた。


「もう一人はそっちに行ったってわけね」

「もう一人?」

「あなたたちより先に、この村に魔導院から三人ほど派遣されていたのよ。その三人はこの村にいた魔術師に会うはずだった」

「魔術師……。最初の犠牲者か?」

「そうよ。でも会うことは出来なかった。あなたの言うようにこの村の魔術師は、化け物に殺されていたのだから」


 イェルラはそこで一旦言葉を切った。そしてコエンからローブを引き取る。


「でもね。派遣された三人は、別の魔術師に会ってしまったの。魔導院まで戻って来られたのは一人だけだった」

「戻らなかったうちの一人が、そいつの持ち主か」

「そう。残りの一人は、さっきわたしを襲ってきたわ」


 そう言ったイェルラは自分が消し去った魔術師が立っていた場所を見る。


「二人とも化け物にされてたってわけ?」


 イェルラの視線の意味に気づいたのか、アートゥラも同じ場所を見た。


「……そうね。意志を奪われ、中途半端に死ねなくされたのよ」

「〝一ッ目〟……にか」パーズの声に力がこもる。

「魔導院の魔術師相手にあんな事ができるんだから、間違いないと思うわ。完全にわたしたち、目をつけられたみたいよ」

「願ってもない」


 パーズは笑みを浮かべる。それは肉食獣が獲物を見つけた時のような、静かで、しかし強い意志のこもった残酷な笑みだ。


「というわけで、あなたたちが倒そうとしている化け物の後ろには、魔術師がいるわ。それもとびっきり凶悪なのが」

「お前たちの目的は、その魔術師というわけか」

「……まぁ間違いじゃないわね。特に〝左利き〟のパーズには」

「では、化け物はこちらで引き取っていいんだな?」


 コエンの言葉にパーズは傭兵を睨む。


「まさか化け物まで自分たちの獲物だと言うんじゃあるまいな。こちらも遊びで来ているわけではないんだが?」


 睨み付けてくるパーズに怯む様子もなく、コエンは言う。その表情は挑発的ですらあった。二人の間に緊張が走る。

 と、コエンは何かに気づき懐から虚笛を取り出した。手に持った虚笛は振動している。長く一回。短く三回。そして最後に長く一回。

 先程パーズが受け取った虚笛も、同じ振動を繰り返した。


「テンたちだ。見つけたらしい、行くぞ」

「あれ、いいの? パーズのことだから、連れてったら絶対アンタたちの邪魔するわよ?」

「教える約束だからな」


 からかうように言うアートゥラに対し、コエンはあくまで真面目な表情で返す。


「ふーん。律儀ね」


 コエンは背を向けて歩き出した。パーズたちがついてくると確信しているのか、振り向くことも、立ち止まることもしない。

 パーズはイェルラを見た。彼女が頷くと、三人はコエンの後をついて行く。


 コエンの足取りは微塵の迷いもなかった。虚笛の合図が符丁になっており、大まかな場所を伝えているのだ。

 水場を離れてしばらくして、目の前に倒木が見えた。コエンは倒木の前に立ち止まる。倒木の幹には何かが深く食い込んだ跡。それは随分と新しい。


「この先か?」


 パーズの言葉に頷くと、コエンは両方の腰から身幅が広く厚みのある剣を抜き放った。片刃だが、刃の反対は厚くなっており殴ることにも使えそうな剣。

 パーズも腰の剣を抜く。白い剣身ブレードが森に差し込む光を反射する。


「俺とやりあうかどうかは、テンたちの所についてから決めてくれるとありがたいんだが」


 台詞とは裏腹に、コエンの表情は鋭く、そして隙がない。例えこの場でパーズが襲ったとしても遅れをとるようなことはないだろう。


「もちろん、そのつもりだ」


 パーズも油断なくコエンを見た。二人は一瞬だけ視線を交差させると、どちらからともなく歩き出した。

 その足取りは先程までとは違い、慎重かつ大胆だった。その後ろを女性二人がついて行く。前の二人に習って、アートゥラも短剣を抜いて両手に構えていた。


 最初に四人の目に飛び込んで来たのは、ビーゲイトの後ろ姿だった。そしてその横にはテンがいる。

 テンは右脇の下、胸の辺りを怪我しているようだった。傷口から血を流しながら、片膝をついたまま前方を睨み付けている。

 そして二人の傭兵が見つめるその先には、手にした剣を血で濡らしたゼルが立っていた。


「テン!」


 コエンの叫びにテンとビーゲイトが気を取られる。

 その隙をついてゼルが動いた。一気に間合いを詰めてビーゲイトに迫る。大男は一瞬遅れてそれに気づき、戦斧を振るった。ゼルはそれを避けるどころか、逆に剣を叩きつけて弾いてしまう。

 ビーゲイトの動きが止まる。ゼルは返す刃で大男を斬りつけた。


 刹那、風がはしった。その風は赤く鋭く、ビーゲイトの横に舞い込む。コエンだ。

 コエンはそのまま流れるような動作で、ゼルの刃を受けた。そしてもう片方の剣で武器を持つゼルの手を斬りつける。

 ゼルはあさりと武器を手放してすぐに下がった。コエンの刃が空を切る。


「大丈夫か?」

「なんとかな。ゼルはどうしちまったんだ」

「あいつらの話だと、化け物にされたらしい」


 コエンは僅かに顎を動かして後ろをしめす。


「なんであいつらがいンだよ」


 テンがパーズたちを睨み付けた。アートゥラは舌を出して応戦する。


「話は後だ」


 コエンはゼルを隙なく見据えている。パーズがその横にやって来た。


「アベルを見つけたんじゃないのか?」

「アベル? あのガキが言ってた化け物のことか。そいつならガキと一緒に逃げていったぜ」


 パーズの問いにビーゲイトが答えた。


「なんだと。どっちに行った?」


 今にも駆け出しそうな勢いでパーズが訊いてくる。


「ケッ、誰が手前ぇに教えるかヨ」

「教えてやれ」


 コエンがテンを宥める。だがテンは何も言わない。代わりにビーゲイトが口を開いた。


「向こうに逃げた。追いかけるにはゼルをなんとかしなきゃならん」


 大男の示した先にはゼルがいる。パーズは一人、ゼルの元へと飛び出した。

 ゼルは歯を剥き出しにしてパーズを威嚇する。両腕が膨れ、その前腕に刃が生えた。パーズは構わずに突っ込む。

 その横をパーズ以上のスピードでコエンが駆け抜けた。ゼルとの間合いを一気に詰めて、左右時間差で剣を薙ぐ。ゼルは自分の腕に生えた刃でそれを受けた。


「身内の始末はこちらでつける。お前たちは行け」


 振り向かずにコエンは言う。パーズはその横を無言で通り抜けた。それをゼルが邪魔しようとするが、コエンに抑えられて動けない。


「こっちは一人押しつけた形なのに、悪いわね」


 動かない傭兵たちの横をイェルラがすり抜ける。パーズとイェルラは森の奥へと消えて行った。

 コエンはそれを見届けると、腕の力を抜いた。押されまいとしていたゼルの体勢が崩れる。その隙にコエンはゼルを蹴り飛ばした。


「……お前は後を追わないのか?」


 一人残ったアートゥラに向かってコエンが言う。


「うーん。アタシね、そこのお兄さんと〝契約〟してるから」アートゥラはゼルを見る。

「このクソ女。なにが契約だ。手前ぇもとっとと去りやがれ」


 テンが悪態をつく。怪我さえしていなければアートゥラに襲いかかりそうな勢いだ。


「そりゃアタシだってハゲのアホ面なんて見たくないけど……このお兄さんもう長くなさそうだしね。〝契約〟は果たしてもらわないと」

「何を言っているのか分からんが、ここにいても命の保証はせんぞ?」

「上等よ」


 コエンの言葉に、アートゥラは不敵な笑みを浮かべてみせた。

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