第7話 二学期、窮地に陥る悪役令嬢

7-1 地域伝承学の授業後

 里見と瑛梨は燃え尽きていた。真っ白に。

 なぜかと言うと、瑛梨の祖父若松漸輔の帰国パーティーが大変だったからである。

 とてもとても大変だった。なにせあのお人は、宴には『一興』がないといけない、と言う哲学を持っている。『一興』とはどういう意味か聞くと、「おおっ! と思う何か」「客も主催者も退屈させない趣向」「かといて凝りすぎててもシラケる」という説明が返ってくる。

 帰国記念祝賀会ともなれば、気合いを入れてプランを練らなければいけない、というのに… …。


「2週間前に言わないでほしかったよ… …」

「正確には10日前の昼だな。手紙が届いたのは… …。会場をどうするか迷って、『自慢の自宅の庭園で宴』ってことにしたし…。庭師の人たちには無理言った」

「桔梗と竜胆の用意ができてよかったね」

「花より団子だよ。おじい様は」

「本当に、ほんとーにアレでよかったのかな? おもてなしメニューに、目の前で調理したかまぼこの一口おつまみって…。渋すぎた気がするけど」

「好評そうだったぞ? 最初は面食らってた来客の方たちも、美味しそうに召し上がっていたし、職人の包丁さばきを見に人だかりができていたし。

 一口分を楊枝で留めた、ピンチョス? だっけ。あれもずらっと並べていると華やかな見た目になっていいね。席に着く前にチラッと見ただけで、これからあの綺麗な料理を食べれるんだ! って配膳前から気持ちが浮き足立つよ。

 お筝の演奏もよかった。静謐で綺麗な、空気に溶けてゆく透明な旋律…。あの奏者はどこで見つけてきたんだい?

 格調高さを取払っい、おじい様好みの小粋な会場づくり。今回呼んだ人たちは、おじい様の趣味友達も多かったから、雰囲気は正解だったんじゃないかな。

 大丈夫、いつも里見の発案アイデアは素晴らしいよ。私が保証する」


 クールな中に甘やかさを含んだ王子様スマイルを炸裂させてくる瑛梨に、里見は顔がふにゃふにゃと崩れていく気がする。キモチワルクなってやしないかと、片手で顔を隠さずにはいられない。それを見て瑛梨はまた、相変わらずだなぁ、と思うのだ。


「活き活きしてるわねぇ〜。眼福眼福」


 机越しに地域伝承学の先生がニコニコしながら声をかけてきた。ふくふくした体型で顎に肉が少しついている、眼鏡を掛けた女性教師である。彼女に授業で使った資料の片付けを頼まれて、瑛梨と里見はもはや書庫のような資料保管室に来ていた。

 直前の時間割では、い組ろ組合同で地域伝承学の授業があった。場所は図書館。い組ろ組混ざった4、5人でメンバーで班をつくり、題目決めから自分たちで行い、9月末に2コマ分使って発表するのだ。先生から与えられたざっくりとしたテーマは「山の異形について」。ちなみに、10月に入ると今度は「海の異形について」というテーマが出されると予め告げられている。

 里見と瑛梨は同じ班に入り、ざっくりと「明治になってから」「西日本(近畿・中国地方)」「人的被害のあった事件」というキーワードを決めて調べ始めた。

 他の班員は岩槻と坂本、それとい組女子の勢登せとわかば。地域を西日本にしてみたのは、3人の出身地が洛山府、広島県、奈良県だったつながりである。

 この半端に地名がイジられている『花燈』の設定覚えにくい、と里見はずっと思っている。


「何か困ってないかしら? 坂本蒔緒君と勢登わかばさんをまとめて預けた側が何言ってるの、って気がするけれど…」

「次回で各自集めた材料を見て、複数の実例から共通点を挙げるか、どれか一例に絞って深掘りするか、決めようと思っています」

「坂本は… … … …。夏季休暇の間にまっサラに戻ってましたけど… …。ずっと山に篭ってたって、本当だったんだなぁ… …。説明すれば思い出してくれるんで、一応大丈夫です。

 勢登さんは、俺が図書館に付き添います。… …まさか、入学してから1冊も本を借りてない人がいるとは思ってませんでした」

「今までの課題どうしてたんだろうねえぇ?」


 そういう生徒も珍しくないわよ〜、ほほほ、と乾いた笑いがわざとらしく響く。


「あ、あと合間を見て勢登さんに補食おやつあげてもいいですか? 近くで見ると、思ってた以上に肉も筋肉もついてないってわかったんで」


 ついでに瑛梨が勢登の食事トレーニングの計画を立てる。親でもないのに、と過干渉な行動に思うかもしれないが、国家術師学校の生徒にとっては必須でもあるのだ。

 雨でも雪でも毎日々々鍛錬。大嵐の日は珍しい異形が観察できるチャンス!! 素材集めじゃあ!! と言って飛び出していく。国家術師学校の一部の生徒はやがてそんな立派な蛮族に成長するらしい。強い異形も殴り続ければいつか死ぬ、という思考回路が極まった術師は多いという。

 まあ、いざというときの肉盾にもならんヒョロガリ野郎に背中を預けるのは凄く不安だから、しっかり食べさせて大きく育てよう、という考えもある。いくら自分一人が強くなっても、足手まといが多かったら十全に戦えないので。


「あら、そちらでお願いできる? いるのよね、長期休みの間に十分に食事が取れなかった子。勢登さんは以前から細かったけど、他にも…」


 あ、各務原さんのことを言っているんだ、と里見はピンときた。

 確かに一学期の彼女は健康的だった。体系的な武術は習ったことがなかったそうだが、むしろ体力はある方。ハアハアと簡単に息が上がっている他の女子を後目に、余裕をもった振る舞いを崩さなかったり。

 なのに二学期最初の合同授業で見た姿は痩せ細っていていて、多くの生徒がとても驚いた。痩せすぎていて道着がブカブカに浮いていた。


「各務原さんについては、彼女とよく一緒にいる友人から相談されて助言アドバイスをしました。彼にも手伝ってもらって」

「いえ、岩槻のツテで偶然、大量に甘酒を入手できたので…」


 偶然とは、例の岩槻の妊娠中の義姉宛に大量のこうじが送られてきたことがきっかけだった。送り主は酒屋をやっている義姉の父親。甘酒は栄養豊富で身体にイイと注目が集まっている、と聞いた父親が送ってきたらしい。しかし、素早くエネルギーになるブドウ糖が大量に摂取できてしまうので、妊娠糖尿病のリスクに気をつけないといけない妊婦は逆に控えた方がいいとは知らなかったのだろう。ぶっちゃけ酒粕甘酒だったら送り返していた。結局、誰も飲まないのでお土産の一つにもらってきた、というのが岩槻の説明だった。

 じゃあ頂くか、つくり方わかるヤツいる? 俺つくったことある、と同室内でちびちび消費しようと思っていたら、調理中に先輩に見つかり、一年の誰々と誰々(どっちもチビともやしっ子。運動系の教科で毎回ひいひい言っている)にもわけてやれ、と言われたり。ここ数日、帰国パーティーの準備中も、寝る前に糀甘酒を仕込んで朝になったら温め直して配る、ということを続けている。

 というか、里見が一番飲んでいたかもしれない。瑛梨の分を持って行くときに一本、男子寮に帰ってきておかわり一本、飲んでいた。だって飲まなきゃ体力気力が持たないくらい大変だったんで。

 その様子を見られていたのだろう。いつも蒼羽子と一緒にいる内の一人が、瑛梨に何を毎日飲んでいるのか聞きに来たのだという。あ、これは各務原さん関係の案件だな、と瑛梨は察した。瑛梨の口から(瑛梨からすると里見から教えてもらった知識。里見は『現代の記憶のファイル』から引っ張り出してきた情報)甘酒の効果や、まずは規則正しい生活をして体重を元に戻すべき、という話を聞いて帰っていったらしい。

 一応確認してみたところ、過度なダイエット願望や摂食障害、その他の病気が原因で蒼羽子はああなったのではないと言い切られた。言い切れるということは、はっきりした原因を知っているということ。瑛梨も色々質問したが、聞きに来た女子生徒はそこに関しては頑として口を割らなかった。

 気になったが、蒼羽子との微妙な関係を思えば首を突っ込んでいいものやら、と迷った瑛梨は恩を売ったことで良しとしようと引き下がった。

 片付けが終わり里見と瑛梨は先生に挨拶をして資料保管室を後にする。他の生徒は皆、先に教室へ帰っているようで辺りは静かだ。

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