番外 雨月姉さんの結婚相手

 夫へのお土産、どれにしようかしら?

 お土産を売っている売店で雨月は頬に手を当て悩んでいた。民芸品の人形、装飾品や食品系ならお漬物にお煎餅。オーソドックスな品物が並んでいる。


「マリー奥様へはどれにする? 前は旦那様とお揃いの財布にしたっけ」

「毎回ここで買うから、結構選び尽くしてきたわね」


 姉弟たちにとって瑛梨の母親、マリー奥様には昔からお世話になっている、もう一人の母親のような存在。行動力と優しさを兼ね備えた立派な女性だと思う。

 後の世で朝ドラの主人公に抜擢されても不思議ではないくらいドラマチックな人生を送っているけど、「これくらいの困難、なんてことありません」と言う人である。

 一目惚れした旦那様は見る目がある、と雨月はしみじみ思うときがある。

 雨月が結婚相手を紹介したときも、鷹のように鋭い目で夫のことを頭のてっぺんから爪先まで観察していた。まあこれは結婚するにあたって一癖ある相手だったことが理由か。大事な亡き友の娘を任せて大丈夫か判断するためだったのでしょう、と推測できる。

 前回来たときにはあった、タッチが荒々しすぎて犬か熊かわからない、目線が左右でバラバラな木彫りの置物がなくなっていることに気づいた。


「えっ、アレ売れたの??」


 思わず声が飛び出てしまった口を押さえる。

 彼は結婚するにあたって、婿入りを希望していた。彼の苗字は「鹿野谷かのや」という格好よくて珍しいものであったし、女性が男性側の戸籍に入るのが普通なのになぜ? と彼にお見合いを持ちかけた人たちはたずねた。そして、聞かれる度に理由を正直に答え、お見合いの話は取り下げられる、という流れを4回繰り返した。

 精悍な男らしい顔つきに、勤勉な性格。意外と子供好き。有事に備えて鍛えられた逞しい体躯。職務では本部長が隊長を務める第一部隊に所属し、一つの班を任されている。剣の腕前は東日本支部の中でも三本の指に入る実力だった。

 そんな超好物件なのに結婚相手が見つからなかったわけは、「婿入り希望」の理由にあた。

 彼の育った家庭は国家術師だった父親と普通の人だった母親の三人家族だった。幼い頃に任務中に父親が殉職してしまったが、親切で裕福な叔母が手厚く援助してくれたおかげで、残された母子は貧しい思いをすることなく生活できていた。時が経ち、大人になった彼は父親と同じく国家術師となった。

 そして同時期に、叔母が詐欺で捕まった。裕福だった叔母の収入源は人を騙して得ていた金品だったのである。なお悪いことに、叔母のしていた詐欺が異形を使った内容だった。

 叔母は標的を決めたら、弱く見た目だけは不気味な異形を標的の周囲に。そして生活の中に見え隠れする異形に気が参ってきたところで、国家術師のフリをして接触する。偽物の異形を退けるお香やお札を高値で売りつける。仕込みに使った異形はカブトムシ程度の弱さなので用済みになった後の処分も簡単。本物の国家術師の活動が手薄な地域を選びながら、十数年詐欺を続けていた。被害総額はとんでもない額に上る。

 さいわいなのは、身近な国家術師部隊の中では彼を疑う者はいなかったことか。初対面で苗字から詐欺事件の犯人の親族と気づかれて、気まずい空気になることはあったと教えてもらった。

 大変だったのはそれ以外のところ、母親がいる実家に石を投げる者や謝罪を要求する者が現れたり、助けを求めた母方の親戚に冷たい態度を取られたり。「お前らも詐欺で奪った金でイイ思いをしてたんだろう!」と言ってきたが、元々は父親が亡くなった後の苦しい時期に「お前はよその家の人間になったんだ。○○家に助けを求めるのは筋違いだ」と母が実家から助けてもらえなかったためだ。もし、そのとき親身になってもらえていたら、叔母から生活費の援助を受けなかったかもしれない。母親は心労が祟ったのか、風邪を引いたかと思うとあっという間に帰らぬ人となる。

 詐欺事件の風評被害から逃れたい。妻となる相手が、夫が殉職し実家に頼ろうとしたが振り払われた母親の二の舞となる可能性が恐い。二点の理由から婿入りを希望している、と雨月はお見合い話を持ちかけてきた行きつけの商店街のおばさんに教えてもらった。

 それを聞いて雨月は、私ならその心配点どちらも解決できるわ、と思ってしまったのである。

 だから結婚後も雨月は「水嶋雨月」のまま。


「あ、これ…」


 見つけたのは白黒写真の絵葉書だった。絵葉書は初めて見かける気がする。

 旅館を正面から写したもの、山並みと町の両方が入るよう遠方から撮影したものなど5種類ある。白黒写真だが色彩が伝わってくるような、構図のバランスも整っており撮影者の腕が良いことがわかる。

 その内の一葉に療養所からの帰り道から見た風景と同じ構図のものがあった。

 雨月はこの景色を見たとき、自然の雄大な営みを感じて感動していた。観測される側の自然と、それを見て心を動かされる自分の側が同じ世界にあった。

 しかし絵葉書を見ていると、人間など必要ないと突き放すような、ある種の孤独感を感じてしまう。

 おそらく、この孤独感は撮影者が抱いた感情だろう。寂しいのは、弾き出されたからだ。巡っていく自然のサイクルに自分も入れさせてほしい、そう思ったのが読み取れた。

 彼はこの絵葉書を見て何と言うだろうか。

 雨月はこの寂しげな絵葉書を自分用に、旅館の絵葉書を夫用に選んだ。

 後日、夫に感想を求めたところ「強い存在に対する憧れ、かな?」という返事をもらった。


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