3-5 『花燈』を知っている理由

 たくさん喋ったので一旦休憩をとる。

『花燈』のストーリーと攻略対象、ゲームシステムについて説明しただけなのだがやけに疲れた、と里見も瑛梨も感じている。


「ねえ、今回だけ見るのはダメかい?」


 たしかに、そうすればあっという間に情報共有できる。瑛梨の言う方法に、ちょっと心が揺れる里見だったが、グッと我慢して断る。


「ダーメ。おじさんに禁止されてるでしょ。『魂の結びつき』を辿って直接相手の記憶を見たり魂同士を触れ合わせ続けてると、いずれ境界線がわからなくなっちゃうって」

「ちょっとだけでも?」

「口紅じゃないんだから」


 言いながら、ぐいぐい詰めてくる瑛梨を手のひらでやんわり押し返そうとする内に、だんだん押し相撲のようになってきた。

『魂の結びつき』とは文字通り、両者の魂同士が肉体というバリアを透過してつながり合うことである。肉親同士(双子や三つ子、母と子などの組み合わせがありうる)が生まれつき備えていることも、後天的に他人同士でつながりが生まれることもある。

 里見と瑛梨は後者だ。これが原因で国家術師養成学校に入学することが決まったようなものである。結びつきが強いときは、声に出さなくても考えや感情が瞬時に伝わるし、風景や音といった記録も伝えられる。デメリットもある。強い結びつきを長期間維持していると片方の不調に引きずられたり、魂と肉体の正しい組み合わせがわからなくなったり。

 2人は今いる家の持ち主でもあり、里見から見て父親のいとこである国家術師のおじさんから、耳に胼胝たこができるほど『魂の結びつき』の利点と危険性を聞かされていた。今でも『魂の結びつき』の強度を調節する一対の呪具をお互い身に着けている。失くしたら即危険な状態になるという訳ではないが、十割自力で適切な強度を保てと言われると、まだまだ無理なのだ。

 里見と瑛梨の場合、さらに特殊なことに片方が『現代の記憶のファイル』なんてシロモノを抱えている。瑛梨は『魂の結びつき』を通じて『現代の記憶のファイル』の中にある『花燈』についての情報ページを見せてほしい、と言っているわけである。

『魂の結びつき』を得たのは、7歳のときに2人して池に落ち、生死の境をさ迷った事故がきっかけだった。三日三晩、目を覚まさず時折うわ言を漏らす我が子らに、家族たちは心労で倒れそうだったという。本人たちは溺れた衝撃で魂が抜け出してしまった状態だったわけだが、早く身体に戻らないと危ないとわかっていない子どもの魂は、あちへフラフラこっちへフラフラと遊び回っていた。剥き出しの子どもの無垢な魂同士が遊びながらくっつき合ったことで、『魂の結びつき』が里見と瑛梨の間に生じた。

 もし、国家術師であるおじさんがフラフラしている2人分の子どもの生き魂を保護しなかったら、身体が衰弱死し、つられて魂も自然消滅していただろう。

 このとき瑛梨は里見の魂に付属している『現代の記憶のファイル』を覗いてしまった。故に瑛梨は前世など持たない、この『花燈』の世界の住人でありながら、乙女ゲーム『花燈』のことを知っているし、里見の100年以上先の話題にもある程度ついていけるのだ。

 ドテッ


「「あ」」


 隙を突かれ、瑛梨に押し負けて里見が後ろ向きに倒れる。ぶつけそうになった後頭部は咄嗟に瑛梨が手を差し入れたおかげで無事だった。


「ごめん!」

「大丈夫。そっちこそ手痛くない?」

「うん、全然。… …」

「… … あの、降りよう??」


 里見が瑛梨に上から降りるように促すが、何を考えているのかわからない真顔でジィーっと里見を見下ろしている。上から長い三つ編みにされた銀髪が垂れ下がってくる。

 今の2人の体勢は里見が正座が崩れて仰向けに、瑛梨がそれに覆い被さるかたちで里見の頭の横に手をついている。片手は里見の頭と畳の間だ。瑛梨がしっかり膝をついているのでギリギリ密着はしていない。

 瑛梨がニイッと口角を上げる。それはまるで、もう逃げられないぞ、とでも言うかのような意地の悪い笑みであった。


「あっ、コラ! 見ちゃダメだってば!」

「ふふふ、逃げられるものなら逃げてみせなさい」

「同意なしの行為は最低だぞ! ァッ、え、スケベ!」


 親が子の熱を測るときのように、2人の額と額が触れ合いそうになった。そのとき。


「オ゙ッホン゙!!」


 開け放していた縁側の外からわざとらしい大きな咳払いが響いた。


「そば、れ゙きたぞぉ。はよ食え゙」

「「… … … … はい」」


 16にもなって子猫か子犬のような巫山戯合いをしている姿を見られた恥ずかしさで顔を上げられない里見だったが、せっかく用意してもらった昼食を頂かないわけにはいかない。目を微妙にそらしつつ、お盆ごと2人前の丼を受け取る。


「ほぉ゙ら゙よ」

「ありがとうございます。いただきます」

「お゙めぇら、あ゙ーゆーどきはぁ、外がらみ゙えねー、よぉにしろ゙よ」

「うぅ、もうしませんってば。初等科以前の子どもじゃないんですから」


 ダメだこいつわかっちゃいねぇや、という目で里見を見るお隣さんだった。ちゃん意味が通じてない。

 ちなみに、お蕎麦はかまぼこと葱がのったシンプルなものだった。


 ※※※※


 さてお昼も食べ終え、作戦会議を再開する。

 ゲーム及びアニメの『花燈』と現実との違いが色々出てきた。語られてなかった部分が「実はそういう没設定、隠し設定がありました。容量の関係で省かれました」というのなら、まあ納得できる。

 しかし、柳静や晶燁、遠足でヒロインが手に入れるはずだった御守りの件は明らかに大きく変わっている。これは原作改変、というやつだろうか。前世の姉がちらっと口にしていたような気がするワードが里見の脳裏に浮かんだ。

 色々あるが里見個人が気になる一番の相違点は、春菜と同じ組に瑛梨がいることではないだろうか、と思う。里見は瑛梨のことをまじまじと見る。

 性格は鷹揚闊達、家族思いで弱者に優しい。しかも剣の腕は男子並み。実家も太い。

 銀髪蒼眼。瞳の色は矢車菊のような鮮やかな青色だ。肌は雪花石膏アラバスターのように白く滑らかで、目鼻立ちが彫刻像のように整っている。

 あと、胸が豊かだ。さっき覆いかぶされたときには里見視点だとエラい光景になっていた。この時代では着物が綺麗に着れない、柳のようにほっそりとしたシルエットの女性が美人の条件、という理由から豊満な身体つきは人気が低い。実際の昔の日本と違って胸を性的なパーツとしてみなさい、というまではいかないが需要はめちゃくちゃ低い。下着の進化が進んでないのも理由の一つかもしれない。

 改めて、なんて属性過多な幼馴染なんだろう。正直コレとヒロインを同時に視界に入れて、攻略対象が揃ってヒロインの方を選ぶのは説得力に欠けると思う。


「そもそも、上野さんって影薄いんだよね…。山本さんの影に隠れちゃってる。ヒロインならもっと目立ったり、噂になったりすると思ってた」


 何だったら里見は、い組は可愛い系のヒロイン春菜と綺麗系の瑛梨の二枚看板で話題になると思っていた。実際に男子の間で人気のある女子(女子生徒には絶対秘密の人気投票が行われた。知られたら半殺しは確定である)は、花井、伊井田の妹あたりなのである。集団に埋もれないが突出し過ぎない個性があり、大人しい、もしくは聞き上手そうなタイプ。吾妻のようなイケイケのモダンガールは男を見る目が厳しそうだし、瑛梨のようにザ・異人というタイプは例外すぎるらしい。交際相手≒結婚相手という時代なので、お付き合いする女の子は気が強くない方がいいと思う者が大多数だ。

 里見はそれとなく、上野春菜はどうか? と振ってみた。ろ組は誰かわからない、い組の男子はいつも喧嘩してる女子2人の片方にくっついてる子という認識がほとんどだった。少数が、あの子はちょっと、と濁していたのが印象に残った。

 逆に里見も質問された。「若松瑛梨さんは婚約者がいるのか?」「実業家の若松 漸輔ぜんすけの血縁者なのか?」「普魯西プロイセン仏蘭西フランスの王室の血が流れてるって本当?」つまり、若松瑛梨お嬢様はどんなお人なのか、という好奇心旺盛な質問。里見が全部本人に聞きな、と返すと「ムリムリムリ!!!!」と全力で拒否された。直接本人に聞くのが難しいならい組の女子に聞けば? 、と言うと「出来るか!!!!」と叫ばれた。可哀想に思った里見は一問一答で答えてあげた。


「上野春菜さんはねぇ、今のところ教室でも女子寮でも山本さんとべったりだよ。たまに各々が別々に誘われても、特に交友関係広まってないみたいだ。

 …遠足の日のことを謝りにいったんだが、取り付く島もなかったよ。礼節として、泣かせてしまったからにはゴメンの一言がいるだろうと思って。あと、できれば里見との関係をちゃんと説明させてほしかったんだけど…」

「上野さんが人間関係を築くのが下手くそな人物だとしたら、余計に距離を置いた方がいいと思う。常識として。何か瑛梨は気にかかることが?」

「うーん、すまない、上野さんが気になるのはただのカンだ。こちらが関わらないようにしても…」


 向こうが放っておいてくれない、罠だとわかっているのに誘いに乗らなきゃいけない、そんな感じがする。そう、瑛梨がカンを言葉にする。全てただの思い過ごしであればいいのだが。

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