第3話 乙女ゲーム対策会議

3-1 おじさんの家

「「こんにちはー」」

「お゙ゔ」


 里見と瑛梨の揃った挨拶に、ダミ声の男性が返事を返す。

 今日の日曜日は2人で里見の親戚の『おじさん』の家に来ていた。正しくは、掃除をするという名目でおじさんから許可をもらって留守宅を使わせてもらう、だが。先程のダミ声の男性は隣人だ。普段の管理を任されている。鍵を受け取っておじさんの家に入る。

 2人は手分けして雨戸を開けたり、台所や便所を確認したりする。動きやすい学ランとセーラー服の制服で来ていたのでテキパキ動ける。元々長期間使われないことが前提の小さな家である。前回の使用後きちんと片付けられていたらしく特にゴミなどはなかった。

 パサパサとハタキをかけ、、ササッと埃を掃き出し、拭き掃除をして縁側の掃除は終わり。乾拭きをして立ち上がった里見は、目線よりちょっと下くらいの障子の桟に埃が積もっているのを発見した。上から下にという掃除のルールから外れるが、気づいてしまったんだしやっておくか、ともう一度濡れ雑巾を手にする。


「お゙お゙い!」


 塀越しにお隣さんが声をかけてきた。


「はーい。何ですかー?」

「い゙る、わ゙ぁ、どーすん゙だ?」

「決めてませーん」

「そば、ゆ゙でてや゙る」


 ありがたい申し出なので、頼むことにする。

 家の奥を担当していた瑛梨が顔を出す。


「このくらいでいいんじゃない?」

「わかった。掃除道具片付けてくるから、雑巾かして」

「ありがとう。じゃあ、豆火鉢の用意しておくよ。居間でいいかい?」


 瑛梨が火を入れて鉄瓶を沸かしてくれている間に、裏の井戸で洗い物をする。乾いたら仕舞おう。

 居間に戻ると瑛梨が座卓に座布団を並べ、話し合う準備をしていた。鉄瓶のお湯はまだ沸いていないらしい。お盆に湯呑みと急須のセットが乗せられていた。

 里見も鞄から自分の授業用の筆箱と、のりや色鉛筆や図形テンプレート定規、スピログラフ定規等々が入った筆箱を出して準備する。

“Walkthrough Note(手引きノート)”と書かれた1冊のノートと覚え書き用に裏が白くていらなくなった紙を切ったものも出す。


「前より表紙の飾り付けが増えた?」

「うん。こういうの楽しいから、つい。余白があったら縁飾りとか描いちゃうんだよね。パッと見たときわかりやすくできるし、子どものおもちゃと馬鹿にできないよ」

「これとか。地味にロングセラー商品だものね」


 瑛梨は図形テンプレート定規とスピログラフ定規を手に取ってしみじみと言う。7歳の里見が手先が器用な父に頼んで小刀と余り物の厚紙で作ってもらったお遊び用の定規は、水嶋兄弟と瑛梨がそれで遊んでいたところを瑛梨の祖父が見出して商品化された。売り出されると瞬く間に子どもたちの間に浸透した。

 あのときの事は今でも覚えている。自分たちの些細な遊び道具が売り物になり、あっという間に人気が出たときの皆の誇らしげな顔。狙いが当たってホクホク顔の瑛梨のおじいさま。翠瓦邸すいがていのおじいさま、みどりの家のおじいさまとも呼ばせてもらっている瑛梨の祖父に「何か欲しいものはあるか? 何でもあげよう」と言われたときの事を、里見は一生忘れることはないだろう。

 里見は意識を思い出の中から現実に戻す。今日この家を借りたのは、秘密裏に乙女ゲーム『花燈はなあかり』について話し合い、今後の対策を立てるためであった。


 ※※※※


「まず、『花燈』という物語について確認しよう。ゲーム機?やあにめ?、というのは今でも理解できていないが、恋愛モノの物語が絵や文章、音楽付きで楽しめるということまではわかっている。あと、弁士のように登場人物に声を当てる声優という職業があって、人気のある者を配役すると売れ行きがよくなる、とも言っていたな。昔、里見が教えてくれたゲームブックという遊びの本のように、選択肢によって物語の展開が変わるんだろう?」

「うん、色々覚えてくれてたんだね。ゲームは入学式からストーリーが始まるから、まだ中盤にもなってない時期だと思うんだけど…」


 里見は手元に表紙に手描きで蔦や花を描いたノートを引き寄せる。斜め向かいに座った瑛梨に時系列を図示したページを見せる。

 このノートは、里見がこの世界が『花燈』の世界だと気づいてから、ストーリーやイベント、ゲームシステム、キャラクターの情報などを書き出したものだ。思い出せる限り頑張ってみたが、里見はゲーム版は姉がプレイしていたのを横で眺めていただけ、ちゃんと最初から最後まで見ていたのはアニメ化されたフレンドリーで明るくて活発な先輩キャラのルートのみである。不安は拭えないが、時系列のページを見ながら説明する。

 1ページの真ん中に縦線を引いて、左側にゲーム内で起こるイベントを並べ、右側に実際に体験してわかったことを書き込んでいく形にしてある。1ページを1年分として5年分なので5ページ使っている。今は右側はほぼ空欄だ。ゲームは1〜2年目が第一部、4〜5年目が第二部とわかれている。とりあえず、第一部1年目までのストーリーをなぞろう。

 1年目の大きなイベントは5月の遠足、7月の海開き、8月の納涼祭、10月の服飾芸術祭、12月のクリスマス、3月の料理会。アニメではその間を埋めるように細々とエピソードが挟まれていた。また、学園物なので定期考査もイベントの一種になっている。


「遠足は終わったな。次は7月か」

「あ、大きなイベントがコレだけで、好感度を上げるために毎日ログイン…、キャラに挨拶をしにいくとか、街に出てアイテム探しをするとかあるよ」

「そうなのか。ところで、『本来の』5月の遠足では…。上野さんに各務原さんが意地悪な悪戯を仕掛ける、と。間違った登山道に進んでしまった上野さんは迷い、古びた祠を発見。祠に置いてある御守りを手に入れる、のか…。祀られてる御守りって勝手に持っていったら祟られそうで、ダメな気がするけど」

「そうなんだけど創作の物語だから…。それと、その古びた祠だけど…、どのみち上野さんが御守りを手に入れるのは無理だったかな… …」

「なんで?」

「これには深い訳が、後で話させて…。

 ごっちゃになっちゃいけないから、『花燈』の登場人物を指すときと現実の人物を指すときで、呼び方を分けよう。『花燈』の中のことを言うときは『ヒロイン』、現実のあの子は『上野さん』で」

「わかった」


 順番に1年目に起こるイベントについて、どんな内容か里見は説明した。3月分まで説明し終わると、一旦里見は話を止め、口を飲み物で湿らす。前々から考えていたことを口にする。


「あっちはあっち、自分たちは自分たちって感じで放置しちゃダメなのかな? 俺は瑛梨と一緒に学生生活を楽しむことを大事にしたいなー、って思ってるんだけど?」


 対策を講じるも何も、お互いただの国家術師見習いとして過ごせばいいのではないのか? 春菜が『花燈』と同じように複数の異性相手に恋の駆け引きをしてもしなくても、春菜の自由だ。


「5年目に起きるラストのイベント、帝都中を巻き込むものだろう?」

「その対策だけはするよ。おじさんに危険人物の可能性アリとしてラスボスを通報するし、学校に潜入する手下キャラのことも知らせる。何より自分自身を鍛えて帝都を守る術を手に入れる。逆に、それだけで良くない?」

「物語の筋書きを変える、という方法はとらないのかい?」

「あっ、それは…、既に齟齬が出ているというか…。さっき、古びた祠の御守りの話になったでしょ。その祠、木曜日に男子が壊しちゃったんだよね。御守りごと…」

「はい?」


 視線を逸らしつつ、里見が経緯を説明する。

 女子の遠足日の前日、男子の遠足日だった木曜日。男子たちもえっちらおっちら山道を歩いていた途中、端に寄りすぎて足を滑らせた生徒と、助けようとして一緒に滑り落ちた生徒がいたのだ。辺りは騒然となったが幸いにも2人とも、下敷きになった腐りかけの木造の何かがクッションになり大した怪我はなく済んだ。たまたま保健係だったので引率の先生に指名されて事故現場駆けつけた里見は、下敷きにされ粉々になった古びた(元)祠と御守りを見て、まさか、と思った。そうしたら『現代の記憶のファイル』が開き、設定資料集にあるものと一致すると突きつけられたのだ。


「そんなの、ありなの…?」

「他にもね、攻略対象の男性陣に変化があったりするんですよ」


 現時点で、早くも原作のストーリーから外れ始めているように見受けられる。

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