2-4 輝く薫風のような少女たち

 やってしまった、と瑛梨は深々とため息をつく。あんなにキツく言うつもりはなかったのに。修行が足りないと反省する。


「そんなに気にしなくてもよくない? 早めに本音が聞けてよかったと思って、忘れちゃいなさい。あの人たち、貴女のこと『日本のことに疎いぼっちの外国人』って思ってたみたいだし。貴女と話す私たちの姿は目に入ってなかったみたい」

「山本櫻子さんねぇ。だいいち、真にサバサバしてる人は好意からといえど。他人の人間関係に口出ししないものよ。面倒くさいから」

「元気だして〜。

 そうだ! 美味しいスイーツを食べに行こうよ ! 悩みは甘いものを食べて吹っ飛ばすのが一番だもん」


 同室の者たちが三者三様に慰める。強気な吾妻、おっとりと見せかけて腹黒な花井、色気より食い気の鷹川、それぞれ個性的な3人だ。ここに異国風武道少女が加わるので、個性がとっちらかった部屋と密かに言われている。

 彼女らと比べると、やはり櫻子と春菜は仲良くなれないと感じる。相手を尊重する気持ちが伝わってくる、こういう付き合いがいいな、と思う瑛梨だった。


「で、いつ行こうか? 明日はどお〜?」


 自分が食べたいのが理由の一番にあるんじゃないのか? 鷹川が予定の確認をしようとする。


「明日!? ええー、元気過ぎじゃない? アタシ、絶対、筋肉痛になってる」

「同じく、私も明日は階段の昇り降りで挫けると思います」

「筋肉痛は少し動いた方が早く治ると言われているぞ」


 吾妻と花井が山登りの疲れを訴えているが、まあ、この調子なら明日の午前は寛ぎながら過ごして、午後3時を目安にカフェへ出掛けようという予定落ち着きそうだ。

 翌日、里見に女友達と出掛けたい旨を伝えると、馴染みの教会へ顔を見せに行く予定は里見ひとりで済ませると請け負ってくれた。


 ※※※※


 帝都のここ1、2年前にできた純喫茶の中で有名な『喫茶三日月館』。ここは若松家が展開している事業のひとつである。入り口が通り沿いと違う側面にあり少し見つけにくく、店内の照明やレコードの音楽は控えめな、落ち着いて過ごしたいお客さんに好評のお店だ。他にも、三日月館は季節ごとに限定メニューを出したり、模様替えを行ったりして他の店と差別化を図っている。

 通り側の壁にはアーチ型の硝子窓。日光が差す席影と影になっている席の2種類がある。読書がしたい人は明るい席、ゆっくりくつろぎたい人は影の席と、お客さんは好きに選べる。

 明るい席の内のひとつに瑛梨たちが座っていた。平日の制服(術師学校の制服は女子はセーラー服、男子は学ランだ。帰省以外の外出時は徽章を身に付けることが定められている)と違って今日は私服姿だ。制服でいいか、と考えていた瑛梨と花井だったが、吾妻の強い押しに負けてあーでもないこーでもないと、少ない寮に持ち込んだ衣服と装飾品を前に悩んだ。その間に、吾妻は鷹川の身だしなみを完成させていた。前日は休みたいと言っていたのに、一番乗り気になっている吾妻だった。

 バッチリ決めた4人の少女は薫風が人の形をとったよう。歩けば軽やかに、くすくすと肩寄せあって囁き合えば、小さな花がくっついて咲くカルミアの花のように。思わず見蕩れる若者は街頭にぶつかる。それ程までに、少女たちはレベルが高かった。

 背の高い吾妻はボブスタイル、いわゆる『断髪』した短い髪型をしている。華奢な首筋や顎の輪郭や、着物の襟にもつかないくらい短く切りそろえられた髪のすそと横顔の並びが美しい。小紫色の地に大胆に花扇が舞っている柄の着物と、白いクチナシの花が描かれている帯のコーディネート。

 一番背が低いのに、最も髪が長い鷹川は髪型を凝らしている。前髪と後ろ髪の境い目でカチューシャのように編み込みをつくり、残りの後ろ髪はクルクルとコテで巻いてフワフワに流している。一糸乱れぬまとめ髪が主流の中では、かなり砕けたスタイルである。製作者は吾妻。鷹川の持つ、明朗で幼気いたいけな雰囲気と合っていていい。三毛猫が描かれている半巾帯を締めているのだが、鷹川の一番のお気に入りの帯である。

 花井は4人の中では抑え気味に見える。着物も帯もさして新しそうではないし、髪型も、前髪を簡単にコテで流すように動きをつけているのみ。しかしよく見てみると小物を揃えてきている。袴の腰紐に留められた白薔薇の根付けがワンポイントになっている。半衿は土台の生地に重ねたチュール生地に黒い蔓薔薇が刺繍されたもの。そして、パンプスを履いた足首のストラップにも小さく白薔薇があしらわれている。全身を俯瞰で見ないと気づかないかもしれない。

 ちなみに、半衿の刺繍は花井の手作りである。時間はかかったが、ちくちくぬいぬい頑張って納得のいくものができた。今は作品を見た吾妻にリクエストされ、色違いの赤い蔓薔薇の半衿もつくっている。

 最後に、外国人にしか見えない瑛梨が新橋色の綺麗めワンピース。唯一の洋服姿だ。七分袖のパフスリーブや白い丸襟がフェミニンな雰囲気で可愛いらしい。ウエストの細いベルトでアクセントをつくっている。普段は三つ編み一本に束ねられている銀髪が両耳の上でラジオ巻きにされている。彼女は困ったらブルー系グリーン系を着ればいいと思っていて、確かに似合ってる。

 各々運ばれてきた甘味に舌鼓を打つ。

 吾妻と花井と瑛梨はどら焼きを、鷹川だけ2段重ねホットケーキ。

 洋風の喫茶店でどら焼きはミスマッチかもしれないが、紅茶にも珈琲にも、結構合う。普通のつぶあん、特製小倉あん、クリーム&カスタード、抹茶クリーム、先日までは期間限定白あんといちごが入ったどら焼きも置いてあった。


「美味しいよぉ〜」

「そうか、甘味開発部門の人に言っておくよ。友達が凄い褒めてたって」

「まあ! でしたら私からは客席の飾り付けが良かった、と伝えてくださいな。新しいコースターも素敵ね」

「いつ来ても清掃が行き届いているのは凄いわ。他のお店ってもっと床にモノが落ちてるもの。あと煙草臭いし」

「貴重なご意見ありがとう。それも伝えておくね」


 紅茶のストレートやミルクティーを味わう。どら焼きを手で割って口に運ぶ3人。ホットケーキは吸い込まれるように鷹川の口に入ってゆく。

 学校の噂話や色々教えてくれる先輩のこと、時々恋の話しをしたり。時間はあっという間に過ぎて、入店してから1時間ほど経ったときだった。


「あっ!」

「あら」

「ん?」

「ほらお迎えが来たみたいですよ」


 つんつんと瑛梨の腕をつつき、花井が後ろを向くよう促す。

 何だろうか、と瑛梨が振り向くと、硝子窓越しにヒラヒラと手を振っている里見が立っていた。途端にぱあっと曇っていた気持ちが晴れた。我ながら現金だなあ、と呆れる。


「すまないけど、先に…」


 友人たちに中座することを謝ろうとすると、途中で「いいから、いいから」と遮られる。さっさと行きなさい、と言わんばかりに手を振ってくるので、食事代を置いて席を立つ。


「本当にごめん!」

「いいよ〜。いいもの見れたから〜」


 お言葉に甘えて出入り口に向かう。

 教会から出発して学校に向かうなら、三日月館に寄ると遠回りになるのに、わざわざ来てくれたのだと思うと嬉しい。普段はどっかへ行ってしまっている、乙女心なるものがここぞとばかりに主張している。

 ところで、鷹川が言っていた「いいもの」とは何だろう?


「瑛梨ちゃんは水嶋ちゃんを見つけたとき、一番いい笑顔になるんだよね。ちょっとわんこっぽいけど」

「わかります。輝いてますよね、顔全体で」


 吾妻が瑛梨の置いていった食事代を数える。


「あらあの子、多めに置いていったのね。…帰りにクッキーでも買えそうよ」

「非常食だ〜!」

「非常食、ではなくて夜のお勉強のお供です」


 店の落ち着いた雰囲気を壊さないように、でも明るくキャッキャと盛り上がる女学生たち、という光景は店内にいた他の客や給仕の心を和ませてくれた。照明を抑え気味の店内で、硝子窓から差し込む光で3人のいる一角が浮かび上がって見える。まるで、若々しいエネルギーによって彼女たちが内側から輝いているかのように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る