第6話







獰猛な獣ですら逃げ出すこの殺伐とした空気。張り詰める空気はまさに刃の如く。

どろりと黒い泥を魅せる瞳をこちら、俺の腕の中に収まる女性に向ける美少女、カンザシと呼ばれた少女。そして俺の腕の中に収まる、未だ名前を聞いていないが恐らく俺と歳が近いであろう女性。こちらはさっきまでの空気に水を差されたせいか、冷ややかな視線をカンザシちゃんに向けている。


まさに猛獣と猛獣の睨み合い。動かない両者だが、既に彼女達の脳内では幾星霜のシュミレーションが繰り広げられ、最適な道筋、最良な行動パターンを導き出して相手を倒すという結果を生み出そうとしているところだろう。


お互い丸腰だが、2人の形相からして取っ組み合いになる事もあるだろう。今にも地を蹴って飛び出そうな勢いだ。



「……再度聞く。それは合意の元ってことでいいの?」


「見て分からない?」


「見て分からないから聞いている」



より空気が鋭くなった。腕の中に収まる女性は、目の前の少女にまるで自慢するかのように微笑する。



「この前ルコアは言った。診断の結果彼は喉をやられて喋れないと。でも彼が身体を起こしているということは身体の状態も戻ったということ。ならば、彼から了承を得たという説明だけが聞ける。さぁ、合意なのか否か、どっち?」


「……カンザシ、落ち着きなさい。そうやって殺気立つのは頂けない。私はそんな教育した覚えは無いけど?」


「質問を質問で返さないで!!貴女は私の質問にはいかいいえで答えるだけなのよ!!」



かなり怒っている。いや見ればわかるが。怒りに身を乗っ取られそうなカンザシちゃんと、何処までもドライに冷たく接する女性。お互いに譲らない雰囲気だ。


というか、ひとつ気になったのだが。どうしてではなくの方に怒りを向けられているのだろうか。普通、こんな状況なら俺に矛先が向けられる筈なのだが。



「……答えはノーよ。それはそうよね。だって彼まだ喋れないんだもん。身体は少しばかり治ったみたいだけど、声帯はまだのようね」


「……ルコア、どうしてそこまで冷静でいられるの?この状況、圧倒的に不利なのは貴女でしょ?」



俺じゃないのか?



「……ふふふっ。カンザシ、いい事?バレなきゃ罪じゃあないのよ。誰の所有物でも無い彼は、間違いなく狙われる。お金の無い人男に飢えた人子供が欲しい人。彼の存在が知れれば間違いなく血眼になって彼を自分のものにしようとするわ」



ギュッと、彼女━━━ルコアと呼ばれた彼女は、俺に身体を更に預けてくる。むにゅんと俺の胸板で潰された乳房が柔らかい。

その姿を見て、カンザシちゃんは更に表情を曇らせる。



「だから、私達が彼を守る。私達の所有物にすれば、私達は幸せ彼も幸せ。お互いウィン・ウィンの関係だと思わない?」



所有物とは?俺は誰かの所有物になるのか?なんの話しをしているのか全く分からないのだが?


困惑する俺を他所に、ルコアさんは俺の頬を撫で回し、すぅーっと何故か首元に顔を埋めて息を吸った。役得だが何故今こんなことを?



「……だからって、そうやって抵抗出来ない彼を好き勝手にするのは駄目。男性なんだからもっと丁重に扱うべき」


「こんな体勢になった理由分かる?彼が私を抱き締めたのよ?男性である彼が、私をよ?こんな醜い私に彼は抱き締めてくれたし、あろう事かきき、キスまで……っ!!!」



舞い上がるルコアさん。さらに目付きを鋭くしたカンザシちゃんは、両手を合わせて姿勢を低くした。



「……許さない。許さない許さないっ。絶対に許さないっ!!ルコアっ、貴女は絶対に許さないっ!!」


「……お互いに甘い蜜をすすろうって誘っているのに何?これは自分だけのものって言いたいわけ?……はぁ、残念ね。義理とはいえ娘の為だと思っていたけど、ここで始末しなきゃいけなくなるなんて」



おいおいおいおいっ。なんだか不穏な空気なんだが?如何にも血みどろの展開が起こりそうなんだが?

流石に美しい女性達が血に染る姿なんて見たくは無い。女性とは常に美の象徴。男には無い花を持って佇んでくれる姿がいいのだ。

昔湖の辺で幼い少女2人が輝く湖をバックに身を寄せ合い唇を合わせて交合っていた光景を思い出す。いや、あればよかった。なんだが胸が熱くなる感覚があった。男女の交合いとは違う、まるで見てはいけないようなものを見るような感覚。背徳感、と言えばいいのか。なんだかそれが無性に良かったという印象がある。

別にすべての女性がそうであれという訳では無いが、仲良き事は美しいとも言う。喧嘩別にやってもいいが、血を流すものはやり過ぎだ。それが起きる前に止めなくてはならない。


この抱き心地は名残惜しいが、また今度抱き締めさせてもらおう。


俺は彼女を椅子に座らせ席を立つ。俺の行動にルコアさんは驚愕と絶望を混ぜたような表情に豹変するが、そっと頬をひと撫でする程度に済ませ、ゆっくりとカンザシちゃんの前に立つ。



「……えっ、あっ……えっと……」



俺の行動に彼女もよく分からないのかしどろもどろになっている。だが安心して欲しい、俺もよく分からない。どうしてこの場に立ったのか、あんまり深くは考えていなかった。


ふむ、どうしようか。ぶっちゃけ俺が彼女に何ができるのかよく分からない。というか喧嘩の発端がよく分からないのだが。

俺の取り合い、のような気がするが、イマイチその理由が分からない。美女に取り合われるのは男としては最高なのだが、喧嘩までに発展するのは俺としても良心が痛む。


彼女を少し観察してみよう。彼女は俺を視界に入れたまま微動だにしていない。あれか、警戒されているのか?成程、という事はまず警戒心を和らげるのが先決かな。さてどうすれば。


ふと、思考を巡らせていた時思いついた。確か動物の中に、敵意が無い証明をするために弱点である胴体を相手に見せると。

これだ、これしかない。俺はそう思うや否、徐に服の裾を持ち上げる。



「「……えっ?」」



カンザシちゃんとルコアさんの声が重なったような気がしたが、そんな事よりも。俺は上半身に纏う衣服を脱ぎ捨て、上半身を外気に晒した。そして両手を広げ、カンザシちゃんに敵意が無いことを証明する。

完璧だ。声が出せなくても、ジェスチャーだけでこれだけ出来ることがあるとは。

さぁカンザシちゃんよ。俺の想いを受け取ってくれ。



「……何これエロすぎっ」



……おや?何やら違う反応が返ってきたが、俺のことは理解して貰えただろうか。

さぁ、さあさあ。これで仲直りですね。ルコアさんと仲直りでもおやぁ?



「……こ、これが、父性……っ。この包容力、堪んない……」



な、何故か抱き締められているのだが。何が起きているのだろうか。



「あーっ!!カンザシ私の事棚に上げて自分も堪能してるじゃない!!」


「……ふんっ、これは私の私だけの……。ふぁー、男の人だぁ………」


「カンザシっ!!早く離れなさい!!」


「ルコアだってずっとしてたでしょ!!今は私の番よ!!」



……えっと、修羅場回避かと思ったが修羅場に結局なるんだな。

取り敢えず俺は棒立ちしてわちゃわちゃとしている美人2人に取り合われるこの状態を楽しもう。







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