第5話









産まれてこの方十数年生きてきた中で、女性を泣かせた経験は数知れず。ぶっちゃけ何故君達は俺に涙するのかと疑問に思う日々ではあったが、今回は目に見えて俺に非がある。罪悪感が凄い。


声は出ない体も上手く動かせない状況で、一体彼女をどうやって慰めようかと考える刹那。昔泣き虫だった幼馴染に言われた言葉を思い出す。



━━━━━男女関係無く、悲しみに浸る人には寄り添うのが一番。



彼女は俺が仮面を取ったことで涙を流した。状況的には俺は彼女の逆鱗に触れて涙していると思うかもしれないが、彼女は怒っているという雰囲気では無いと思う。

俺の勝手な解釈だが、怒っている人はその怒りを口にする傾向がある。罵詈雑言を吐き、親の仇を前に憎しみを込めた表情を浮かべるような表情になるはずだ。

逆に悲しみに暮れる人は静かに理性を崩す。いつの間にか泣いていたという言い方がいいだろうか。兎も角、感情の起伏の差で判断できるそれは、俺が判断するには十分なものだった。



かつての仲間がやってくれたように、そっと手を握る。手まで動かせる程には力はまだ残っていたが、如何せん握ると言うより触れるというところ。


彼女は触れた瞬間ビクッと驚いていたが、やがて俺の手に頬擦りするように顔に俺の手を運ぶ。

言葉は出ないが、俺は謝罪の念を精一杯送る。せめて彼女の涙が止まるように。



「………優しいな。男性が触れてくれるなんて……」



涙を零しながらも、少しだけはにかむ彼女に内心ホッとする。

サラサラの髪が時たま手の甲を撫で擦り、スベスベで少しもっちりとした柔肌の刺激が掌を覆う。

なんだろう。とても親近感が湧くな、飼っていた狼に。このなつき具合といい、頬擦りする感じといい、死んだあの子の事を思い出す。成程、矢張りあの子は今も俺の中に生き続けていてくれるのか。不甲斐ない飼い主ですまなかったな、せめて安らかに眠ってくれ。


両手で包まれているからあまり手の動きを変えることは出来ないが、彼女がその分動かす為少し肩や手首の関節がズキズキ痛む。止めさせようにも、彼女を様子を見る限り止めさせて貰えないだろう。



というか、彼女はどうしてこんな表情をしているのか。涙は引いた、しかし表情がなんだか蕩けきっている。なんだろう、発情期に見た雌猫のような表情だ。ちらっと気になって視線を下げてみたがやはり。俺の予想通り、椅子に下ろした腰を少しくねらせている。


あれだ、完全に発情期と類似してる。あ、なんか彼女の頬辺りが湿ってきたぞ。汗かいてる?こりゃ完全に発情期じゃあないか。


見た感じ彼女は人間のように見えるが、中身は別なのか?猫とか兎とか、でも混ざっているのだろうか?

確かに、彼女の身体は女性の中でも群を抜いて整っていると言えよう。俺以外の男であれば間違いなく押し倒しているに違いない。俺も万全な身体であるならば口説き文句の一つや二つ、似合わない口調で吐いたかもしれない。


男というものは単純で、女がこんな雌の表情を晒せば後は欲望のままに。押し倒してマラ突き刺して無責任射精。極上の雌を支配するという優越感に浸りたい男にとって、彼女はまさに極上の存在だ。

腹を空かせた人が食事を前に止まっていられるか?そういう事だ。

今は立たせることすらままならないが、俺もきっと理性が崩壊するぐらいには情緒不安定になっていたのかもしれない。いやはや、怪我していてよかったと思えた日は今日まで無かった。



「……ねぇ、素敵な貴方。私のこんな醜い姿でも優しくしてくれる素敵な殿方。……これから私、貴方に酷いことするかもしれない。……許されない事をするかもしれない。だけど、……だけど。どうか私を許して欲しいっ。貴方のせいにはしたくないけど、私は今貴方に狂わされてしまった。これは、そうね……、責任を……取ってもらいたいの。取らなきゃいけない責任。……お願いね?」



チュッと、俺の指1本1本にリップ落とす。柔らかい唇がすぼめられてより可愛らしくセクシーに。ペロリと掌を舌で舐めた彼女は、その豊満な乳房に俺の手を抱き抱えるように谷間にはさむ。ポヨンと弾力のある感触が腕を両側から挟み、感触的にも視覚的にも眼福な光景が広がった。



「……男性なのに逞しい腕。私の胸じゃ収まりきらない……。凄いわっ、夢見たい…っ」



俺も夢見たいだ。ここはもしかしなくてもコスプレ水商売屋か何かだろうか。俺はもしかしたら意識を失っているうちに身売りか何かされたのか?


たぷんたぷんと上下に揺らし俺の腕を胸で擦り上げる彼女の姿は妖艶で、表情は涎を垂らし舌なめずりし、トロンと目尻を蕩け落とした発情した雌の顔。


こんな表情を見て、男として反応しないわけが無い。体の痛みだとか、怪我だとかそういう言い訳は必要ない。

ただ一つ。この雌に精を吐き出す。快楽だとか快感だとか、娯楽だとか単純に今思い出せるものはそれだ。

ムクリと下半身にあるものが身震いしたのを感じた。自然と体の痛みも引いてきた。喉はまだのようで声は出せないが、体を起こすには十分だった。



「……えっ。まってまだ安静にした方が………っ!?」



グイッと彼女を抱き寄せる。背は低めで座っている俺でも簡単に胸の中に収まる身長。ポヨンと鳩尾辺りに柔らかい感触と、鼻腔を擽る女のいい匂いがより興奮を引き立たせる。



「……はわっ、はわわっ。こここここれ……っ、これれれれれれっ。ま、え、うっ、んへぇっ?きききききまきききままさかぁっ、つつつつつついにぃぃぃっ!?!?!?」



何やら壊れたブリキのようにわなわなと震えている彼女。しかしそんな彼女の姿がどうしても愛おしく思い、ギュッと抱きしめてしまう。

柔らかい感触を包み込み、これが俺の雌であるという匂いを刷り込む。もう誰にも渡さない。これは俺の雌だ。俺だけの雌だ。


頭の中で只管に彼女が欲しいと本能が騒ぎ立てる。焦るな、焦る時じゃない。俺は段階をしっかり踏むのだ。最初から貪るような事はしない。

やり慣れているという訳では無いが、関係を持った女性達とは周りから羨ましがられる程度には良好だったと自負しているし、床ではとっても紳士だと多くの女性から太鼓判を頂いているほど。


だがこれまで多くの関係を持ってきた俺でも、初心を忘れたことはない。

ある意味有難迷惑だった初体験の際、相手から教えられた喜ばせる方法や愛し方など、今の俺にタメになる事を多く学んだあの頃のことは、今でも忘れず意識している。


だから俺は最初からがっつかない。まずは俺が彼女の事を愛おしく思っている事を理解して愛し合わなければならない。理解を、全身だけでなく思考までも俺が彼女を愛そうとしている事を理解させなくちゃならない。



「……あぁっ、好きっ。好き好き好き好き好きっ。男性からこんな抱擁っ、こんなの好きにならないわけがないっ。……ねぇ、私と恋人になりましょう?……あ、あわよくば、ふ、夫婦になって結婚……でも……」



真っ赤になり恥ずかしいと悶える彼女。控えめに言って可愛過ぎる。こんなの嫁にする以外答えがあるだろうか。だが俺は段階を踏む男。まずは恋人として共に時間を過ごそうと思う。


告白したいが、声がまだ出ない為に行動で示すしか無いようだ。


クイッと彼女の顎を持ち上げる。俺の視線と彼女の視線が交差した。可愛い。美人であるはずの彼女が可愛いなんて、なんという破壊兵器なのだろうか。その瞳も、まつ毛も眉毛も鼻も口も健康的な肌も、全て彼女の美貌を作り出すための土台。故に俺は愛おしく顔をゆっくりと撫で回す。


感謝を込めながら頬を撫で、ゆっくりと顔を近づけていく。



「えっ?!うそえっ!?待って待って待って!?!?まだっ、ここここ心の準備がぁっ??!!」



よく喋る口だ。取り敢えず俺の口で塞ごう。

息を荒らげる彼女の呼吸音が、緊張した彼女の心拍音が伝わってくる。


静寂に支配された部屋の中で行われる性の営み。これを誰が邪魔できようか。


近付く、近付く、そして━━━━━━━━━━。





━━━━━━━━━━━━━━━ピュンッ!!





彼女の後頭部に何かが投擲された。

後頭部で結んでいたヘアゴムが切れ、パサりと髪の毛が解ける。少し髪が切れたのかヒラヒラと風に乗って床に落ちる。




「……なに、してる?」




冷たい声。思わず身震いした。興奮した体が一瞬で元に戻った。

ゆっくりとそちらを見る。襲撃者の気配は無かったはず。精々無害な人が1人入ってきたのかと……、1人?



「……カンザシ、いきなりだな」



彼女は投げた後のフォームのまま立つ美少女に冷ややかな視線を送る。

ムードが一瞬にして崩れ去った瞬間だった。



「……それは、両者合意の元、って認識でいいのよね?」



鋭い彼女の視線は、俺……ではなく何故か俺が抱きしめている彼女の方に向けられていた。何故だ?







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