第15話 勇者の逃亡劇



「動くなぁ! 俺がダンジョンを出るまでだ! 魔王もだぞ!」


 須藤は結奈の首筋に包丁を当て、出口に向かって後退りする。


「っ……結奈を離せっ!!」


「おっと……雄二ぃ、それ以上近づくと、恋人の首が飛ぶぜぇ?」


「っ!!」


 雄二がダンッ! と一歩を踏み出すが、須藤の言葉によってそれ以上の移動を踏みとどまる。


「やっ……離して……!」


「ああ? 黙ってろ! 俺たちを見捨てて隠れてたクズが! 俺に靡かないお前なんて、お前なんて……この程度の価値しかないんだよっ!」


 その須藤の言葉に怒ったのは雄二だ。


「……あ“あ”あ“あ”!?」


「へへ……吠えても無駄だぜ、雄二。おらっ、さっさと歩け! ヒヒ……帰ったら可愛がってやるからヨォ……!」


「っ! ゆ、雄二!」


 結奈が手を伸ばすが、互いの距離は10メートルほど離れてる。


「俺がダンジョンを出るまでだからな!? その後も追ってきたら結奈を殺してやるっ!」


 須藤は結奈を連れて、2部屋目に戻っていく。


 クソッ……やられた!


「チッ……雄二! ……!?」


 俺は雄二に案を講じようとするが、直後、言葉を詰まらせた。


「あ“あ”……あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!!!」


 雄二は理性を失ったかのように天に向かって叫ぶ。

 ディメントが投げ出されたのは、抑えが効かなくなった時に命令で止めてもらえるからか。


 たまたまにせよ、雄二のその行動が駆け出そうとした彼を救った。


──動くなッ!


「……!」


 雄二の体が、金縛りにあったかのように止まる。


「落ち着けっ! 今行ったらマジに結奈が殺されるぞ!」


「……ああ!? じゃあ、どうすんだ! 魔王ッ! 協力しろよっ!!」


「今すぐ助けてやるッ!! 手遅れになる前に落ち着いて話を聞けッッ!」


「……っ!」


 俺は雄二を落ち着かせる。だが、焦っているのは俺も同じだ。

 雄二が非協力的になったら戦力が著しく低下する。

 結奈を得られないどころか、それは俺の死にほぼ直結する。


(くそ……どうする……いけるか……? やるしかないッ!)


「おい、雄二! 落ち着いてきけ!」


「ああ、魔王!」


 俺たちは、落ち着くにしては程遠く叫びあって意思を伝える。


 俺は雄二に急いで、魔王の権限である“転送”について端折った説明をする。


「だから、声が届くうちに、俺を信じさせろッ!」


「魔王を声だけでか!? 無理がある、しかも声が届くうちにだと!?」


「わかってんなら早くやれえええ! 今も時間は動いてんだぞ!」


 俺は雄二に向かって叫ぶ。

 結奈という新たな仲間の可能性、雄二の士気、これらはこの先生き延びるのに必要不可欠だ。故に、俺は自分でも驚くくらい必死に叫んだ。

 俺はこの地域を制覇して、ガイドに名を与えるまで……そして、世界を統一するまで、死ぬわけにはいかないんだっ!


 俺の“転送”は仲間とお互いに認識した存在にしか発動できない。


 そんな俺の心境なんて知らないであろう雄二は、結奈のことに俺が必死になってるとでも思ったんだろうか。──が、そんなことは今、どうでもいい。雄二は一瞬息を呑んだ後、2部屋目に向かって大きく息を吸い込んだ。


「…………結奈あああああ! 聞こえるかああ! 時間がないっ! 頼むッ俺を……この魔王を信じてくれええええ!!」


 その雄二の魂の叫びに帰ってくる答えは……


=====


☆☆☆


「ああ!? 早く帰るぞ! くそっ……うざい迷路だ!」


 中津川の勇者……須藤くんが、私に包丁を突きつけながら苛立った声をあげる。

 彼は勇者にして……仲間を見捨てて逃げた。ご丁寧に足を潰して。

 

 いや、逃げるという選択肢は正しい……と思う。

 でも、仲間を陥れてまで自分が助かろうとするのは、ひどいと思う。


「んんっ……離してっ! なんで真希を見捨てたの!?」


「あ? あんなブスより俺の命の方が大事だろ? 勇者様だぞ、新入りぃ。お前はあとで楽しんだ後、パーティを抜けてもらうぜ」


「なっ……!」


 ブスだから……? 顔で人を見て、見捨てたの?

 そんなの……あんまりだ。


 私は勇者組に入ったところでレベルも低いし、魔法も近接もできる須藤くんの力には全く抵抗できない。


 ……ああ。雄二。どうして……?


 私は魔王側についた雄二のことを考える。

 どうして?

 そういえば、魔王は私が人質に取られた時に焦ってたような……!?

「まさか……雄二……」


「あ? なんか言ったか?」


 まさか、雄二は執拗に言い寄ってくる須藤から、私を守るために魔王と取引を……?


 でも……。それでもどうして人殺しなんか……


(きっと、魔王に洗脳されているんだわ。……うん、そうに違いない。なら……私が助け出さないと……!)


 私が勝手に自己解決しようとしたその時。

 ダンジョンの奥から雄二の声が聞こえた。


「…………結奈あ……ああ! ……えるかああ! 時間が……いっ! 頼……俺を……この魔王を信じ…………えええ!!」


 声は掠れていたが、しっかりと、言いたいことは伝わった。


(! 信じる……? 魔王を?)


 やっぱり、雄二は洗脳されてしまったのだろうか。

 魔王は人類の敵だ。

 私たちを脅かす……殺して、世界に平和を取り戻さなくちゃいけないんだ……


 私は、雄二から発された信じられない言葉に混乱する。


「……ハハッ! もうどうしようもないと分かってイカれたか!? ギャハハハ! 信じる? 雄二なんか信じて何になるんだよっ! 何もできなかったくせに!」


「────!!」


 須藤が雄二を嘲笑う。

 だが、その声によって私は目を覚ました。


 ……馬鹿か、私はっ!


 魔王は敵……? 誰が決めた?

 神様だ。

 神様と雄二。どっちを信じるかなんて、分かりきっている。


「……私は、雄二を信じる! 神の言う事なんて、知ったことか! 雄二がいうなら、私は雄二を……魔王をっ、信じるッッ!!」


「は? 何言ってんだ、結奈。馬鹿かおま────」


「神なんかよりっずっとそばにいた雄二の方が信頼できるに決まってるじゃない! 洗脳されてたのは、私の方じゃないのッ!?」


 私は、魔王に通じるかわからないが、心から信頼していると念じる。

 何が起きるかはわからない。でも、魔王が……雄二が、助けようとしてくれるのはわかる。


 気づけば、一度通った道だ。すでに出口目前まで来ていた。


「……いかれちまったのか。ハハハ、いいぜ、今夜可愛がった後、殺してやるか。雄二の顔が歪むのが楽しみだなぁ……!?」


 須藤が逃げ切ったと安堵したその瞬間。

 私の体が激しい光に包まれた。


「なっ……!?」


 須藤は驚くが、私は驚くほど平静だった。

 何が起きたか、直感で理解できた。

 ああ……。雄二。今から行くね。


「事情、ちゃんと説明させてやるんだからっ」


 私は、前が見えないほどに強くなった光の中で、軽く微笑むのだった。


=====


☆☆☆


「はぁ、はぁ……」


 雄二が全力で叫んだことで、肩で息をしている。


「どうだ、魔王っ! 結奈はっ!」


「待てっ……まだだ……」


 俺たちは緊迫した空気に包まれる。


 それからはお互い無言のまま30分が経過する。


「だめ……か……」


「……くそ。クソッ! クソッ!!」


 もう須藤と結奈は出口の数メートル先までたどり着いている。

 転送は……ずっと試しているが、発動しない。


「チッ……クッソ……!」


「マスター、落ち着いて! 諦めないで!」


『……』


 ガイドが声をかけてくれるが、余裕がない。

 ガルーダも虫の息だし、最悪の状況だ。


 くそ……だめ。か……


 俺が諦めかけた……その時。


『転送を開始します』


「「!!」」


 水晶から、転送成功を知らせる音待望の音が鳴った。

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