第8話 勧誘


 俺はブロンズソードを振り下ろす────直前。


 ピタリと、俺は手を止めた。

 剣の切先は雄二の首に触れている。

 だが、そこから剣が動くことはなかった。


『……王さまっ?』


 雄二は、寝息を立てていた。

 棍棒を取り落とし、全身血だらけになりながらも、ぐうすか寝ていた。


「……?」


『王さまっ怖いよ、さっさと倒そ!』


 足を切られたガルーダが、何とか空を飛びながらチキン発言をする。

 だが、俺は少し考え事をしていた。


(そもそもこいつを倒したところで上がっても数レベルだけ。それよりも失った戦力を補充したい。)


 とはいえ、軽く仲間になってくれる訳がない。

 仮にも魔王は完全悪であると洗脳されている(はず)の勇者達だ。


 だが、こいつなら、やりようがあるんじゃないか?

 

 こいつは女と2人で俺のダンジョンに毎日来ていた。違法行為でありながら。

 それを急に1人で、必死になりながら魔物を倒し、あまつさえ魔王に挑んだ。


 何か切羽詰まるようなことがあったのだろうか。


 女──結奈がいないことも含めて、何かあるとしか思えない。


 なら、それを何気なく聞き出して誘導したら配下に引き入れられるのではないか?


(まあ……十中八九死んだか……大怪我を負ったんだろうな)


 俺はもう人に対して可哀想とかいう感情を持ち合わせていない。

 だが俺のダンジョンに違法しながらも来てくれた客としては、是非元気になってまた来て欲しいところだ。


 こいつらが来なきゃいつか確実に殺されてただろうからな。……市長さん、魔王が人間が来ないと成長できないって知ってんのか?


(……何をどう考えたって危険すぎる。でも、俺はモンスターに頼れない。こうするしかないんだ……)


 世界が変わっていきなり人間を勧誘する。はたから見ても正気じゃないだろう。


(正気じゃない……か)


 だが俺はそうは思わない。


「正気じゃねぇのは、この世界だろ。」


 正気じゃないのは、俺にこんな能力を与え、人間を二分した……神だ。


「じゃあコアルームの端にでも縛りつけとくか……ん?」


 俺は雄二の顔が薄紫になっているにに気づく。


「あれ……?……あ」


 そういえばこの部屋、毒霧トラップがあるんだったな。

 濃度が低い安物だとしても……雄二は10分以上ここにいた訳だし……


「って毒で死んじまう!」


 せっかくのチャンスなのに死なれては困る。俺は解毒ポーションを急いで購入し、毒を治してから雄二を引きずってコアルームへと戻っていった。


=====


『うわあああああん!!』


 ガルーダが泣きじゃくってる。

 まあ、片足を切り落とされたんだから仕方ないが……


 今、ガルーダは足に包帯を巻いている。

 欠損部位を治す薬……上級ポーションは高すぎて買えないので、低級ポーションで我慢してもらっている。当然、足は生えてこない。

 

 ちょっ、気持ちはわかるから! 床を転がるな! つつくなっ、これでも100DPしたんだぞ!


 ……ふう。さて、今の状況は……


 いつも通り台座に置かれてるコアガイド内蔵のダンジョンコア。泣きじゃくるガルーダ、鎖(10DP)で縛られた雄二。


 うん。異常なし。


「マスター、異常なしと思ってらっしゃいますか?」


 ……お前やっぱエスパーだろ!あれ……?おかしいな、心が通じ合ってる気がしてたのにガイドの心が全く読めないぞ?


「……で、彼の者はなぜ連れてきたのですか? 永久に縛りつけてDPを搾取するつもりですか?」


「しねえよ! なにそれ怖っ! てか縛るとDP入らないんだけど!?」


「ええ……恐らく強制的に動けなくすると危害を加えることが不可能となりますので……敵として認識されなくなるんでしょう。」


 何だそれ! ただ寝てるならDP入るのに!?まあ、じゃあ鎖解いて、剣持って脅そうかな……?


 俺が雄二に近づいて、鎖に触れようとしたその時、雄二が目を覚ました。


「ん? ……ここは……?」


「あっ……目が覚めたか」


「? ────な!?」


 雄二は俺を見て数瞬硬直した後、鎖に気付いてガシャガシャと腕を動かす。


 ……大丈夫だよな? 念のため3本買ったのになんか怪しいぞ?


「このっ……何だ! 拷問でもする気か! 俺が仲間のことを言うとでも!?」


「いや、待て待て待てそんなことしない、しないから……」


「だったら何だこの鎖! くそっ……一思いに殺せっ!!」


「いや、殺さねえから。俺はお前を仲間にしようとな……」


「さっさとこの鎖を解け! それとも殺すのか!? だったら早く一思いに……」


 だめだ、こいつ。話が成り立たない。

 俺は【威圧】を発動した。


 雄二に絶大なプレッシャーが襲いかかる。


 雄二はビクッと震えた後、ガクガクと小刻みに震えながら俺に向かって口を開く。


「な、何だ……こ、殺す気か!」


 挙げ句の果てには失禁し出した。

 あれ……?この技、もしかして凄く効果高い?


「ガルーダはそもそもビビリだったので、効果が分かりづらかったのでしょう。」


「グルゥ」『えっ』


「なるほどな……」


 思わぬガイドからの悪態にガルーダが声を上げるが、言葉の内容がわからない雄二にはガルーダが低く唸ったように聞こえただろう。


「ひっ……」


 雄二はより一層震え出した。


 ガルーダ……見た目だけは迫力満点だからな。


「はあ……雄二とやら。話を聞け。殺されていてもおかしくない状況でお前が生かされてる理由を説明してやる。」


「なっ……何故俺の名前を……」


「ダンジョンで思いっきり呼び合ってただろうが。筒抜けだ。結奈とやらがいないのと関係があるのか……?」


「っ! 結奈を……どうする気だっ!」


 お……1番の食いつきだ。……ようやく話に持ってける。勇者はみんなこうなのか?それなら元人間の【奴隷】軍団を作るのは難しいか……?


「どうもしないが? 何なら経験値を与えてやってるんだぞ。」


「くっ……ふざけるな! この鎖を解けっ!!」


「はいよ」


 俺は言う通り鎖をコアに収納した。

 余談だが、収納距離は50メートルなので別の部屋のものはコアを持っていかないとしまえなかったりする。


「……え?」


「は……? 言われた通りに解いたが?」


 困惑する雄二をよそに、何でもないかのように装う。


「なっ……いいのか?」


「ふん。そのままじゃ落ち着いて話が聞けないだろ? だから解いてやった。あ、棍棒は預かってるから。」


「っ……返せ! 俺のだぞ!」


「いや……これ俺が作ったやつだし。話聞いたら返してやる。」


 俺は何とか話を聞く体制になった雄二に交渉を持ちかける。


「……つまり、俺に奴隷になれと? それも、結奈もだと!」


「名目上奴隷になるだけだ。それに、他の配下……ガルーダ以外の奴らよりも待遇はよくするぞ? 後、結奈はお前が望むならな。勝手に決めるわけにはいかねぇだろ」


 少し話を聞いたところ、結奈は死んでないようだった。だが、魔法が使えるようになったことで最前線組に強制抜擢されたみたいだ。


 それだけならいいが……


「……で、その結奈をやたら口説いてくる阿呆が今“勇者組”のリーダーなのか?」


「……あっ、ああ。あの阿呆……俺がいることを知ってんのに大学の時から言い寄りやがって……結奈も断ってんのに……」


 要は、恋人らしい(舌打ち)結奈を狙う同い年の男──須藤智彦が市が認める最前線攻略隊である“勇者組”のリーダーになっており、そこに結奈が配置させられてしまったようだ。勇者になってからより執拗に絡んでき、暴力も厭わなくなったという。


「だからレベルを上げて“勇者組”に入り結奈を守りたかった、と」


「ああ。魔王に言われんのは腹立つがその通りだ。」


 なるほど。勇者組ねぇ……人類全員が勇者なんじゃなくて、特に強いやつを勇者組として企業が援助してるらしい。

 実は政府が魔王の閲覧を警戒してインターネットの更新を止めてるらしく、メールのみが連絡手段だそうだ。

 ……メールでとか、まさかその準備で4日かけたんじゃねえの?

 魔王には大打撃となったが……


「……愛だなんてくだらねぇ」


 つまりこいつは好きな人のためにここまで一人でやってきたわけだ。

 俺は生きるのに精一杯だってのにな……。


「で……俺の配下になるか?」


「なる訳ないだろ! 誰が魔王なんかにっ……!」


 当然のように雄二は答える。さっきぽつりと魔王も人間らしいとこあんだな……と呟いていたからいけるかと思ったが……仕方ない、寝てる間にガイドと考えておいたプランで行くか。


「ほう……。つまり、結奈は諦める、ということか?」


「……はっ?」


「だから、結奈のことはもう諦めるんだな? と聞いている。」


「あっ諦める訳ないだろ! そのために俺はっ……!」


「だが、今のお前のままでは時間がかかりすぎるんじゃないのか? 確か鑑定士だったっけ?」


「っ!」


 雄二の職業は鑑定士。魔物のランクや名前がわかる、パーティに1人は欲しい人材だ。

 だが、戦闘力はかなり低い。戦闘スキルをほぼ覚えないらしいからな。……なんか俺と似てる……


 ん? じゃあさっきの光を纏うやつ、何だったんだ? 棍棒でガルーダの足をし……


 まあいいか。今度聞こう。


「だが、俺の配下になるならば装備も見繕ってやれるし、適度にモンスターを倒させてレベルも上げてやれる。」


「……っ!」


「鑑定士1人でやるよりも……手遅れになる前に結奈を助けたいのなら、俺と手を組むべきじゃないのか?」


 俺は、意地悪い笑みを浮かべて、急かすように言ったのだった。

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