第5話 同じ日を繰り返している②

「詳しく教えて。その人が、ゆーくんを惑わせてるんでしょ。その人が消えればゆーくんの気持ち、少しは私に傾いてくれるよね?」


「消え──な、なに言ってるんだ?」


 淡々と、日常会話をするようなテンション。

 けれど、鬼気迫る様子で問い詰めてくる。


 背筋に寒いモノが走る。全身からじんわりと汗が吹き出るのがわかった。


「あはっ……私って思ったことすぐ口に出しちゃうんだよね」


「え、えっと──俺、もう帰るから」


 本能が、この場にいるのは危険だと警鐘を鳴らす。


 踵を返すと、屋上扉を目指した。


 あれこれ考えるのは後だ。今は早く帰ろう。

 ドアノブを強く掴む。


「待って」


 しかしそれと同時に、左手を掴まれた。

 柔らかく、冷たい手の感触。尋常ではない速度で、心拍が上昇していく。


 振り返ると、桜坂さんは俺の頬に両手を伸ばした。


 包み込むように触れて、至近距離で目を見つめてくる。


「な、なんだよ」


「ゆーくん、大好き」


 脳の奥にまで届くような声で、直接好意を伝えられる。


 ここだけ切り取れば、喜ぶべき場面なのかもしれない。


 美少女から好意をぶつけられている。


 ただ、桜坂さんは普通ではない。


 まだ出会って数日。


 正確には、この金曜日でしか俺は面識がない。


 それでも、桜坂さんの異常性は垣間見えた。


 だから俺は、喜ぶどころか強烈に畏怖していた。


「でも俺は──」


「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大──だーい好き♡」


 彼女からの好意を拒絶しようとした瞬間。

 まるで壊れた機械のように、桜坂さんは息継ぎもせずに何度も何度も、好意をぶつけてきた。


 この異様な状況に慄いていると、桜坂さんは更に俺との距離を詰めてきた。


 首に手を回して、抱擁してくる。


 胸を押し付けられ、甘ったるい柑橘系の香りが周囲に飛び散った。


「さ、桜坂……さん?」


「まぁどうせ、やり直すし何してもいいよね」


「やり直す?」


「あ、また余計なこと言っちゃった。こんな余計な口は塞がないとだよね」


 桜坂さんは、困ったように笑うと、息が掛かる距離で目を合わせてくる。


 そうして、何ら躊躇うこともなく口付けしてきた。


「……っ!?」


「んっ……んん」


 唇と唇が触れ合うだけではない。


 より深く、内部へと侵入してくる。口の中を網羅するように、隅から隅まで侵食されていく。


 俺が事態を把握したのは、数秒後の事だった。


 桜坂さんの肩を掴む。


 突き飛ばして距離を置こうとするも……上手くいかない。


 頑固に、釘で打たれたくらい強情に、俺に絡みついてくる。何度も……何度も、口づけを交わす。


 離れてくれるのは、息継ぎをするタイミングくらいだった。屋上扉に背中を押しつけられ、俺はされるがまま。


 キスなんてしたことがなかった。


 刺激的にも程がある。


「えへ……ゆーくんの味。おいしっ」


「……な、なに、やってんだよ」


 ようやく、桜坂さんが離れてくれる。


 彼女はぺろっと舌を覗かせると、満足そうに笑みをこぼした。俺は息も絶え絶えになりながら、睨みつける。


「私と付き合ってくれれば、もっと刺激的なことが出来るよ?」


 桜坂さんが、なぞるように俺の身体に触れる。


 その右手は徐々に下降していき、


「私とのキスで興奮してくれたの?」


「……っ」


「ね、付き合おうよ。そしたら私の全部、ゆーくんにあげる」


「ば、馬鹿なこと言うなよ!」


 俺は力加減も考えずに、桜坂さんを突き飛ばす。


 重心がズレて、桜坂さんは尻餅をついた。その隙に、俺は扉を開けて屋上を後にする。


 これ以上、あの場にいたらまずい。


 本格的に、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。


 それから一度も振り返る事なく、俺は自宅に戻ったのだった。

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