第3話 そのラブレター、危険物につき③

 一度目の時も二度目の時も、ラブレターはスニーカーの上に置いてあった。


 なのに、今回はそれが置かれていない。


 どうしてだ? 同じ日を繰り返しているんじゃないのか?

 まぁ、ないものはないのだ。むしろラッキーだと考えよう。


「こ、こんにちは。ゆ……香月かづきくん」


 と、思った矢先。俺は背後から声を掛けられる。


 ビクンと肩を跳ねた後で、ゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは桜坂さんだった。


 どういう状況か把握しきれないが、ひとまず俺が取るべき選択は一つ。


 桜坂さんのことは一切知らない体で接する。


「えっと、なんで俺の名前知ってるんだ?」


「え、えへへ、幼馴染だからだよ。香月くんは覚えてないと思うけど」


 どうして俺が桜坂さんのことを覚えてないって知ってるんだ? 


 それに呼び方も香月くんと名字呼びになっているのも気にかかる。


「あ、あぁごめん。君の言う通り覚えてなくてさ。それでえっと……」


「桜坂明里。明里って呼んでくれると嬉しいな」


「あぁ……それで、俺に何か用か?」


「あ、うんあのね」


 桜坂さんは伏し目がちになると、ごにょごにょと手遊びを始める。


 そして恥ずかしそうに頬を赤らめた後で、はっきりとそう口にした。


「私とセックスしてくれないかなっ?」


「ゴホッ、コホッ! え、はっ? いきなりなに言ってんだ!?」


 思いも寄らぬ誘いに、盛大にむせてしまう。


 ここは昇降口で人気も多いため、偶然耳にした生徒が騒めいていた。


 身の毛がよだつ感覚に襲われた俺は、咄嗟に桜坂さんの手を取る。ダッシュでこの場から離れることにした。


 さすがに、このままでは注目を集めてしまう。それは面倒だ。

 中庭の辺りまで行き、周囲に人がいないことを確認してから俺は足を止めた。


「そんなに急がなくても逃げたりしないよ? 男の子って性欲で動いてるってほんとなんだね」


「違う! 君がいきなり妙なことを言い出したから、このままだと変に注目を集めそうだと思って逃げただけだ! いきなりなに言い出してんだ。頭おかしいのか!?」


「お、おかしくないよ……! 私はただ、既成事実を作れば、ゆーくんに逃げ道がなくなると思って……あはっ、今のは聞かなかったことにしてね? ……ダメだなぁ私、思った事すぐ口に出しちゃう」


 俺の背筋に寒いものが走る。


 何を言ってるんだこの人は。冗談抜きで、色々と頭がおかしいのか? 


 それに、言葉に重みがあって本気で言ってそうな感じが少し怖い。


「ゆ……香月くんはさ、そういうこと興味ないの?」


「な、ないわけじゃないが、そういうのは好きな相手とするものだと思ってる」


「そうなんだ。じゃあ私のことを好きになってくれないかな? そしたらすごくすごーく都合がいいと思うんだけど」


「いや、せっかくのところ悪いんだが、俺、好きな人がいるんだ。悪いけど、それは無理だ」


 そういって断ると、桜坂さんの目のハイライトが消える。


 黒くよどんだ目で、覗き込むように俺を見ながら。


「へぇそうなんだ。一体どんな人なの? 詳しく知りたいな。同級生? 先輩? 後輩? それとももっと年上かな? あんまり年下だと犯罪になっちゃうよ?」


「い、いや言えないって」


 俺との距離を詰め、パーソナルスペースに躊躇なく侵入してくる桜坂さん。

 本能的に畏怖を覚えた俺は一歩、また一歩と後ずさり、最後には逃げるようにその場を後にした。


 この人はやばい。そう思った。


「あ……待っ、っていいか。またやり直せばいいし」


 去り際、桜坂さんがポツリとこぼした一言を、俺は聞き逃さなかった。

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