〈7〉「家族のかたち」

 今日の撫子なでしこちゃんはなんだか元気がない。萎れていると形容したくなるような泣きそうな顔だ。参ったな。

「おーい?大丈夫か?今日はな、高石たかいしさんがまとまった額くれたから、撫子ちゃんをどっか連れててってやるぞお〜」なんて娘の機嫌をとるパパのような事をする俺。

「…無駄遣いは良くない」と撫子ちゃんは萎れつつも言う。

「どーせ使いみちなんてメシしかねーから。良いんだよ」なんていう俺。事実、俺はメシくらいにしか関心がない。この世に色々嗜好品しこうひんや娯楽があるに関わらず。それは明日にも死んでしまうかも知れないから。これは冗談抜き。クローン体は読めないのだ。クローン羊のドリーを思い出して欲しい。テロメアが短縮していたせいか寿命が短かった。

「と。言われましても。思いつかないよ」と撫子ちゃんは顎に手をやりながら言う。

「なんか買ってやろうか?」

「いや。お母さんがお金たくさん置いていくから困ってない」事実撫子ちゃんはお母さんに放置されているにも関わらずいい服を着ている。しっかりした作りのものだ。

「じゃあ。お出かけだな…いい天気だ。公園とか熱いね」と俺は提案するが、よく考えたらしょっちゅう公園行ってるわ。レパートリーが少ないのだ。

「あえて公園はいかないよ…そうだなあ…野球場とかどう?海の方にあるからさ」

「ん?野球好きだったっけ?」

「いや、ルールもよく知らない」

「じゃあなんで提案したのよ」

「なんというか―人がいっぱいいるトコロって落ち着かない?あと雰囲気が好きなの」

そういう撫子ちゃんは少し笑ってる。

「ああ。言わんとせんことは分かるぞ…祭りみたいな雰囲気あるしな」人が熱狂する場。ひとつのなにかに夢中になる場。それは祭りみたいなもんで俺は好きだ。別に明るい人間じゃないが、撫子ちゃんと一緒で雰囲気が好きなのだ。

「ま、じゃあ行こう。試合してなかったら周りを散歩すれば良いし」


 この街の海岸線の真ん中あたりに球場はある。海の近くに面しているせいか潮風が冷たいが―ここはドーム球場。中は快適なのだ。

 ちょうどデーゲームをやっていたので俺達は外野席券を買ってセンターの後ろの方の席に陣取る。まるでコロッセオみたいな構造の球場の中にはそこそこの客の入り。昨今さっこん野球なんて人気はないみたいだが、根強いファンはいるものなのだ。

「おーおーやっとるのお」なんて阿呆あほうなセリフが出る。

「賑やかだね」と球場メシのハンバーガーを食べながら撫子ちゃんは言う。少し元気がでたらしい。

「せっかく試合見てるから―賭けでもするか?」なんて10歳児相手に俺は提案する。金ではないが何か賭けて試合を見ようって訳だ。ちょうど序盤でゼロゼロのスコアだし。

「小学生相手にギャンブルはない」と一刀両断。いや、金は賭けない。そもそもそこまでリッチでもないんだぜ?

「いや、金以外でいくよ…例えば晩飯のメニューの決定権とかな?今んとこ決めてねえし」タジタジである。女の子ははっきりしてるよなあ、こういう時。

「じゃあ…まあ…それでいいや」と言ってくれる撫子ちゃん。

「うっし。俺は先行チームに賭けるからな」と俺は大人気おとなげなく先手を打とうとする。ピッチャーがいい球っているのだ。

「いや。ここはじゃんけんでしょ?大人の癖にずるいよ」とむくれながら言う撫子ちゃん。仰る通り。


 結果。じゃんけんで負けた俺は後攻チームの肩を持つことになった。ああ、こっちのチームのピッチャー調子悪そうなんだよなあ。ま。スラッガーとか俊足の選手とかに期待しよう。



                   ◆


 俺は賭けに負けた。いやあ。あの良いピッチャーまるで崩れず。そのまま綺麗に継投が繋がって後攻チームは点をあまり取れなかった。それに先行チームはヒットを積み重ねるチームで堅実に点を重ねてた。ビッグなもん狙い過ぎな後攻チームはチャンスを潰してばかりだった。


 そんな訳で。

 俺達はファミレスにいるのだった。撫子ちゃんのたっての希望だ。もうちょい高い店でも良かったが―「ファミレスのあの雰囲気が良いんだよ」という彼女の言葉に押されてココにいる。


「賭けには向いてないみたいだなー俺」と料理待ちな俺達はなんとなく話す。

「ギャンブルは止めてよね」と釘を刺す撫子ちゃん。

「したくても稼ぎがねえ」

「言えてる…いい加減まともな仕事探そうよ。いやおじさんとこが悪い訳じゃないけど」高石のおっさんのところは大凡おおよそまともではない。間違いなく。しかし働きやすいのだ。俺のような日陰者ひかげものにとっては。


「お子様セットお待たせしました〜」なんてウエイトレスさんが撫子ちゃんの頼んだメニューを持ってくる。そう、この妙に大人びた女の子はお子様セットを所望しょもうした。

「これこれ」なんて無邪気に言う撫子ちゃんは久しぶりに10歳に見えた。

「たーんとおあがりなっせ」なんてジジババ丸出しのセリフを吐く俺。

「なにそれ」なんて今日の出会いがしらの雰囲気を感じさせない笑顔。少し安心した…

「しかしさ。お子様セット好きなんかい?」と俺は聞いてみる。

「好きだよ…なんか外食!って感じしない?」

「まあ。あるな…そういうお祭り的雰囲気」なんというか華やか。

「そそ。家族でのお出かけはいつもこれでさ―」っといかん。地雷踏んでしまった。

「そっか。俺は…家族じゃないけど…まあ付き合うぜ?」と俺は言っておく。臭いセリフの手持ちが少ない。しょうがないじゃないか、18で成長自体は終わってたんだし。

「一生さんは家族じゃないけど…ご飯を一緒に食べるの楽しいよ?」と言ってくれる。10歳児に雰囲気を読ませてしまって凹むが、子どもの方が大人をよく見れてるというのは往々おうおうにしてありがちな話でもある。

「おなじ釜のメシ…ではないかもだが、まあパンを分け合うってやつだな」と俺は適当なコメントをして話をソフトランディングさせることを狙う。ここで深く突っ込んでも良いが、それを決めるのは撫子ちゃんであってほしい。俺に決定権はない。心配ではあるんだが。

「ご飯を分け合う、か。ずっとしてなかったな。たまにこうくんにささみの茹でたのとかあげてたけど。お母さん…外でご飯食べてきちゃうから」それは―寂しかろう。どんだけお互い無関心でも、子どもは親を必要とする。無条件で愛されていいのだ。エクスキューズは要らない。そういうのが要るのは大人だけでいい。ま、俺は人造人間だから更にエクスキューズが要るけどな。

「最近は俺が居る…この先もずっとは居てやれないかもだが、付き合うぜ」と俺は言うのだが、まるで女性への告白じみてしまった。恥ずかしい。んまあ。命の恩人で良いなので幸せにはなってほしい。

「ありがと。でもさ、わたしは…向き合わなきゃいけないのかも。お母さんと」とまた大人びた表情で撫子ちゃんはいうのだ。

「まあ、後悔しないようにした方が良いよな」なんて探りの一手。大人としては支えて助けてやらんといかんのに、なんて思う1歳の俺。

「まあ。そう言っても何をどう言えば良いかわかんないけどね」とチキンライスをほぐしながら彼女は言う。まあ、言葉が通じない、と形容した母親だ。まともにぶつかれば潰されてしまう。しかし安易に泣きついた所で解決を見ないのは火を見るより明らかだ。

「…無理はしないで良いからな」なんて逃げのアドバイス。情けない。なんか言えれば良いのに。

「まあ。適当にやってみようかな」

「そうしな。さ、メシ食おうぜ」話し込んでる間に俺のハンバーグセットも着ていたのだった。

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