淡雪のように

紫 李鳥

淡雪のように

 


 初詣の帰りだった。久しぶりに着物を着た私は、人込みの境内を抜けると、誰かに踏まれたような感覚がした爪先を確認した。幸いにも足袋の汚れは目立たなかった。一安心すると、駅へ向かった。


 駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら、行き交う人を眺めていた。正月ならではの振袖姿の若い女性を目で追いながら、連れの男もチェックしてみた。


 うむ……65点。次のカップルの男は? うむ……58点かな。


 勝手に点数をつけながら、にやけていた。すると突然、高校一年の時の恋が甦った。




 あれは、正月だった。


「姉さんから借りたの」


 美容院で着付けしてもらった振袖を披露した。


「似合ってるよ」


 五歳上の彼は会社員。姉に誘われて行ったボウリング場で、友人と来ていた彼に出会った。


 隣のレーンで、一本残しても必ずスペアを取る彼を素敵だと思った。思わず拍手をしたら、笑顔でお辞儀をしてくれた。


 それがきっかけで、四人でお茶をした。姉が彼の友人と喋っている時に、


「今度、食事に誘っていいかな?」


 彼が小声で尋ねた。


「……ええ」


 私は恥じらうように返事をした。


 それからは、彼にボウリングを教えてもらったり、卓球をしたり、映画も観た。スポーツ万能な彼に私は惹かれた。



 だが、そんな淡い恋ははかなく消えた。



 部活の帰り、何気なく覗いた喫茶店の窓際に彼の横顔があった。私はドキッとすると、彼の視線を追った。そして、ハッとした。そこには、……私には見せたことのない姉のはにかむような笑顔があった。いかにも幸せそうなカップルに見えた。二人は、私にも気づかず楽しげに語らっていた。


 ……私は子供過ぎたのかな。彼とは映画を観たり、ボウリングをしただけ。でも、彼女のつもりだった。独りよがりの恋。私の片想いだったのか……。



 彼の誕生日にプレゼントするはずだった手編みのマフラーが、ストッキングの伝線のように勢いよくほどけるのを感じた。

ーー私の恋は儚く消えた。淡雪のように。




  終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

淡雪のように 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説