第19話 精霊樹の素材


 よくわからないところで魔道具のアイディアが出たところで、私とカリスト様はソファに座って会話をする。


「そうだ、今日はアマンダに話があるんだ」

「なんでしょう?」

「報酬の件、精霊樹の枝についてだ。王都でいろんな伝手を使って探してみたが、やはりなかったみたいだ」

「そうですか……」


 その報告に私は少し落胆したが、予想はしていた。


 とても希少なもので、滅多に市場に出回らない。


 まず入手が困難で、精霊樹がどこに生えているかは不明。

 不明というよりも、生えているのを見つけても一カ月ほどで消えてなくなるらしい。


 それこそ精霊の悪戯のように生えて、消える。まさに精霊樹に相応しい。


 その枝は魔石よりも濃厚な魔力が籠っていて、魔道具の材料にしたら……ふふっ、とっても楽しそうだわ。


 だから欲しかったけど、ないなら仕方ない。


「だが、精霊樹が生えているという場所の情報は得られた」

「っ、本当ですか!?」


 その情報ですら今まで私は掴んだことがない。

 前の職場では忙しすぎて、情報を探している暇もなかったけど。


「ああ、ファルロ商会の運び人が外で森を通っている時に、偶然その痕跡を見つけたようだ」

「痕跡……つまり精霊樹の葉が?」


 精霊樹は森の中に生えることが多く、その半径数キロ内のどこかに精霊樹の葉が落ちていることがある。


 精霊樹の葉は普通のとは違い、形が大きくて光っているからすぐにわかる。

 それがあるということは、その近辺に精霊樹が生えているということだ。


 ちなみに精霊樹の葉はそこまで魔力が籠ってない、せいぜい小さな魔石程度。


 それでも希少だから高値で取引されるが、私はあまり興味がないわね。


「しかしその森というのが厄介で、魔物がとても多くいる森だ。冒険者でも近づきたくないくらいの森らしい」

「そうなのですね」


 冒険者というのは冒険者ギルドに所属している傭兵の方々だ。

 主に魔物の討伐や素材の採取、護衛などの仕事をしていることが多い。


 平民の方でも一攫千金が出来るほどの職業だけど、その分かなり危険な職業だ。


「だがアマンダの報酬で取りたいと思っているし、精霊樹の枝はかなり希少で有用性が高い。ファルロ商会の会長としても、普通に欲しい」


 確かに精霊樹の枝があれば普通に売っても高値で買取されるし、開発部に素材が来ればとても有効に使えるだろう。


「だから取りに行きたいと思っているが、あの森に取りに行ってくれる冒険者がいるかどうかだな。ファルロ商会でも抱えの冒険者はいるが、実力が足りるかどうか……」

「私が行っていいですか?」

「ん? アマンダが、どこに行くって?」

「精霊樹が生えているという森にです」


 私の言葉に、カリスト様が目を丸くした。


「いや、今言ったと思うが、とても危険な森なんだ。強い魔物が多くいる」

「わかっています。だけど私は錬金術師なので大丈夫です」

「錬金術師だから危険がないっていうのはよくわからないが?」

「錬金術で作った魔武器があるので。それに学院生の頃は、よく一人で素材採取のために出掛けていました」


 その言葉にカリスト様はさらに驚いたような表情をして、頭に手を当てた。


「えっと……アマンダは一応、男爵家の令嬢だよな?」

「そうですね、一応」

「そんな令嬢が、一人で王都の外に行って素材採取をしていたと?」

「はい、学院で長期間の休みがあるとほぼ毎回。だから野宿するためにテントも作りました」

「ああ、そういえば俺とアマンダは、君のテントで出会ったんだったな……」


 そうだ、私が男爵家で追い出されて外で一泊する時に、カリスト様が来たんだった。


 あれがあったからこうしてカリスト様と出会って、ファルロ商会に引き抜かれた。


 まだ一カ月前の出来事だけど、なんだか感慨深いわ。


「ドラゴン種とかがいない限り、無傷で採取出来る自信があります。ドラゴン種がいたら無傷では済まないかもしれないですが、必ず素材を採取します」

「今の君の言い分だとドラゴン種を倒して素材を採取するって言ってるみたいだぞ」

「そう言っていますので」


 ドラゴン種の素材なんて精霊樹の枝と同等かそれ以上に価値がある。

 鱗も内臓も血も、全てが錬金術の素材になるのだ。


 おそらく森にいないと思うけど、いたら絶対に倒して素材を採取する。


「はぁ……アマンダには会った時から毎回驚かされるな。だが今までの錬金術師の腕を見るに、君の魔武器も相当なものなのだろうな」

「そうですね、悪くはないと思います。ただ量産とかは絶対に出来ないというか、私以外に使えない魔武器になりますが」

「そうか……」


 顎に手を当てて少し考えるカリスト様。

 私が精霊樹の枝を取りに行っていいか考えてくれているのだろうか。


 あっ、だけど私はファルロ商会で働いていて、王都の外に行って素材を採取しに行くとなると、何日間もかかる可能性がある。


 その間は仕事が出来ないから、それを考慮すると私が行ってはいけないのかも。


 それなら社交界に行ったという報酬で数日の休日をいただいて、報酬とか関係なしに採取しに行くのもありね。


 精霊樹が生えている場所の情報だけでも十分だわ。


「カリスト様、すみません。仕事のことを考えていませんでした。確かに素材採取は仕事を休まないといけないので、簡単に許可をするわけにはいきませんよね」

「ん? ああ、それを考えているのではないぞ。ただ本当にアマンダが大丈夫なのか心配なだけだ」

「えっ、あ、ありがとうございます……」


 とても真剣に考えていることが、私の身の大事だったなんて……少しドキッとしてしまった。


「仕事の方も別に数日くらい休んでも問題はない。むしろアマンダはオスカルと一緒に働きすぎているから、休んだ方がいいくらいだ」

「オスカルさんと共同開発をするのは楽しいので」

「ふっ、それはよかったよ。じゃあ、そうだな……精霊樹が生えている森に行く許可は、君の魔武器や実力を見てからでいいか?」

「はい、わかりました」

「アマンダの実力を疑っているわけじゃなく、ただ心配なんだ。わかってくれ」

「も、もちろんです、ありがとうございます」


 優しい微笑みを浮かべて心配の言葉を言ってくれたカリスト様に、私は視線を逸らしながら答えた。

 カリスト様はとても優しい人で私だけじゃなくて、他の人にもこうして心配をしているのだろうけど……さすがに照れてしまう。


「それと一人で行くのもダメだ。何かあったら一人じゃ危なすぎる」


 確かにカリスト様の言う通りね。

 私が学院生の頃に一人で素材採取しに行った理由は、他に行く人がいなかったから。


 友達も特にいなかったし、家族に頼ろうにも男爵家の全員に嫌われている。


 休日に素材採取しに行っていた理由も、家にいたくないからというのもあった。


 一人で行くよりも、複数人で素材採取をしに行った方がいいに決まっているが……。


「ふむ、誰がいいか……オスカルやニルスはなかなか強いから、あいつらと行くのもありだが……」

「開発部部長と、製造部部長のお二人ですか? あの二人がお強いとしても、職場の部長を二人も連れて行くのは難しいのでは?」


 ニルスさんを連れて行っても製造部の副部長はいるかもしれないが、私とオスカルさんは部長と副部長だから仕事に支障が出る可能性がある。


 ……あれ、だけど難しい書類仕事とかはオスカルさんはやってないし、私も今まで他の人がやっていた書類をやっているだけだから、別にいなくても問題ないかしら?


 そう思うと、副部長って本当にオスカルさんについていける人を任命しただけなのね。


「冒険者でもいいが、粗暴な奴が多いしアマンダと一緒に行かせるのは癪だな……」


 ぶつぶつと呟いて人選しているようだが、あまりいい人がいないらしい。

 それなら一人でも慣れているし、一人でもいいんだけど……。


「カリスト様、別に無理に人選しなくても、私一人でも大丈夫ですよ?」

「いや、それはダメだ。最悪俺が……ん? いや、別に俺でいいか?」

「えっ?」

「そうだな、うん、俺が一緒に行こう」

「えぇ!? カリスト様が!?」


 私は思わず大きな声を上げてしまったが、カリスト様は頷いた。


「ああ、俺は自分で言うのもなんだが結構強いし、森に行ったりするのも慣れている」

「で、ですが侯爵家の当主のカリスト様と一緒に行くのは……!」

「他にいい奴がいないからな。それにアマンダと一緒に素材採取に行くのは楽しそうだ」


 そう言ってニヤッと笑うカリスト様。


 え、嘘? 本当に侯爵のカリスト様と一緒に素材採取しに行くの?

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