第3話 カリストとの出会い


「失礼、俺はカリストという者だ」


 外から聞こえてきたのは男性の声だ。

 テントが遮っているからよく聞こえないが、どこかで聞いたことある声な気がする。


 気のせいかしら?


「カリストさん、私にどんな用でしょうか?」

「君がこのテントを建てたのか?」

「はい、そうです」

「ふむ、そうか……」


 なぜか外にいるカリストさんは悩んでいる様子だ。


 ……はっ! もしかして、カリストさんもここで夜を過ごすつもりだったのかしら?

 私が先にここを占領してしまったから、どこで寝るか悩んでらっしゃる?


 それだったらとても申し訳ないわ。


「あの、カリストさん。外は寒いでしょうから、よかったら入られますか?」

「ん? いいのか?」

「はい、今開けますね」


 私がテントの中にいる時は外からは開けられないようになっているので、中から開ける。

 外にいたのはやはり男性で、暖かそうなコートを着ていてフードも被っていて……って、あら?


 この方、さっき道ですれ違った人かしら?


 そういえば声も聞き覚えがあったし、多分そうだわ。


 だけどなんでここに?


 さっきすれ違った時は、私とは真逆な方向を歩いていたはずでは?


「入ってもいいか?」

「あっ、はい! どうぞ!」


 カリストさんを中に入れて、寒いのですぐにテントの入り口を閉じる。


「ほう、中は温かいのだな」

「そういう魔術をかけていますので」

「なるほど、凄まじいな」


 カリスさんはテントの中が気になるようで、立ったまま周りを見渡す。


 あっ、そういえば椅子が一つしかないわ、作らないと。


 鞄から素材を出して、と。


「『拡張、解放、錬成』……カリストさん、こちらにお座りください」

「っ……今のは、錬金術か?」


 私の錬金術を見て、カリストさんはすぐにそう聞いてきた。

 わからない人が見たら魔術と思うはずなので、錬金術の知識はあるようだ。


「はい、そうです。私、錬金術師のアマンダ・ナルバレテと申します」


 まだ名前を言ってなかったから、名乗りながらお辞儀をする。


「ナルバレテ、というと男爵家の?」

「はい、そうです」


 ナルバレテ男爵家のことを知っている? ということはカリストさんも貴族の方?


「あの、カリストさんは……」

「このテント暑いから、コートを脱いでもいいか?」

「あっ、はい」


 質問をしようとしたけど遮られてしまった。


 まあ後で聞けばいいかしら。

 フードを外してコートを脱いだカリストさん。


 黒髪で男性にしては少し長い髪、一目見ただけだと女性と勘違いしてしまいそうになるほど綺麗な顔立ちだ。

 身長は私より頭一個分大きく、体格は男性らしく少しがっちりしていた。

 目も黒くてパッチリとしていて、少し目尻が上がっている。


 私よりも少し年上、二十五歳くらいだろうか。


 どこかで会ったことがあるというか、見たことがある気がする……気のせいかしら?


「あの、カリストさんはなぜここに? こんな夜中に路地裏の広場に来て……もしかして、カリストさんも私と同じくここで野宿をしようと思ったのですか?」

「……野宿?」


 カリストさんは不思議そうに首を傾げる。


「はい、それだったら申し訳ありません。私も今日は一晩外で過ごさないといけないので、広場でテントを勝手に立ててしまいました」

「……ふふっ、いや、俺は野宿をするつもりはないから大丈夫だ」

「そうですか?」


 なぜかカリストさんは笑いながら「ああ、そうだ」と言った。


「しかし、野宿か。確かにテントは野宿に向いているが、ここまで快適なテントはすごいな」

「お褒めに預かり恐縮です」

「このテント、そしてテントの中にある物は全部、アマンダが錬金術で作ったものなのか?」

「はい、そうです」

「すごいな。椅子を作る時も思ったが、かなり技量がある錬金術師だ」

「あ、ありがとうございます!」


 久しぶりに錬金術の腕を褒められて、嬉しくて声が上ずってしまった。


「しかしそれだけの技量を持っていて、錬金術師のアマンダの名を聞いたことがないな。名を隠しているのか?」

「いえ、隠していませんよ。しっかり錬金術の職場で働いていますので」

「本当か? 俺は錬金術などの事業で顔が広いと思っていたが……君が働いている職場はどこだ?」


 事業で顔が広い? モレノさんみたいに、どこかの社長さんなのかな?


「ヌール商会、という魔道具を主に扱っているお店です」

「ヌール……ああ、確かモレノという店主がいるところか?」

「あ、そうです。ご存じでしたか?」

「もちろんだ。モレノは……君のところの店主を悪く言うようだが、あまり好きじゃない人種だ」

「わかります。私も好きじゃありませんから」

「ふっ、そうか。だが腕は確かで……いや、待てよ? まさか……」


 カリストさんは話の途中で顎に手を当てて考え始める。


 真剣な表情で考えているようで、私はよくわからないけど邪魔したくはないので話しかけない。


 私も錬金術の実験とか研究をしている時、こうやって考えることがあるから。


「……すまない、話の途中で黙ってしまって」

「いえ、大丈夫です」

「ありがとう。それと質問をさせてくれないか? アマンダはモレノのところで、魔道具を作っているのか?」

「はい、そうですよ」

「あまり他の商会の内情を聞くのはいけないと思うが、一つだけ聞かせてほしい。アマンダは一人で何百個も同じ魔道具を作っていたりしないか?」

「えっ? は、はい、そうです。作っています」


 まさか私の仕事環境をズバッと当てられるとは思わず、とてもビックリした。


「やはりそうか。モレノのやつ、胡散臭いとは思っていたが、まさか本当に……」

「あの、どういうことでしょうか?」

「……そうだな。アマンダは知る権利があるだろう」


 カリストさんは深刻そうな表情で話してくれる。


「モレノは、君の手柄を自分のものにしている」

「私の手柄、ですか?」

「ヌール商会の魔道具でいくつかモレノが特許を取っている商品がある。それはとても優れた商品で、モレノは錬金術師として注目を浴びていたが……おそらく、いや間違いなく、その商品は君が作ったものだろう」


 なるほど、確かにモレノさんが自分で魔道具を作っているところを見たことがない。

 あの人が錬金術師なのかどうかも知らない。


「カリストさんはなぜ私が作ったものだと思ったのでしょうか?」

「今、君の腕を間近で見たからだ。それに世に広まっているモレノの魔道具は、どれもクオリティが同じなんだ」

「クオリティが同じ? それは当たり前なのでは?」

「いや、当たり前ではない。普通なら大量生産をする際、何人、何十人もの錬金術師が作るからクオリティの差が出る。特に難しい魔道具であればわかりやすいのだが、ヌール店が出している魔道具は全部クオリティが同じだ。一人の錬金術師が作ってないとありえない」

「そうなのですね」


 私が作っている魔道具を他の人が作っているところを見たことがないので、初めて知ったわ。


「やはりアマンダ、君はモレノに手柄を奪われている」

「はぁ、そうなんですか」

「……怒りはないのか?」

「特にはないですね、あまり手柄というものに興味がないので」

「そうなのか?」

「はい、私は錬金術が出来ればそれでいいのです」


 それにモレノさんが悪いことをしていることは、なんとなく気づいていた。

 だからショックはほとんど受けていない。


「そうか、アマンダは欲がないのだな」

「欲はありますよ。錬金術を思う存分やりたい、という欲です」

「ほう、それならモレノの職場でもいいのか?」

「いえ、それが全然ダメです。モレノさんのところだと、同じ魔道具をずっと作り続けないといけなくて。それがとてもつまらなくて」

「ああ、なるほど。確かにそれはつまらないかもしれないな」


 カリストさんはそう言って笑ったが、私にとっては大きな問題だ。


「給金がまともに払われなくても、手柄を取られてもいいんです。楽しく錬金術が出来れば」

「えっ、給金もまともに払われてないのか?」

「はい、正確に言えば私が稼いだ額はお父様が勝手に奪うので、私が使えるお金はほとんどないって感じですね」

「それは酷いな。ナルバレテ男爵家ではそれが当たり前なのか?」

「いえ、妹のサーラには多くの額を渡しているようです。私はお父様に嫌われていますから」

「……そうなのか」


 私の話にカリストさんが気まずそうな表情をする。

 いけない、こんな身の上話を初対面の人にしてしまったわ。


「すみません、余計な話をしてしまいました」

「いや、私から聞いたことだ。むしろ話しづらいことを話させてしまってすまない」

「いえ、それは大丈夫です」

「いろいろとアマンダに聞いてしまったから、何かお返しをしたいのだが……」


 カリストさんはそう言ってくれたのだが、ただ話をしただけだからお礼なんて、と思ったのだが……一個だけ、今欲しいものがあった。


「その、カリストさん、私は今日お金を持っていなくて後悔しました」

「ん? どういうことだ?」

「今日はお父様に家から追い出されてここで野宿するつもりなのですが」

「待て、追い出された? こんな夜中に男爵令嬢が?」

「あ、はい、まあそれはいいんですが」

「いや、よくはないと思うんだが……すまない、話を止めてしまったな」

「はい、それで夕食も食べられずに追い出されてしまったもので。テントや衣服は錬金術で作れるのですが、食事は作れないので買うしかないのです」

「ふむ、だがお金がないので食事をしていないと?」

「はい、だからお腹が空いて眠れず……よければ食事代をいただけませんか? お話の対価に合っていないのであれば、私が今持っている素材で道具などを作って、それと引き換えでも構わないのですが」

「いや、食事代くらいは問題ない」


 カリストさんは快く頷いてくれた。

 なんて優しい人なんでしょう……!


「あ、ありがとうございます!」

「だがちょっと気になるのだが、今持っている素材で何が作れるのだ? 見たところ、素材はそんなに持っていないようだが」

「鞄の中に縮小した素材が入っております。今作れて高価なものでしたら、ポーションなどでしょうか」

「ポーション? まさかそんなものが作れるのか?」

「はい、作りましょうか?」

「……いや、貰うわけにはいかないから大丈夫だ。だが本当に作れるのか?」

「もちろん、素材があるので」

「そうか……普通は素材があるだけで簡単に作れるようなものではないと思うのだがな」


 カリストさんが小さく呟いていて、私の耳には聞こえなかった。

 なんて言っているのか聞き直そうとした時……私のお腹から、ぐうぅーという大きな音が鳴った。


「……」

「……ふっ、では食事を買いに行こうか。夜遅いがまだ売っているところはあるだろう」

「すみません、ありがとうございます……!」


 は、恥ずかしい……!


 絶対にカリストさんにも聞こえたはずだ、それで気づかないふりをしてくれたのがなおさら恥ずかしい。

 私とカリストさんは上着を着てからテントの外に出て、商店街の方へと歩いていく。


「食事を買ったらテントに戻るのか?」

「はい、朝までテントで過ごすつもりです」

「本当に一晩、野宿するのか。今はテントだけを残しているが、大丈夫なのか?」

「はい、私以外に入り口を開けることは出来ませんので。テントを奪うことも壊すことも難しくしてあります」

「なるほど、さすがだな。おそらく大丈夫だろうが、気をつけてくれよ」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 カリストさんは優しい人ね、だけどなぜかまたフードなどで顔を隠している。

 もう日も沈んで真っ暗、街灯の光だけしかついてない中で、フードを被るなんて。


 よほど見つかりたくない相手がいるのかしら?


 そういえば、私は野宿するために路地裏の広場に来たけど、カリストさんはなぜあそこに来たのだろう?


「カリストさんはなぜあの路地裏の広場に来たのですか? 何か予定があったのでは?」

「ん? いや……正直に言うと、君を追っていたんだ」

「えっ、私を?」

「ああ、君が路地裏に入っていく前に、すれ違ったことを覚えているか?」

「あ、はい、覚えています。ちょうどここら辺ですよね」


 私達は商店街の方まで歩いてきて、確かここら辺でカリストさんとすれ違ったのを覚えている。

 今も着ているけど、とても高級そうなコートを着ていたから、私のテントに来た時はすぐに気づいた。


「勘違いしないでほしいが、すれ違った女性を全員追いかけているわけじゃないぞ」

「ふふっ、それだったら怖いですね」


 まだ会ったばかりで短い時間しか喋ってないけど、カリストさんがそんなことする人ではないと思っていたけど。


「本当に違うからな? ただこれは感覚で、あまり説明しづらいのだが……すれ違った時に、勘が働いたのだ。今の女性を追いかけた方がいい、と」

「勘、ですか?」

「ああ、勘だ。だから説明しづらいが、私は自分の勘を結構信じていてな。時間もなかったが、追いかけたのだ」

「なるほど……」


 勘か、あまりわからないけど、私も錬金術をやっている時に勘で適当に作ったものが、今までにない出来になったことがある。

 カリストさんとは違う勘だけど、そういうこともあるのだろう。


「その勘はどうでした? 良い結果になりましたか?」

「もちろん、アマンダという素晴らしい錬金術師に出会ったのだから、勘に従ってよかった」

「それは光栄です」


 私もカリストさんと話しているのは楽しかったから、彼が来てくれたのは嬉しかった。


 それに……今から食事を奢ってもらうしね。

 商店街で夜遅くまでやっている出店のところへ行き、いくつか商品を買った。


「本当にありがとうございます、カリストさん。これで空腹で朝まで眠れない、ということはなくなりそうです」

「そうか、それならよかった。では俺はこれで自宅へ帰るとするよ」

「はい、わかりました」


 私が頭を下げてお礼を言って、カリストさんとここで別れると思ったのだが……。


「アマンダ、最後に一つだけ質問を」

「なんでしょう?」


 カリストさんはフードを被っているが、近くで下から顔を覗く形なので表情が見える。

 彼はとても真剣な表情で、私に問いかけてきた。


「君は今の職場、モレノのところでは満足できていないのだろう? なぜ辞めないんだ?」

「私も辞めたいのですが、お父様がモレノさんと知り合いのようで……いつもは私のことなんて気にしないのに、なぜか職場を辞めるのだけは断固反対してくるのです」

「ふむ、なるほど……それなら、辞められるのなら辞めたいと?」

「はい、もちろん」


 もうモレノさんのところでは満足に錬金術も出来ないし、同じものを作り続けるのはつまらない。


「それならアマンダは、次の職場を探すのか? 当てはあるのか?」

「いえ、今のところは全くないです。どこか良いところがあればいいのですが……」

「君の良いところ、というのは具体的な労働環境は?」


 なぜここまで聞いてくるのだろう?

 よくわからないけど、一度自分でも次の職場に求めるものを考えてみる。


「そうですね……錬金術の研究、開発が思う存分に出来るところですね」

「なるほど、他には? 給金や待遇は?」

「お金は特に求めてないですね、今日みたいな時に食事を買えるくらいあれば。待遇で言うと……出来れば、住み込みが出来るところがいいですね。それと錬金術の研究や商品の開発が思う存分出来て、素材なども揃っているような」


 家族には嫌われているので、一人暮らしをした方がお互いのためになると思う。


 亡くなったお母様に「錬金術だけじゃなくて他のこともしっかり頑張るのよ」と言われていたので、家事などは全く問題ない。


 錬金術の研究もいっぱいしたい、素材も揃っていれば研究も捗るだろう。


 まあこの条件が揃っているような職場なんて、ほぼないだろうけど。


「ふむ、なるほど……わかった。答えてくれてありがとう」

「いえ、これくらいは大丈夫ですが……」


 なんでこんなことを聞いてきたのかよくわからない。


「じゃあ、今度こそ帰るか。アマンダ、また今度会おう」

「はい、カリストさん。またいつか」

「ふっ、いつかというほど遠い日にならないと思うぞ」

「えっ?」


 カリストさんは不敵な笑みを浮かべていた。


「すぐにわかる。じゃあな、アマンダ」

「あ、はい……」


 カリストさんは最後に謎を残して、夜の闇の中へと消えていった。

 遠い日にならない、って……またすぐに会うってこと?


 なんでそれがわかるのかしら? カリストさんの方から、私に会いに来るのかしら?


 それなら大歓迎だけど……最後の含みある言い方は、何かありそう。


 何があるのかわからないけど、とりあえず。


「テントに戻ってご飯を食べましょう」


 私は持っている食事の良い匂いに耐えながら、テントに戻った。

 そしてカリストさんに感謝しながら食事をして、ゆっくりと眠った。


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